第104話 戦果と戦利品
ノルン王国の海賊退治は成功した。
ノルン王国の王都トロンハイムに戻ると、祝勝会が開かれた。
場所はトロンハイムの海岸で、作戦に参加した者たちがたき火を囲んで酒を飲み肉を食らい大騒ぎだ。
だが、俺と妻のジェシカは祝勝会に参加していない。
今回の作戦は、ノルン王国、アルゲアス王国、そして俺たちバルバルの共同作戦だ。
『分け前をどうするか?』
報酬の分け方を交渉しなければならないのだ。
分配交渉は、ノルン王国の王宮で行われた。
ノルン王国の王宮といっても、かなり素朴な雰囲気だ。
木製の建物でアチコチにタペストリーが掛けられている。
会議の場所は暖炉のある広い部屋。
大きな木製テーブルの三辺に、ノルン王国、アルゲアス王国、バルバルが陣取った。
参加者は、ノルン王国の国王『血斧王』エイリーク・ホールファグレと通訳。
アルゲアス王国からソフィア姫、ポポン将軍、通訳、そして商人カラノスが出席した。
ソフィア姫は代表、ポポン将軍は軍の代表、実務担当が商人カラノスといったところか。
バルバルからは、俺と妻のジェシカだ。
会談冒頭『血斧王』エイリークが発言した。
「アルゲアス王国、バルバルの協力もあり、海賊を退治できた。非常に喜ばしいことだ。感謝する」
エイリーク王は、胸を張り威厳を込めて、アルゲアス王国と俺たちバルバルに礼を述べた。
俺は意外と礼儀正しいなと感心する。
エイリーク王は、俺にバトルアックスを投げつけて一騎打ちした男で、蛮族王という雰囲気の人物だ。
今日のエイリーク王は『北海の雄』といった堂々とした態度で、なかなか好感が持てる。
だが、俺が『やれば出来るじゃないか!』と感心したのも束の間……、エイリーク王は『ドン!』とテーブルを叩いた。
「だが! 拿捕した船はもらうぞ!」
いきなりのジャイアニズム。
好感を持って損した。
俺はため息をつきながら、ジェシカにエイリーク王の言葉をエルフ語に通訳した。
「え~! いきなりわがまま!?」
「まあ、交渉の過程で強く出ることもあるだろう……」
「いや、あのオッサンの場合は、絶対にわがままでしょう」
エイリーク王はジェシカに嫌われた。
ジェシカの言葉はエルフ語なので、エイリーク王にはわからない。
エイリーク王は、ジェシカを気にせず続ける。
「俺の船は、そこのお嬢さんが沈めてくれたからな! だから! 船は! もらう!」
エイリーク王は、ソフィア姫を指さしながら強い口調で、船を寄越せと主張した。
なぞの被害者ムーブだが、エイリーク王のガレー船が沈んだのは戦の結果である。
アルゲアス王国は悪くない。
まあ、自分の船を失ったのだから、船が欲しい気持ちは理解出来るが。
今回の海賊退治で、海賊たちが乗っていたガレー船や小舟を拿捕した。
船は一隻作るのに非常に時間がかかる。
中型のガレー船ともなれば年単位の時間が必要だ。
一隻はかなり高額だろう。
船を全部寄越せとは、エイリーク王は強欲だ。
アルゲアス王国の通訳が、エイリーク王の言葉をアルゲアス王国語に訳してソフィア姫たちに伝えた。
ソフィア姫は、ニコッと花が咲いたように笑った。
「わたくしの初めての撃沈はエイリーク王の船ですわね! 国に帰って父や兄に自慢いたします! 私の初陣の戦果を認めていただき、どうもありがとうございました!」
「「「ブフォ!」」」
ソフィア姫の返しに、俺、ポポン将軍、商人カラノスが吹き出した。
これはお見事だ!
