第111話 キリタイ族の信頼
キリタイ族が近づいてくる。
アトス叔父上が俺を急かす。
「ガイアよ。どうするのだ?」
「……」
キリタイ族の中に族長のバルタの顔が見えた。
バルタは俺を見つけるとパッと笑顔になった。
ブンブンと子供のように大きく手を振る。
俺はバルタを見て心を決めた。
「アトス叔父上。マーダーバッファローの角や火薬について話します」
「そうか……」
アトス叔父上は、ちょっと不満そうな顔をした。
アトス叔父上は、秘密が漏れる危険性を危惧しているのだ。
俺も秘密漏洩は心配だ。
だが、それ以上に心配なのは、バルタやキリタイ族から信頼を失うことだ。
俺たちバルバルはキリタイ族と戦ったが仲間になった。
バルバルとキリタイ族は仲間になって日が浅いので、信頼関係があるといってもブルムント族とエルフ族のようなガッチリした信頼関係ではない。
今回の旅で家畜を手に入れてきたことで、信頼関係が一歩進む。
これからもコツコツと信頼関係を積み上げなければならない。
だが、もしも、俺がバルタとキリタイ族に隠し事をしていたとバレたら、一気に信頼関係は崩壊する。
俺はアトス叔父上に言葉を続ける。
「ただし、族長のバルタにだけ話します。他のキリタイ族には内緒にしろと口止めします。どこから秘密が漏れるかわかりませんから」
「おお! そうか! そうだな。バルタだけなら良いだろう。知っている人間は少ない方が良いからな」
「ええ。あわせてブルムント族、エルフ族にも箝口令を敷きましょう。マーダーバッファローの角、そして火薬についてはバルバルの秘術ということにします」
「うむ。良かろう」
「承知した。エルフ族で知っている者には口外しないようにキツく申し渡すことにする」
エルフ族族長のエラニエフも納得してくれた。
キリタイ族の集団が俺たちのそばまで来て、足を止めた。
バルタがヒラリと下馬する。
「おお! ガイア! 帰ってきたのか!」
「ああ。土産もあるぞ。羊を手に入れてきた。後から到着する船で届く」
「それは嬉しい!」
しばらくは、互いの近況報告をして和やかに話をした。
一通り近況を話し終えたところで、俺はバルタの腰に手を回してキリタイ族から引き離そうとした。
俺とバルタは、キリタイ語で会話している。
キリタイ族の近くにいたら、俺とバルタの会話がキリタイ族に丸聞こえになってしまうからだ。
「なあ、ちょっと」
「うん? どうした?」
「ちょっとな。大事な秘密について話したい」
「そうか……。では、ちょっと歩くか……」
俺、キリタイ族族長のバルタ、アトス叔父上、エルフ族族長のエラニエフの四人が歩き出す。
キリタイ族は、『偉いさんたちが何か相談するんだろう』という顔で気にしないでいる。
俺たちはキリタイ族から声が聞こえない距離を離れた。
「バルタ。これから話すことは絶対に秘密にしてくれ。族長のバルタを信じて打ち明けるのだ。秘密に出来るか?」
「もちろんだ! ガイアが俺を信じてくれるなら、俺はガイアの信頼に応えよう!」
バルタは俺を真っ直ぐ見て答えた。
俺はバルタの意思の強そうな目を見て信用出来ると判断する。
「実はな――」
俺はバルタに、マーダーバッファローの角が持つ効果、火薬の原料、バルタたちキリタイ族に作ってもらっている肥料が実は硝石を得るためだと打ち明けた。
バルタは驚き目を大きく開き、俺の話に聞き入っていた。
「――というわけだ」
「まさか……そんな秘密があろうとは……。ううむ……」
「そこでだ。マーダーバッファローは狩り尽くさないようにして欲しいのだ。出来るか?」
俺の依頼にバルタは力強くうなずいた。
「うむ。可能であろう。マーダーバッファローは群れを作り、群れごとにテリトリーを持つ。我らは西へ進んでいるので、北と南のマーダーバッファローの群れを残すようにしよう」
「そうしてくれ! それからマーダーバッファローの角や硝石の対価はキチンと支払う」
「ふふ。それはありがたい! キリタイ族は、バルバルの中で富裕の部族になるかもしれんな!」
「ああ、しっかり稼いでくれ!」
俺とバルタは高らかに笑った。
そばに立つアトス叔父上とエラニエフは神妙な顔で俺とバルタが話しているのを見ていたが、俺とバルタが笑ったことで表情を緩めた。
俺とバルタはキリタイ語で会話しているからな。
二人には不便をかけてしまう。
エラニエフが柔らかい表情で俺に依頼してきた。
「ガイア。あの紫色の硝石は、どうやって作ったのか聞いてくれないか?」
「ああ、あれは不思議だ。ちょっと待ってくれ」
俺はバルタに紫色の硝石について質問した。
するとバルタは、ちょっと居心地悪そうにする。
「ああ……。あの肥料の山は……、その……、マーダーバッファローの内臓をな、邪魔な残り物をすき込んだのだ」
「あー! なるほど!」
どうやらマーダーバッファローの内臓からエキス的な物が出て紫色の硝石が誕生したようだ。
俺はエラニエフにバルタの言葉を翻訳して伝えた。
「なるほど。そのようなことが……。ガイア。今後も白い硝石と紫色の硝石、両方を生産するように伝えてくれ」
「わかった」
俺はエラニエフの言葉をキリタイ語に翻訳してバルタに伝えた。
「了解した。両方作るようにしよう。なーに、安心してくれ! 部族の者たちには内緒にするさ。両方の肥料を使って具合を確かめているとか、何か適当に言っておく」
「ああ、頼んだぞ!」
やれやれ、話が丸く収まって良かった。
俺たち四人は、キリタイ族の集団へ戻ろうと歩み出した。
バルタが親しげに俺の肩に手を置く。
「ガイア」
「うん?」
「ありがとう」
「おう!」
また少し俺とバルタの信頼関係が積み上がった。





