第101話 海賊の首領ベッヘンハイム
「乗り込むぞ!」
「「「「「おお!」」」」」
俺たちバルバルは、一斉に海賊船に襲いかかった。
海賊船の舷側にからげたロープを使って、海賊のガレー船によじ登る。
海賊からの攻撃はない。
俺たちの反対側に船をつけたアルゲアス王国軍の対応で手一杯なのだろう。
「矢が来ねえな!」
「へへ! こりゃついてるぜ!」
バルバルたちは、ご機嫌だ。
舷側に上がり、他の船の様子を見る。
バルバルは三隻で参戦しているが、他の二隻はそれぞれ獲物となる船を攻撃している。
舷側から下を見ると、バルバルの戦士が次々に上ってきている。
ジェシカも弓を背負い、ロープをしっかりつかんで上ってくる。
(大丈夫そうだな)
俺は安心して海賊船の制圧に集中することにした。
「ロッソ! 行くぞ!」
「あいよ!」
大トカゲ族のロッソを引き連れて、逆側の舷側へ向かう。
逆側の舷側では、海賊たちがアルゲアス王国軍を寄せ付けまいと必死に戦っていた。
俺は引き連れて来たバルバルたちに目で合図をした。
俺たちバルバルは、海賊の背後に襲いかかった。
不意打ちである。
「そりゃ!」
「どっせい!」
「死ねえ!」
ある者は海賊の背中から切りつけ、またある者は背後から剣を突き立てる。
「うわっ!」
「敵!?」
「後ろだ!」
「バカ野郎! 前からも来てるだろうが!」
「もう、お終いだ!」
背後から不意を打たれて、海賊は一気に崩れた。
アルゲアス王国軍も海賊船に一気に乗り込んでくる。
アルゲアス王国のポポン将軍が上機嫌で指揮をとっている。
「ホホホイ! さすがガイア殿!」
ポポン将軍は兵たちに命じて、海賊を数で抑え込み片っ端から捕縛している。
アルゲアス王国は捕虜を取る方針らしい。
ここにいる海賊は、ノルン王国の反国王派のヤール――貴族と配下だ。
あまり殺しすぎて、ノルン王国に恨まれては損だと考えたのだろう。
海賊たちはロープでぐるぐる巻きにされて、アルゲアス王国のガレー船に放り込まれる。
一方、俺たちバルバルは、容赦なく海賊を始末している。
アルゲアス王国のように細やかな気遣いはナシだ。
血しぶきが舞い、海賊の悲鳴が甲板にこだまする。
状況不利と見て、一か八か海へ飛び込む海賊も出始めた。
だが、装備をつけたまま海に飛び込めば、いかに泳ぎ達者でも岸まで泳ぐのは難しい。
水中で装備を脱ぐことが出来れば、ワンチャン生き残れるかもしれない――そんな不確かな未来に賭けるしかないと判断したのだろう。
攻撃側が圧倒的に有利な状況。
だが、ドン! と空気を震わす衝撃音がして、バルバルの一団が吹き飛ばされた。
「どうした!?」
「ガイア! デカいのが出て来た!」
俺が問いかけると、吹き飛ばされた一人が口から血を流しながら答えた。
船内からぬうっと巨漢が現れた。
ガッシリとした体格。
手に持っているのは巨大なウォーハンマー。
一目見て強者とわかる。
巨漢は大声で吠えた。
「クソが! クソが! クソが! どこのどいつだ! 叩き潰してやる!」
巨漢は甲板に仁王立ちし周囲を見回す。
あまりの迫力にバルバルも、アルゲアス王国軍も、海賊すらも、巨漢から距離を取った。
「その旗! アルゲアス王国か! その白い頭はポポンだな!」
男はノルン王国語で怒鳴り散らす。
声の大きさに空気がビリビリと振動する。
ポポン将軍がアルゲアス王国語で巨漢に応じた。
「久しいのう。お主はヤールのベッヘンハイムじゃったか? もう、逃げ場はないぞ。大人しく降伏せい」
ポポン将軍の言葉をアルゲアス王国の通訳がノルン王国語に訳して大声で巨漢――ベッヘンハイムに伝えた。
「うるせえ! 誰が降伏などするか! 全員叩き潰して魚の餌にしてやる! 最初はポポン! オマエだ! 来やがれ!」
かなり雑だが一騎打ちの申し出だ。
通訳がベッヘンハイムの言葉をポポン将軍に伝えるとポポン将軍はカカカと笑った。
「嫌じゃ~」
「テメエ!」
ベッヘンハイムの挑発にポポン将軍は乗らない。
手をヒラヒラと振り、さらっと流した。
ベッヘンハイムがいきり立ち、ポポン将軍が笑う。
甲板上で戦闘が止まり、多くの視線がベッヘンハイムとポポン将軍に注がれている。
ロッソが俺に耳打ちする。
「ガイア。数で一気に抑えるか?」
「ああ。合図したら一気に襲いかかれ」
「了解だ。配置につく」
ロッソがバルバルの戦士に耳打ちすると、数人がスルスルとその場から静かに移動した。
ロッソはベッヘンハイムの背後に回り込む。
ベッヘンハイムの左右にもバルバルの戦士が静かに立つ。
ベッヘンハイムはポポン将軍と通訳を挟んで言い合いをしている。
俺たちの狙いに気が付いていない。
注意はそれているぞ……。
そろそろ頃合い……。
「ふん! アルゲアスなんぞ、まぐれ勝ちしているだけだ! 相手が弱かっただけだろう! 兵士は腰抜け! 将軍は腰抜け! 国王もさぞ腰抜けだろうさ!」
ベッヘンハイムは、一騎打ちに活路を見いだしているだろう。
アルゲアス王国をずっと挑発しているが、ポポン将軍はあくまで冷静だ。
多分、俺たちバルバルがベッヘンハイムを抑えるべく戦士を配置していることも気が付いている。
あえてベッヘンハイムに喋らせて、俺たちが配置につく時間稼ぎをしている。
では、そろそろ――。
「じゃあ! わたくしが一騎打ちに応じます! お父様への侮辱は許しません!」
「ひ! 姫様!」
俺は手を上げて合図を出そうとした。
だが、俺が合図を出すよりも早く、ソフィア姫がベッヘンハイムに応じてしまった。
ポポン将軍は動揺している。
俺は驚きソフィア姫を見る。
ソフィア姫は顔を真っ赤にして剣を抜いている。
普段の聡明さはどこへやら……。
父親を侮辱され、余程腹が立ったのだろう。
ポポン将軍や周りの兵士がソフィア姫を止めているが、ソフィア姫はエキサイトしていて言うことを聞かない。
ベッヘンハイムはご機嫌だ。
ウォーハンマーを担ぎ大きな体を揺すって笑う。
「ガハハハ! アルゲアスの姫か! なかなか勇気があるな! だが、女児をなぶるのは誇り高いヤールの趣味ではない! 誰か勇気のある男はいないか? 男気を見せろ!」
ロッソが俺を見た。
『どうする?』
と、問いかけている。
困った。
成り行きとはいえ、ソフィア姫がベッヘンハイムとの一騎打ちに応じてしまった。
今から大人数で抑えると、アルゲアス王国の名誉を汚すことになる。
俺たちバルバルは名誉もへったくれもないが……。
アルゲアス王国への気遣いも必要だ。
俺は頭をガリガリとかいた。
ベッヘンハイムに向かって、一歩進み出る。
「しょうがねえな……。俺がソフィア姫の代理で一騎打ちを受けよう」





