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第106話 間話 帝国の元老院にて

 ガイアたちバルバルがノルン王国で海賊退治をしている頃、ヴァッファンクロー帝国の帝都では会議が開かれていた。

 帝国の皇帝、ムノー皇太子、大臣、有力者が一堂に会する重要会議――元老院の会議である。

 帝都にある元老院議事堂には六百人の元老院議員が集まっていた。


 会議では帝都の状況報告、地方の状況報告、支配した異民族の国――属州の状況報告が行われた。


 帝国は平穏無事……では、なかった。

 属州では小規模な反乱が頻発し、反乱の鎮圧に各属州の帝国軍が出動している。

 反乱の鎮圧には成功しているが、地域が不安定化し税収が減り、商業活動が低調になっていた。

 当然ながら、帝国軍の出動経費も増大している。


 元老院議員から皇帝や大臣たちに向かって厳しい野次が飛んだ。


「皇帝陛下! これは由々しき事態ですぞ!」

「左様! 左様!」

「税収が減っているというではないか!」

「商業活動が安定しないのは困る! 速やかに帝国内の安定を図られたし!」

「いやはや帝国はどうなってしまうのやら……」

「先帝陛下の時代は……」


 先帝は国内統治に腐心し帝国に安定をもたらした。

 内政を重視したのである。


 現在の皇帝は武断的な性格で、『最後は戦で決着をつければ良い』という考えを持っている。

 帝国の軍事力の増大、戦の勝利、領地の拡大を成し遂げたが、内政を軽視するため大きくなりすぎた帝国の版図は安定していない。


 議事堂の正面中央に座る皇帝はジッと目を閉じていた。

 皇帝の隣に座るムノー皇太子は、ギリギリと歯を食いしばり、キツく拳を握りしめる。


「おのれぇ……。元老院のやつばらめ……。父上の跡を継いだら粛正してやる!」


 ムノー皇太子のつぶやきに、皇帝が小さな声で応えた。


「ムノーよ。気にするな。言いたいように言わせておけば良いのだ」


「父上!」


「元老院など何の力もない」


「では、なぜあのように好きに言わせているのですか!? いっそ首をはねて――」


「待て待て。元老院に力はない。だが、連中は帝都住民の代表であるし、有力者の類縁でもある。敵に回すと厄介よ。故に定期的に会議を開いて、『元老院の意見を聞いています』という姿勢を見せることが肝心なのだ」


 元老院の議員は、帝都市民の選挙によって選ばれた議員が半数。

 残りの半数は、皇帝と帝国貴族の推薦によって選ばれる。


 元老院は政治に決定権を有さない。

 日本の国会のような立法権はないし、政策決定権もない。

 皇帝に意見を進言する機関である。


 ただし、元老院は、『皇帝を承認する』という権限を有しており、現皇帝が崩御し、ムノー皇太子帝位につく場合は、元老院の承認が必要になる。


 さて、ムノー皇太子は、元老院議員の発言に怒り心頭だが、皇帝は最初から相手にしていない。

 適度にガス抜きは必要だと割り切っているのだ。


 もちろん、皇帝が静かに目をつぶっているのは、昨晩の深酒がたたって体調不良ということもあるが……。


 父である皇帝に諭されたムノー皇太子だが、皇帝の説明を理解していない。

 ムノー皇太子は不勉強の影響で、そもそも元老院の役割を理解していないのだ。

 だから、ガス抜きがなぜ必要なのかがわからない。


 ムノー皇太子は、さらに言い募ろうとした。


「しかし――」


「ムノー……」


 皇帝が低く強い声を発した。

 小さな声だが腹にズシンと響く声。


 ムノー皇太子は驚き、冷や汗を流す。

 父親の厳しい声にビビったのだ。


「はっ……、わかりました……、父上……」


「わかれば良い」


 ムノー皇太子は何も分かっていないが、父である皇帝の怒りを恐れ沈黙した。



 元老院の会議は続く。

 一人若い元老院議員が挙手し商人から得た情報を披露した。


「私が商人から得た情報によれば、アルゲアス王国にバルバルが出入りし商取引や傭兵仕事を請け負っている模様です! 皇帝陛下! これは由々しき事態です! 我が帝国は東西から挟み撃ちですぞ!」


 どうっと元老院がわいた。


「何たること!」

「いや、待て! バルバルとは?」

「ほれ! あの西の森に住む野蛮人どもだ!」

「むう……。アルゲアス王国と組んでいるのか?」

「そうであるとすれば厄介だぞ!」


 若い元老院議員は、得意満面で皇帝に言葉を投げる。


「皇帝陛下! いかが対応なさるのかお聞かせいただきたい!」


 若い元老院議員を他の議員が後押しする。


「そうだ! そうだ!」

「どうするんだ!」

「外敵からの攻撃があるかもしれない!」

「帝国の危機だぞ!」


 元老院議員たちは、危機と思っていない。

 現皇帝に不満があるので、皇帝の弱みになりそうなことなら何でも大歓迎なのだ。


『騒ぎ立てて困らせてやろう』


 元老院議員の大多数は、そんな嫌がらせめいた気持ちで大騒ぎをしているのだ。

 元老院は紛糾した。


 バルバル嫌いのムノー皇太子が眉根を寄せ、皇帝に小さな声で語りかけた。


「父上! これはバルバルの反逆ではありませんか?」


「バルバル……。はて? どこの部族であったか?」


 皇帝にとって、バルバルなど帝国のごく小さなピースでしかない。

 さらに酒の影響で、最近の皇帝は頭脳が冴えない日が続いている。

 本当にバルバルを思い出せないのだ。


 ムノー皇太子が舌打ちせんばかりに顔をしかめ語気を強めた。


「先のアルゲアス王国との戦で、私を助けたとか妄言を申している北の野蛮人どもです!」


「ああ……。そういえば……、いたな」


「免税などと……、父上が甘やかすからつけあがるのです! 厳しい罰が必要です!」


「そうか? 厳しい罰……」


「はい! これは帝国に対する反逆行為です! 帝国の威信を保つため懲罰を下さねば! 私はバルバルへの出兵を進言いたします!」


「ふう……」


 皇帝は深く息を吐きだした。

 息にアルコール臭が混じる。


 皇帝は面倒に感じた。

 戦っても戦っても安定しない国内に。

 自分を敬わない元老院に。

 自分を責める息子に

 何もかも面倒くさいと皇帝は感じていた。


 若い元老院議員は、皇帝に向かって右手を伸ばし力強い声で問うた。


「皇帝陛下! どうするのですか? 帝国の危機をどう乗り越えるのか? 元老院は答えを聞きたいのです!」


 皇帝がゆっくりと立ち上がった。

 元老院議事堂がシンと静まった。


 皇帝は一言だけ、低くよく響く声で元老院議員たちに伝えた。


「バルバルを討伐する」


 元老院議員の多くが立ち上がり皇帝に拍手を送った。


 元老院議員の多くは身内を軍に送り込んでいる。

 戦は手柄を立てるチャンスなのだ。

 議員たちは皇帝を支持したわけではなく、身内が戦で手柄を立てることに喜んでいた。

 元老院で戦に反対する意見は出なかった。


 こうして武断的な皇帝と、身勝手な私怨に怒りを募らせる愚かな皇太子と、私利私欲で戦を支持する元老院議員によって、バルバル討伐の再出兵が決定された。


 この決定が自分たちにとって不幸な決定になるとは、元老院にいる誰も思っていなかった。

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