エイリーク王は訳されたソフィア姫の言葉を聞いて、口をへの字に曲げた。
「そいつはどうも!」
ノルン王国、アルゲアス王国が、お互いジャブを放つ。
俺は高みの見物である。
というのも、俺は一騎打ちで海賊の首領であるベッヘンハイムに勝ったのだ。
ベッヘンハイムを生け捕りにしたので、他の海賊たちも大人しく降参した。
この戦で最大の戦果をあげた。
つまり、俺が報酬を一番主張する権利がある。
次にアルゲアス王国のソフィア姫だ。
驚いたことに、今回のアルゲアス王国の作戦指揮はソフィア姫がとったそうだ。
海賊の進路を予想して島の逆側に回り込み海賊の逃亡を防いだ。
ソフィア姫の『読み』がなければ、海賊は逃げおおせていたかもしれない。
ソフィア姫――アルゲアス王国が二番目の戦果であることに異論はないだろう。
最後がエイリーク王――ノルン王国だ。
もちろんエイリーク王も海賊船に乗り込み大いに活躍した。
しかし、海賊の首領は俺が捕え、捕えるためのお膳立てをしたのはソフィア姫。
どうしても戦果は俺とソフィア姫に一歩劣る。
だから、初っぱなから自分の要求を声高に叫ぶのだろう。
エイリーク王とポポン将軍が激論を交している。
「俺がどれだけの首をあげたと思ってるんだ!」
「先般の海戦において、我がアルゲアス王国海軍の動きが勝利に導いたとわかりませんかな? 英明なエイリーク王ならご理解いただけると思いますが?」
俺と妻のジェシカが、ゆったりと構えていると、商人カラノスがススッと近づいて来た。
「ガイア様。よろしいですか?」
バルバルの言葉だ。
どうもノルン王国のエイリーク王に聞かせたくない話らしい。
俺はバルバル語でカラノスに返事をする。
「ああ、構わない」
「戦利品の分け方は、どういたしましょう? ガイア様たちバルバルにご希望はございますか?」
ふむ。カラノスは戦利品分配の下交渉が希望だ。
戦果一位のバルバルと二位のアルゲアス王国で話がまとまれば、ノルン王国としては反発しづらい。
交渉の主導権をアルゲアス王国とバルバルで握れる。
悪くないな……。
俺はカラノスの思惑に乗ることにした。
「俺は『人』が欲しい」
「人? 捕えた海賊たちが希望ですか?」
「そうだ」
バルバルは陸を主戦場にしている。
船乗りの育成は急務だが、海を怖がる者もいるのだ。
今回捕えたベッヘンハイムたち海賊をバルバルに組み込めば、船乗りを補充できる。
交易に、海戦に、大いに使える。
しかし、疑問に思う点があるので、俺はカラノスに尋ねた。
「海賊たちの価値。拿捕した船の価値。島で見つけた財宝の価値。比較すると、何の価値が高いだろうか?」
今回の海賊討伐で得た戦利品は三つ。
海賊、つまり人。
これらは奴隷として売り払われるか、処刑される。
船。
中型ガレー船と小型のガレー船と小さな船。
合計すると十隻以上ある。
財宝。
海賊が商人を襲って得ていた財貨だ。
金貨などの貨幣もあれば、交易品もある。
人、船、財宝を戦果に応じて分配する方法もあるし、バルバルが人を、ノルン王国が船を、アルゲアス王国が財宝を取る分配方法もある。
だが、三つの戦利品の価値が等しいとは限らない。
俺の言わんとすることをカラノスはすぐ理解したようだ。
深くうなずきながら、俺の疑問に答えた。
「最も価値が高いのは『船』でしょう。次いで『財宝』。最後に捕虜の『海賊たち』ですね」
「うーん、そうなると海賊の身柄に何か足して欲しいな」
「船はいかがですか?」
「いや、船はいらない」
船は出来るだけ規格を統一させておきたい。
俺たちバルバルの乗るバイキング船と、これから開発する商船の二パターンにしたいのだ。
ガレー船や小舟はいらない。
「わたくしどもアルゲアス王国としても船はいりません。我らの国は陸を主としておりますので」
「なるほど。すると、エイリーク王の希望通り船はノルン王国が取る……か……」
「左様でございますね。ただ、そうなると、いささかバランスが悪いです……」
「うむ」
俺とカラノスは額を寄せ合い。
打ち合わせを続けた。