第110話 話すべきか、秘すべきか
地平線に土煙が上がる。
遠くから馬蹄の響き。
キリタイ族の一団が、俺たちの方へ向かってくる。
マーダーバッファローの角に効能があるとわかったのだから、キリタイ族にマーダーバッファローを狩り尽くさないように指示をしなくてはならない。
そこで俺は迷った。
キリタイ族にマーダーバッファローの角の効果を打ち明けるか、秘密にするか……。
アトス叔父上とエルフ族族長のエラニエフに相談をしてみる。
「アトス叔父上、エラニエフ。マーダーバッファローの角について、キリタイ族に教えた方が良いだろうか? 秘密にした方が良いだろうか?」
二人は考え込み、俺は説明を始めた。
「『マーダーバッファローを狩り尽くすな』と、キリタイ族に指示を出すことは問題ない。だが……」
「ふむ。指示を出せば、なぜかと理由を問われるな」
エラニエフが口元に手をあてて、考えながら俺の話に乗る。
「そうだ。秘密にするなら何か適当な理由をでっち上げる。だが、マーダーバッファローの角が薬の効能を高めることや火薬を強化することを、後になってキリタイ族に知られたら連中ヘソを曲げるだろう」
「それはそうだな」
「となると、ある程度情報を伝えた方が良い。だが、キリタイ族から情報が漏れる危険が出てくる。特に帝国には知られなくない」
「むう……。難しいな……」
「キリタイ族の連中が近づいてくる。秘密にするか、伝えるか決めないと……」
俺が迷っていると、アトス叔父上が腕を組んだまま渋い表情で意見を述べ始めた。
「ガイアよ。ワシは内緒にした方が良いと思うぞ。今のところキリタイ族は恩義を感じて従順なようだが、先々どう振る舞うかわからん」
「そこは俺も心配なんですよ。俺たちバルバルとは、ちょっと考え方が違いますよね。何というか……。即物的というか……」
「そうだな。利になびきやすい傾向が見られる。火薬の秘密を抱えてトンズラなんてことになったら目も当てられぬぞ!」
アトス叔父上の言うことはもっともだ。
そういったリスクが怖い。
ただ、気になるのは……。
「ですが、キリタイ族は誇り高い。ほら、最初に戦った時にキリタイ族を捕虜にしましたが、キリタイ族は胸を張っていたでしょう?」
アルゲアス王国のアレックス王太子に雇われて、俺たちバルバルはキリタイ族と戦い、キリタイ族を捕虜にした。
普通は、捕虜になるとシュンとして下を向くものだが、キリタイ族は堂々としていた者が多かった。
後から、アルゲアス王国のアレックス王太子に聞いたのだが、平原の騎馬民族は独立独歩の気風が強く、誇り高いそうだ。
氏族単位で行動することが多いからだろうと。
俺がアレックス王太子から聞いた話を、アトス叔父上とエラニエフに伝えると、エラニエフが意見を述べた。
「ガイア。ある程度の事情を伝えた方が良いのではないか? 我らが秘密にしていたとキリタイ族に知られたら連中離反するぞ」
「ですよね……」
「違う部族であることは不安なのだ。我らエルフの中には、バルバルのリーダーであるガイアに信頼されているかどうか不安に思う者もいたのだ」
「えっ!?」
エラニエフの力の入った言葉に俺は驚く。
エルフとは最初からかなり密にやってきた。
俺との関係を不安に思っている者がいたとは思わなかった。
「信頼というのは、何よりの報賞なのだ。ガイアがバルバルのリーダーであるためには、報賞を与えねばならん」
「なるほど」
俺はエラニエフの意見を聞いて、キリタイ族にマーダーバッファローの角について打ち明ける気持ちになってきた。
「待て! 待て! エルフ族とキリタイ族を同列に扱うことは出来ぬ!」
アトス叔父上が、ズイッと前に出てエラニエフに迫る。
「エルフ族とはガイアが婚姻を結んでいる。血のつながりだ! エラニエフの言うこともわかるが、キリタイ族を同列に扱うことは出来ぬよ!」
「我らエルフを信頼してくれるのは嬉しいが、キリタイ族はブルムント族ではない。扱いは慎重にせねば危険だぞ!」
エラニエフがアトス叔父上に言い返す。
どちらの言うこともわかる。
どうしたら良いのだろうか……。
俺の迷いは深まった。





