第108話 アトス叔父上の世界制覇戦略
俺、アトス叔父上、エルフ族族長のエラニエフの三人で馬を飛ばす。
俺は馬を走らせながらエラニエフの叔父御に詳しい報告を求めた。
「エラニエフ。どうなってるんだ? なぜ、マーダーバッファローの角に薬効を増幅させる効果が?」
「わからない。我らエルフにも理由はわからない。色々試しているうちにわかったのだ」
「偶然発見したということか……」
「うむ。ポーションだけではない。マーダーバッファローの角を粉末にして、様々な薬に混ぜてみたが薬効が上がった」
左隣で馬を走らせるエラニエフを見ると、自信に満ちあふれた表情だ。
「ポーション以外に何の薬に試してみたんだ?」
「水虫の薬だ」
「えっ?」
俺の右隣でアトス叔父上が『ムフ~!』と満足げだ。
「アトス叔父上?」
「ガイアよ。エラニエフは素晴らしい薬を開発した!」
「は、はあ……」
「長年悩まされた水虫が三日とたたずに治ったのだ」
アトス叔父上は、グッと拳を握る。
「それは凄いですね」
いや、凄い。凄いよ。でも、何だかしょっぱい気分だ。
アトス叔父上は自信満々で語り続ける。
「ガイアよ。この水虫薬は、大きな富を我らにもたらしてくれるぞ!」
「はあ……」
「水虫で悩んでいる者は沢山いる!」
この世界の衛生環境は、前世日本に比べて悪い。
革のブーツは通気性が悪いので、水虫になる人もいるだろう。
「アトス叔父上。ヴァッファンクロー帝国は、温かいからサンダル履きの人が多いですよ?」
「うむ。だが、兵士や将官の中には、革のブーツを履いている者が大勢いた。アルゲアス王国はどうだ?」
「アルゲアス王国は、北の方でブーツが多かったですね」
「ならば! 商機がある!」
そんなに売れるかな?
どうなんだろう?
「ガイアよ! 水虫薬を帝国に売るのだ! 然すれば、帝国の富をバルバルに移すことが出来る! 戦わずに帝国を弱らせることが出来るのだ!」
そこまでか!?
水虫薬で帝国を弱らせることが出来るのか!?
ま、まあ、アトス叔父上がやる気になっているのだ。
売れることは売れるのだろうし、アトス叔父上の気分に水を差すことはない。
「そ……そうですね。アルゲアス王国の商人カラノスに水虫薬を取り扱うように頼んでみましょう」
「うむ!」
アトス叔父上は、満足そうにうなずいた。
ただ、『バルバル=水虫薬』みたいなイメージがつくと、ちょっとな……。
他の薬と一緒に売ってもらって、総合薬品メーカーのようなイメージにもっていこう。
「エラニエフ。他の薬は?」
「腹下しの薬も非常に効きが良くなった。熱冷ましも良い。あとは強精剤だな」
「……」
俺はさらに微妙な気持ちになった。
強精剤とは、男性の精力を強くする夜用の薬だ。
「ガイア。試してみないか?」
「エラニエフ。俺の妻は、エラニエフの姪だぞ?」
エラニエフがニヤリと笑う。
「夫婦が仲睦まじいのは良いことだ」
「いや、姪夫婦を実験台にするなよ……」
「そろそろ姪孫を見たい」
「わかったよ!」
俺は照れくさくなってぷうっと頬を膨らませた。
まったくなあ。
まあ、俺もジェシカも若いので、ヒマを見ては子作りに励んでいる。
そろそろ出来るんじゃないかな?
「ガイアよ。子作りは王侯貴族では重要な問題なのだ。強精剤も売れると思うぞ」
アトス叔父上が真面目に強精剤について語り出した。
「王侯貴族……。なるほど、後継問題に直結しますね」
「うむ。強精剤は値段を高くして王侯貴族に売ると良いと思うぞ」
少量高単価ビジネスか。
悪くない。
「エラニエフはどうだ?」
「強精剤は複数の材料を混ぜるし手間もかかる。エルフへの支払いも相応にして欲しい」
「了解した。では、アトス叔父上の言う通り高い値段で商人に卸そう」
俺はちょっと好奇心がわいた。
強精剤の材料は何なのだろうか?
「強精剤の材料は何なのだ?」
エラニエフがニタリと笑った。
「聞かない方が良いぞ」
「おっ……おう……」
きっとグロい材料なのだろう。
俺は強精剤は飲むまいと心に決めた。
「そうすると、キリタイ族がマーダーバッファローを狩り尽くさないか心配だな」
魔物はテリトリーを持っている。
人が魔物のテリトリーで活動しようと思えば、魔物を狩り尽くすしかない。
魔物からテリトリーを奪うのだ。
俺はキリタイ族に『草原を西へ進め、支配領域を広げろ』と命じた。
当然、邪魔になるマーダーバッファローを狩り尽くすだろう。
だが、マーダーバッファローを全滅させると、薬効を増幅させる効果がある角が手に入らなくなる。
「ガイアよ。マーダーバッファローは金になる。狩り尽くすのは不味い」
「だから、ガイアに新たな命をキリタイ族に下して欲しいのだ」
アトス叔父上、エラニエフの叔父御が、俺に強く要請する。
「了解だ! 火薬のこともある! 急ごう!」
薬という強力な商材が誕生したことに、俺は心を躍らせながら馬を走らせた。