第105話(六章最終話) ブルースチールの名剣『海風』
アルゲアス王国の商人カラノス。
俺とは色々な取り引きをしている。
カラノスの正体はアルゲアス王国の軍人だ。
カラノスを心底信じられるかと問われれば答えはノーだが、交渉の腕前は信頼できる。
俺はカラノスに戦利品の分配として『人』、つまり、捕虜にした海賊たちが希望であることを伝え、ノルン王国との交渉はカラノスに任せた。
カラノスは、ノルン王国の国王『血斧王』エイリーク・ホールファグレとガシガシ交渉している。
「それでは差額分は、金か銀でお支払いを」
「ふざけるな! そんな金があるか!」
通訳を介してだが、二人は激しくやり合っている。
俺、ジェシカ、ソフィア姫、ポポン将軍は、ゆったりイスに座って見物だ。
ジェシカがアルゲアス王国語で話し出した。
「ねえ。カラノスさんだけ交渉している。良いのかな?」
ジェシカは、ちょっと申し訳なさそうな顔をしている。
俺は腕を組みウンウンとうなずきながらジェシカに返事をする。
「さぼっているわけじゃないぞ。カラノスを信頼しているから任せているんだ」
「カカカ! その通り。戦果については、既に話し終えましたからな。後の交渉はカラノスに任せた方が良いでしょう。大人数で口を挟むとまとまる話もまとまらなくなりますからな」
ポポン将軍が白いひげをなでつけながらジェシカに優しく微笑む。
ポポン将軍は優しい紳士だなと思う。
だから、国王やアレックス王太子は、ソフィア姫を預けたのだろう。
ノンビリと今回の海戦の話をしていると、ソフィア姫が俺に謝りだした。
「ガイア様、ジェシカお姉様、ごめんなさい。わたくしがムキになってしまったので、ガイア様が一騎打ちをすることになってしまいましたわ。失敗でした」
「いや、気にしなくて良い。むしろ俺は嬉しかったよ。ソフィア姫が父や兄を大切に思っているとわかったから」
ソフィア姫は優秀で真面目だ。
王族としての義務であるとか、誇りであるとか、そういった子供らしくないことも飲み込んでいる。
俺は少し心配になった。
まだ、子供なのに、色々なことを背負いすぎじゃないかと。
俺は親戚の子供に語りかけるように、ゆっくりと優しい口調で話し続けた。
「そりゃあ一騎打ちになった時は、ため息が出たよ。けど、ソフィア姫……、あなたは、まだ子供で……。つい、この間まで、虚弱でベッドに寝たきりだったんだ。元気になって、こうして一緒に旅をして、珍しい食べ物を食べて驚き、ジェシカとおしゃべりをして笑い、そして、お父さんやお兄さんのことで怒って……。本当に俺は嬉しいんだ。元気になって良かった」
ソフィア姫は驚いて目を大きく開いた。
「ソフィア姫さえ良ければ、俺やジェシカといる時は、肩の力を抜いて一人の子供でいてくれ。わがままを言っても良いし、感情的になっても良いんだよ」
「そうだよ! ソフィアちゃん! わたしたち仲良しなんだから!」
ソフィア姫は、大きく呼吸をすると、ニコリと笑った。
「ありがとう!」
*
カラノスの交渉は上首尾に終った。
ノルン王国は『船』。
アルゲアス王国は『財物』。
俺たちバルバルは『人』。
金額的に釣り合わない分は、ノルン王国が鉄器で埋め合わせることで話がまとまった。
ノルン鉄の剣、槍、盾、鏃などを得られる。
戦を生業とする俺たちバルバルにとって垂涎の品だ。
ただ、ノルン王国のエイリーク王は、俺に釘を刺した。
『オイ! バルバルのガイア! ベッヘンハイムたちを連れて行くのは構わねえが、しっかり手綱を握れよ!』
ごもっともだ。
ベッヘンハイムたちは海賊をしていたが、そもそも反エイリーク王勢力なのだ。
剛毅なエイリーク王は、『再び牙をむけば、次こそ殺す!』と鼻息が荒かった。
ベッヘンハイムたち、海賊衆を上手く取り込まなければ。
そこで俺はベッヘンハイムと面会することにした。
場所は王宮そばの牢だ。
牢といっても、鉄格子などない。
木製の馬小屋レベルの建物で、ベッヘンハイムは縄につながれていた。
俺は松明を持って、ベッヘンハイムが捕らわれている牢に近づいた。
ベッヘンハイムは、縄に縛られたままゴロリと横になっていた。
「ベッヘンハイム」
「なんだ? 晩メシか?」
ベッヘンハイムは寝転がったまま、こちらを見もせずにふてぶてしい返事をした。
俺はベッヘンハイムの肝の太さに首を振りながら苦笑する。
「ベッヘンハイム。俺だ! バルバルのガイアだ! 一騎打ちをしただろ?」
「あー?」
ベッヘンハイムが寝転がったまま俺の方を見た。
「おお! オマエか!」
ベッヘンハイムは笑顔で起き上がりあぐらをかいた。
「オメエの技は凄かったぜ! まさか、この俺が気を失うとはな! ありゃ、どうやったんだ?」
「ああ、あの技は――」
俺は松明を地面に置いて、技の解説を始めた。
ベッヘンハイムは、フンフンと熱心に聞いていた。
「ふーむ。寝技か~。組み付いちまえば、勝ちってことだよな。集団戦じゃ使えねえが、一騎打ちなら有効だな」
