第54話 丘を滑り下りる船
丘の上に三隻の船が乗り上げている絵面は、現実感の欠片もない。
非常に不気味な印象だ。
俺たちバルバルの船――ロングシップの舳先には、竜を模した彫り物が入っているので、下から見ると、三頭の竜が丘の上に陣取っているように見える。
(この威嚇効果だけでも、船を丘の上に運んだ甲斐があった!)
俺の立てた作戦が心理面でも効果を上げていることに、俺はニヤリと笑った。
「オーイ! ガイア!」
大トカゲ族のロッソが丘の上から手を振る。
俺は足に力を入れて、丘を一気に駆け上った。
俺が丘の上に到着すると、既にバルバル傭兵軍は戦う準備が整っていた。
大トカゲ族のロッソが、丘の下からこちらを見上げる敵軍――騎馬民族キリタイ軍を指さす。
「どうする? 行くか?」
「ああ、押してくれ!」
「任せとけ!」
俺はロングシップに飛び乗ると船首へ向かって駆け出した。
エルフ族で妻のジェシカが、俺についてくる。
「ガイア!」
「ジェシカ! 働いてもらうぞ!」
「任せといて!」
俺は舳先に立ち、真っ直ぐ手を上げた。
バルバルだけでなく、丘の下に布陣するアルゲアス王国軍、そして敵キリタイ軍の騎兵も何が起こるのかと俺を注目している。
俺はさっと手を振り下ろした。
「押し出せ!」
俺の号令に合わせて、丘の上のロングシップ三隻が動き出した。
ズズズ……と、船底が地面を削る音が響く。
最初はゆっくりとロングシップが水平に動き、ガクンと船首が下がった。
船首が下がると、ロングシップは丘の斜面を一気に下りだした。
ロングシップの船首が丘の草をかき分け、丘から滑り落ちる。
味方のアルゲアス王国軍と敵キリタイ軍騎兵から悲鳴が上がる。
「おおおおお!」
「うああああ!」
「何だ!? あれは何だ!?」
「竜だ! 竜が下ってくるぞ!」
アルゲアス王国軍の一部は陣を乱し、将官が必死に兵士を抑えている。
「あれは味方だ! アレックス王太子が呼んだ味方だ!」
「バカ者! 持ち場に戻れ!」
アルゲアス王国軍の陣は乱れたが、その乱れを突けばキリタイ軍にとって大チャンスになる。
しかし、キリタイ軍も騎馬が驚き暴れ、隊列が乱れてしまっている。
キリタイ軍の中でも位の高そうな男が、大声を上げて自軍を落ち着かせようとしている。
(何を言っているのだろう?)
そう思った瞬間、ダウンロードが始まった。
頭の中にキリタイ語がインストールされて行く。
俺は顔をしかめ頭痛に耐えた。
丘の上から船で滑り降りるころには、俺はキリタイ語をマスターしていた。
キリタイ騎兵たちが動揺して口走っている内容がわかる。
「あれは何だ!?」
「竜じゃないか!?」
「竜が丘を滑り降りてきたのか!?」
俺はニヤリと笑う。
叔父のアトス、大トカゲ族のロッソ、エルフ族で妻のジェシカ、エルフ族族長で叔父のエラニエフが俺のそばに来た。
俺はキリタイ騎兵が話していることを教えた。
「キリタイ騎兵には、ロングシップが竜に見えるらしい」
叔父アトスが黒いヒゲをさすりながらニヤリと笑う。
「ふむ……キリタイは内陸の遊牧民だから船を見たことがない者もいよう。竜と信じ込むのも無理はない」
なるほど!
叔父アトスの洞察は恐らく正解だろう。
キリタイ族の指導者層は船を見たことがあるとしても、ほとんどのキリタイ人は内陸で遊牧生活を送っているのだから船を知らないだろう。
「ならば我らエルフ族の魔法で、さらに混乱させよう。竜の怒りと思わせられるかもしれない」
エルフ族族長のエラニエフが、片頬をつり上げて凶悪な笑みを見せた。
なかなかナイスなアイデアだ。
俺はすぐに指示を出す。
「よし! エラニエフたちエルフ族は魔法攻撃だ! 魔法攻撃の後に、一当てするぞ!」
「「「「了解!」」」」
俺の指示を受けて、それぞれ持ち場につく。
俺は舳先からジッとキリタイ軍の動きを観察した。
キリタイ軍は、必死に動揺を抑えようとしているが、なかなか収まらない。
スマッホの画面を見ると、キリタイ軍を示す凸マークが完全に動きを止めているのが分かる。
エラニエフの号令が聞こえてきた。
「撃て!」
エルフの魔法が放たれた。
エルフの魔法は、キリタイ軍に着弾した。
特にエラニエフが使う爆裂系火魔法の威力は凄まじい。
容赦なく騎兵を吹き飛ばす。
エラニエフたちエルフ族の魔法一斉射が終った。
数が少ないのでキリタイ軍に与えたダメージは限定的だが、キリタイ軍をさらに動揺させる効果があった。
俺から見てもキリタイ軍は右往左往して、顔色が悪い騎兵もいる。
「うわー!」
キリタイ軍から再び悲鳴が上がった。
悲鳴がする方を見ると、魔法が着弾している。
次いで大量の弓がキリタイ軍に降り注いだ。
「アルゲアス王国軍の攻撃だ!」
バルバルから歓声が上がり、俺は嬉しくなり相好を崩す。
(これはアレックス王太子だな!)
打ち合わせはしていないのに、良いところに効果的な攻撃をする。
アレックス王太子の戦術眼に、さすがと内心拍手を送る。
アルゲアス王国軍の矢の斉射が終わり、キリタイ軍の陣形が滅茶苦茶になった。
(ここだな!)
俺は自分の鉄剣を腰から抜き振り返った。
バルバルの兵士六十名。獰猛な顔がそろっている。
俺の命令を今か今かと待ち望んでいる。
――期待に応えようじゃないか!
俺は力強く命令した。
「バルバル傭兵軍! 突撃だ!」
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