第56話 アレックス王太子の依頼
俺とジェシカは、馬に乗って走り出した。
後からバルバル傭兵軍がついてくる。
エルフ族族長のエラニエフを始めとするエルフ族は、みんな馬に乗っている。
キリタイ騎兵からの戦利品だ。
他にバルバル諸部族の中で、小柄で騎馬に乗れる者いる。
二人が騎馬に乗っている。
騎兵は合計十名。
先行する騎馬の後を、バルバル傭兵軍の歩兵が走って追いかけてくる。
大トカゲ族のロッソが大声で俺に聞いてきた。
「おい! ガイア! どこへ向かってるんだ?」
「キリタイ軍が退却するルートの横だ!」
既に戦場は決着がついている。
アルゲアス王国軍歩兵が乱戦に持ち込み、接近戦でキリタイ軍騎兵を圧倒しているのだ。
五千の歩兵による乱戦。
こんな戦場に六十人のバルバル傭兵軍が入っても活躍など出来やしない。
追い首を稼ぐのが目的なのだ。
効率良く戦わなくては。
俺はスキル『スマッホ』の画面で、両軍の動きを俯瞰で見ることが出来る。
戦場を迂回してキリタイ軍が撤退するルートに近づき横合いから襲いかかり手柄を立てる作戦だ。
逃げる相手なら、少数のバルバル傭兵軍でも対抗出来る。
集団の馬蹄の響き。
音が重い。
キリタイ軍の軽騎兵ではない。
アルゲアス王国軍の騎兵だ。
音がした方を見ると、アルゲアス王国軍の騎兵の一団が近づいてくる。
中央の騎兵が手を振った。
「おーい! ガイア!」
大将のアレックス王太子だ!
俺は馬の足を止める。
「アレックス王太子……! おい! 指揮は良いのかよ? 本陣を離れるなよ!」
アレックス王太子は、ニカッ! と快活な笑みを見せ、俺に馬を寄せた。
「既に大勢は決した。ガイアも分かっていよう? だから、こんなところで馬を走らせているのだろう?」
「まあな」
俺はアレックス王太子と目を見合わせて笑った。
打ち合わせなしでも、状況に応じて動ける。
アレックス王太子の戦術眼を頼もしく思う。
だが、同時に……。
アレックス王太子と自分との差を感じた。
俺はスキル『スマッホ』の画面を見ているから戦況を把握できる。
アレックス王太子は、自分の目で見て判断をしている。
この差は大きい。
俺は『自分はまだまだ』と気を引き締め、アレックス王太子にライバル心を燃やした。
アレックス王太子は言う。
「ガイア。身分の高そうな者を生け捕ってくれ」
「生け捕りか……」
生け捕りは出来なくはないが、討ち取るよりもハードルが高い。
なにせ自分の命を賭けて戦っている最中なのだ。
こちらも必死なら敵も必死だ。
降伏しろと言っても、大人しく降伏してくれるとは限らない。
生け捕りにしようと手加減をすれば、こちらが敗れて殺される可能性が高まる。
俺は返事を渋った。
「生け捕りって軽く言うがな……。なぜだ?」
「情報が欲しい」
「ふむ……。だから身分の高そうな者か……」
「そうだ」
情報を得るなら、それなりの立場の人間でなければダメだ。
下っ端を捕まえても大したことを知らない。
身分の高そうな敵、つまり軍装が立派であるとか、良い馬に乗っているとか……。
身分が高ければ護衛がいるので、生け捕りは難しく。
良い馬に乗っていれば逃げ足が速いので、やはり生け捕りは難しい。
アレックス王太子の『情報が欲しいから生け捕り』という希望はわかるが、実行するのは大変だ。
「やるだけやってみるが、確約出来ないぞ?」
「ああ、構わん。バルバル傭兵軍なら出来るだろう。じゃあ、頼んだぞ!」
「おい! 人の話を聞いてないだろう!?」
「本陣で待ってるぞ!」
アレックス王太子はヒラヒラと軽く手を振ると、護衛の騎兵を連れて本陣へ戻って行った。
「全く! 面倒な仕事を押しつけやがって!」
遠ざかるアレックス王太子の背中に、俺は悪態をつく。
「ガイア。どうした?」
エルフ族族長のエラニエフが馬を寄せてきた。
ロッソを始めとするバルバル傭兵軍歩兵も、俺のそばに集まってきた。
俺とアレックス王太子の会話は、アルゲアス語で行われた。
バルバル傭兵軍の面々は、何を話していたかわからない。
会話の内容が気になるのだ。
俺はアレックス王太子から、生け捕り――捕虜をとってくれと依頼を受けたと告げた。
「そいつは……」
「うーん……」
「難しい依頼だな……」
バルバル傭兵軍は、戦場を往来する強者だ。
生け捕りの難しさ、追い詰められた敵の抵抗の強さを知っている。
みんな腕を組み渋い顔だ。
俺はロッソの片腕ドライを呼ぶ。
ドライは大トカゲ族には珍しい頭脳派だ。
「ドライ。戦場を迂回して、あの丘を越えた辺りで待機してくれ」
俺はキリタイ軍が撤退するルート近くで、バルバル傭兵軍が隠れられるポイントを指さした。
ドライはグルグルと首を回して、胡散臭い物を見るような目で俺をにらむ。
「そりゃ構わねえが。ガイアはどうするんだ?」
「俺は馬に乗った連中を連れて、生け捕りにする道具を取ってくる」
「なるほど。歩兵だけ先行するわけか」
「そうだ! 後で合流する!」
「任せろ」
ドライは引き受けてくれた。
淡々とした様子だが、ドライは信用出来る。
俺が指定した地点にバルバル傭兵軍を連れて行ってくれるはずだ。
「馬に乗ったやつは俺に続け!」
俺はバルバル傭兵軍の歩兵と別れ、馬を走らせた。