「ああ。得物の内側に入るのが大変だが、入ってしまえば大いに利がある」
「わかるぜ。この身をもって味わったからな。ガハハハハ!」
「ハハハ!」
俺とベッヘンハイムは、高らかに笑った。
戦った者同士で相通ずる。
肉体をぶつけ合い、技を繰り出し合った戦いを経たからこそだ。
雰囲気がほぐれたところで、俺はベッヘンハイムを勧誘した。
「なあ、ベッヘンハイム。バルバルに来ないか?」
「ああ!?」
ベッヘンハイムは、意外だったようでポカンとした。
「ベッヘンハイムの一党をバルバルでもらい受けるとエイリーク王に話をつけた。バルバルに来て欲しいんだ」
「なんだ? 奴隷にするつもりか? 物好きな男だ? ケツを掘りたいのか?」
ベッヘンハイムが冗談を俺に返す。
だが、目には疑いの色が濃い。
俺が何を思って、ベッヘンハイムの一党を受け入れるのかと警戒しているのだろう。
俺は丁寧に説明をする。
「いや、違うぞ。奴隷ではない。俺の臣下になってくれ」
「オメエの臣下?」
「ああ。今、俺たちバルバルは海に進出しているんだ。どんどん新しい船を作り、交易に戦に船を出す」
「ほう……」
ベッヘンハイムが好意的な表情になった。
俺の話に興味がわいてきたのだろう。
「船はバルバルの港で作らせている。問題は船乗りが足りないんだ。バルバルは内陸で生活をしているから泳げない者もいるし、海を怖がる者もいる」
「な~るほどな。そこで、俺たちを?」
「そうだ。力を貸して欲しい。優秀な船乗りが必要なんだ!」
俺は丁寧にベッヘンハイムに接した。
ベッヘンハイムはヤール――ノルン王国の貴族階級なのだ。
見た目はイカツイが、ヤールとして誇りがあるだろう。
命令するより協力を求めベッヘンハイムのプライドを尊重する方が良いだろうという判断だ。
俺はバルバルがどんな集団で、バルバルの居住地域がどんなところか色々と説明した。
そして話は船になった。
「それに、俺たちの乗っている船に乗れるぞ!」
「あれか! 小ぶりだが足が速い良い船だ!」
ベッヘンハイムの表情がパッと明るくなった。
子供のような笑顔を見せる。
ベッヘンハイムは海の男で船が好きなんだな。
「最新式の船だ。バルバルで開発した船だから、他国では乗れないぞ! あの船をベッヘンハイムに預ける。今、作っている新しいヤツだ」
「それは良いな!」
「さっきも言ったがバルバルには船乗りが少ない。船乗りを養成しているが、ベッヘンハイムが入ってくれれば心強い。どうだ?」
俺はジッとベッヘンハイムを見つめた。
松明の灯りがゆらゆらと揺らめき、俺とベッヘンハイムを照らした。
しばらくの沈黙の後、ベッヘンハイムがニィっと笑った。
「良いだろう! バルバルのガイア! オマエに仕えてやろう!」
*
――五日後。
俺たちバルバルとアルゲアス王国は、ノルン王国を後にした。
「今回は収穫があった!」
俺はバイキング船に揺られながら満足につぶやいた。
ノルン王国のエイリーク王は、バルバルを対等な相手と認め、交易を行うと約束した。
今後、ノルン王国の商人がバルバルの港町オーブに寄港する。
俺たちバルバルは、ノルン製の鉄の武器を輸入し、ノルン王国へ向けジャムやメイプルシロップなど甘い物やブランデーを輸出する。
ウィン・ウィンの関係が築けた。
そして、ノルン王国が俺たちに寄越した鉄製の武器や防具だが……。
「ガイア。コイツはスゲエ剣だな……」
大トカゲ族のロッソが、ノルン王国から贈られた剣をしげしげと眺め、ため息とともに言葉を吐き出した。
ノルン王国では最新の鉄――鋼を得たのだ!
鋼は普通の鉄よりも硬い。
ノルン王国でも最新らしく、まだ他国に流通していないそうだ。
「エイリーク王は、俺たちに感謝しているんだろう」
俺はロッソに返事をすると、腰の剣を抜いた。
エイリーク王によれば、俺の剣は非常に貴重なブルースチールという鋼で打たれた剣だ。
ブルースチールの名の通り、刃が薄らと青みがかっている。
ノルン王国の王宮で試し切りをしたが、鉄製の鎧をバッサリ両断して刃こぼれ一つしなかった。
この剣の銘は『海風』。
エイリーク王は、『持ってけ!』と言って、この剣を放って寄越したが、間違いなく名剣だろう。
俺はエイリーク王の厚意に感謝し、ありがたく名剣『海風』を受け取った。
「なあ、ガイアの剣は色を塗ったのか?」
「違うぞ!」
ロッソの天然ボケが炸裂し、船が笑いに包まれた。
帆は風を受け膨らみ、バイキング船の舳先が夏の海を切り裂く。
旗は誇らしげにはためく。
新しい仲間たちを乗せ、俺たちは西へ!
船は夕日を追いかける。
夕闇が海を包むと月が明るく照らし、満天の星々が俺たちに笑いかけた。
更新が遅くなってごめんなさい。
間話を挟んで、次章に続きます。
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