第114話 アルゲアス王国一行との別れ
帝国軍が来る!
一報を受けてブルムント族の本村落は大騒ぎになった。
俺はスルスルと集会所の屋根に上り仁王立ちになる。
屋根からブルムント族の様子を見ると、男たちは目を開き近くの男同士と早口で話している。
「どうする?」
「戦うだろう?」
「いや、しかし……」
女たちは小さな子供を抱えヒソヒソと話し合っている。
老人は黙ってうつむき手を震わせていた。
みんな怖いのだ。
先の敗戦で帝国の強さは身に染みている。
みんな身内を殺されている。
だが、備えはある!
火薬、鉄装備、奴隷から解放したバルバルたち。
俺もアトス叔父上も、この日が来ることを予期し準備をしていたのだ。
俺は屋根の上から大声でブルムント族に呼びかけた。
「みんな聞け!」
場が静まった。
この場にいる人の全ての視線が俺に集まる。
俺はゆっくりと落ち着いて身振り手振りを交えながら語りかけた。
「帝国軍がこちらへ向かっているらしい。だが、何も心配はいらない。我らは帝国軍の再侵攻に備えてきた」
ブルムント族の面々が徐々に落ち着きを取り戻してきた。
俺は続ける。
「みんなが身につけている装備を見て欲しい。鉄製の良い装備だろう? 鉄の剣に鉄の盾。以前、帝国に負けた時とは大違いだ」
俺の言葉を聞いていた男たちが自分の装備に手をあて力強くうなずく。
「奴隷になった仲間たちも買い戻した。強力な火薬も作った。帝国を恐れることはない」
女たちも目に炎を燃やし、老人も上を向く。
俺はブルムント族の闘志に火がついたのを確認し、族長として命じる。
「戦の支度をしろ! 父と母の仇を討つぞ!」
「「「「「「おお!」」」」」」
広場がワッと盛り上がった。
俺はすぐに個別に指示を出す。
「バルバルの各部族へ使いを出せ! 戦だ! 帝国を叩きのめすと!」
「「「「おう!」」」」
アトス叔父上がテキパキと指示を出し、ブルムント族の男たちが走り出した。
「エラニエフ! エルフの秘薬を運び込め! 帝国軍が到着するギリギリまで生産しろ!」
「承知!」
「ロッソ! 港にいる大トカゲ族を呼んでこい!」
「あいよ!」
「手の空いている物は食料を集めろ!」
「「「「おお!」」」」
広場にいた人々は動きだす。
俺は屋根から降りて、アルゲアス王国一行に近づいた。
ソフィア姫が心配そうに眉根を寄せ、ポポン将軍はいつもの穏やかな笑顔を消して厳しい表情だ。
「ガイア様。わたくしたちも戦のお手伝いをいたしましょうか?」
「姫様!」
ソフィア姫が助力を申し出てたが、ポポン将軍が厳しい声で諫めようとする。
「ポポン将軍。帝国はわたくしたちアルゲアス王国の敵でもあります。ガイア様が戦うならば、わたくしたちも戦列に加わるべきでは?」
ソフィア姫はポポン将軍に『バルバルに助力すべし』と言ってくれた。
俺はとてもありがたいと思ったが辞退をする。
「ソフィア姫。お気持ちは大変ありがたいですが、アルゲアス王国一行は帰国して下さい」
「なぜです!? ガイア様たちは一人でも兵士が欲しいのではありませんか?」
「大丈夫です。先ほど屋根の上からバルバルの言葉で叫んだのですが、帝国襲来に備えてあります」
「ですが!」
「それよりもこの事態をアレックス王太子に伝えて下さい」
「兄上に?」
「ええ。アレックス王太子が東から帝国に攻め込むでしょう」
「あっ!」
ソフィア姫は気が付いた。
さすがの戦略眼だ。
ポポン将軍がニヤリと笑いアゴのヒゲをさすりながら語る。
「なるほど……。帝国の目は西のバルバルに向いている。この隙に東から我らアルゲアス王国が帝国を攻め、バルバルが帝都に向かって西から攻め込む。そうすれば、帝国は挟み撃ちですな」
「はい。もし、我々バルバルが勝っていればアルゲアス王国と動きを合わせて帝国の領土を削り取れます。もし、我々バルバルが負けていれば、帝国はアルゲアス王国の侵攻を知り撤退するでしょう。少なくとも援軍は送りづらくなります」
「確かに! 我らアルゲアス王国がここで戦うよりも、東から攻めた方が援護になりますな。それに我らアルゲアス王国にも利がある」
「そういうことです」
ソフィア姫もポポン将軍も納得してくれた。
まあ、他にも理由はある。
火薬の存在は、出来るだけ知られるのは遅くしたい。
同盟国といえども、切り札は伏せておきたいのだ。
それに親善訪問したお姫様を戦に駆り出すなんて、アルゲアス王国の王宮でバルバルの悪評になってしまう。
ここはお帰りいただく方が良い。
俺は一つだけお願いをしてみた。
「一つお願いが。カラノスをお貸しいただけないでしょうか?」
「カラノスをですか?」
ソフィア姫が首を傾げ、ちょっと遠くにいたカラノスが俺たちのそばに進み出た。
「ガイア様。何か御用で?」
「カラノスには帝国軍について調べて欲しい。俺たちバルバルは帝国のナルボの町に入りづらい。だが、カラノスならナルボの町で情報を集められるだろう?」
「ええ。もちろんです。取引先の商人もおりますので可能でございます」
「よし。それなら帝国軍のことを調べて教えて欲しいんだ。どれくらいの規模か? 指揮官は誰か? 帝都にいる中核軍なのか? それともナルボ近辺の地方軍なのか?」
帝国軍と戦うことは変わらない。
だが、規模や指揮官によって、俺たちがとる作戦が変わってくる。
まずは情報だ。
俺の申し出をソフィア姫、ポポン将軍、カラノスが相談しすぐに結論が出た。
「ガイア様。カラノスをお貸しいたします。カラノス、励みなさい」
「姫様のご命令承りました」
アルゲアス王国一行は、すぐに支度を調えて帰国の途についた。
別れ際、ソフィア姫は俺とジェシカに心配そうに声を掛けてくれた。
「バルバルの皆様のご武運をお祈りいたします」
俺とジェシカはよそ行きの顔を止めて、親しげに答えた。
「なーに、心配するな。帝国を叩きのめしてやるよ!」
「そうだよ! ソフィアちゃん! また遊ぼうね!」
「はい!」
俺たちは笑顔で別れた。
さあ、帝国軍が来る。
忙しいぞ!





