1レフと1レペス
居候で、だらしなかった金の貴公子が、
翡翠の貴公子の為にした事は・・・・な、ほんのりBL短編です☆
東部の街外れに在る館と、其の裏に在る森を夏の朝の太陽が黄色に照らし、
翡翠の館では、いつも通りの朝が迎えられていた。
館の主で在る翡翠の貴公子は早目に朝食を済ませて、
東部と南部の境界地へと出掛けていた。
今日は一日、境界地の議事堂で会議に出席する事になっており、帰って来るのは夜だった。
翡翠の館、居候の金の貴公子は一人で遅い朝食を食べると、
暫く部屋で大人しくしていたが、直ぐに落ち着きのない子供の様に屋敷の中をうろつき始めた。
メイド達は、いつも通り明るく掃除や洗濯に務めていて、
金の貴公子が声を掛けても相手をしようとしない。
そんないつもの日常が、金の貴公子には非常に詰まらないものだった。
「誰も俺を構ってくれない」
金の貴公子は不機嫌な顔になると、一階の廊下の窓の桟に座った。
何度かメイドが前を通ったが、メイドは気付かない振りをして通り過ぎて行く。
「あーあぁ!! 遊びに行っちゃおうかなーー」
金の貴公子は頬杖を着くと、傍に植えられた庭の樹を見上げる。
「どーせ、俺は居候だしさぁ」
此処では誰も自分をちやほやしてくれない。
広がる緑の葉の上には、スカイブルーの空が広がっている。
其の青い空の中に、ぽかりと浮かぶ太陽。
「太陽ってのは、きっと孤独なんだ」
無理矢理、自分に当て嵌めて太陽を見上げ乍ら、金の貴公子は溜め息をつく。
「俺だって別に、好きで居候してるんじゃないんだぞ。
俺だってな・・・・俺だってなぁ・・・・」
すると、門の方へと向かうミッシェルの姿が見えた。
どうやら出掛ける様だ。
其の小さな背中に、金の貴公子は、ふと閃いた。
「おお、そうか!!」
金の貴公子は突如、感嘆の声を上げると、窓から外へと跳び下りた。
そして、
「ミッシェルー!!」
大きく手を振り乍ら、執事見習いのミッシェルの下へ駆け寄る。
「ミッシェル!! 俺のさ、金、出してくれよ!!」
余りに突拍子もない金の貴公子の言葉に、ミッシェルは目を丸くする。
「どうしたんですか?? 急に??」
「いいから、俺の金を持って来てくれよ」
「・・・・・」
ミッシェルは自分より三十センチ以上も背の高い金の貴公子を、暫し不思議そうに見上げたが、
胡散臭い表情を浮かべる。
「何ですか、御金なんて?? 一体、何に遣う気なんですか??」
しかし金の貴公子は、そっぽ向き乍ら言う。
「何だっていいだろ。俺の金なんだから」
「それはそうですけど・・・・僕は御金の管理は任されていないんです」
執事見習いですから。
そう答えるミッシェルに、金の貴公子は祈る様に指を絡める。
「執事が管理してるんだろ?? 頼む!! 貰って来てくれよ~~!!」
翡翠の館の執事は高齢で、すこぶる規律正しく、金の貴公子には少し厳しかった。
なので金の貴公子は執事が苦手なのだ。
「頼むよ~~、ミッシェル。後で凄いポーズの裸婦画あげるからさ」
「裸婦画は要りませんけど、ポフェイソンさんには話しておきます。後でいいですか??
僕、買い出しに行かなきゃならないんです」
「ええ!? 今、頼むよ!! 今、御願い!!」
「・・・・判りました」
ミッシェルは溜め息をつくと、裏玄関へと戻って行く。
金の貴公子は正面玄関から屋敷へ入ろうとしたが、鍵が掛かっていた為、
ミッシェルの後をついて裏玄関から入った。
裏玄関は使用人の部屋の廊下に繋がっていて、二人は其の廊下を通って執事の部屋へと向かった。
執事の部屋は翡翠の貴公子も出入りする為、使用人たちの部屋とは又別に本館に在るのだ。
ミッシェルがノックをして執事の部屋に入って行くと、金の貴公子は扉の横で隠れる様に待った。
やがてミッシェルが出て来ると、金の貴公子はわくわくと駆け寄って来た。
「どうだった??」
顔を輝かせる金の貴公子に、ミッシェルは肩を竦め乍ら布袋を差し出す。
「少しだけ金庫から出して下さいました。でも此れだけですけど、いいんですか??」
掌に乗る小袋一杯も金は入っていない。
「いいの、いいの!! サンキュー、ミッチェルン!!」
金の貴公子はウィンクすると、玄関ホールへと歩いて行く。
其の背中に、ミッシェルが呼び掛ける。
「無駄遣いは駄目ですよ!! あと、主様に迷惑が掛かる様な遣い方も駄目ですからね!!」
だが最早、声は届かぬと云う様に、金の貴公子は二階へ続く階段を上がって行った。
金の貴公子は娼婦街へ遊びに来ていた。
繁華街の高級娼館の三階に在る一つの窓辺は、金の貴公子の御気に入りの娼婦の部屋だ。
コンコンコン。
金の貴公子は窓硝子を叩く。
窓辺にはなかなか人が現れなかったが、金の貴公子が何度か口笛を吹くと、漸く女が現れた。
波打つ亜麻色の髪にエメラルドの瞳の女は、欠伸をし乍ら窓硝子を開ける。
「貴方って本当、いつも突然なんだから」
仕事明けで眠っていたであろう女は、眠気眼で金の貴公子を迎え入れる。
「君に、ずっと逢いたかったよ、シルフィーニ」
金の貴公子は高級娼婦で在る彼女シルフィーニを抱き寄せると、唇に口付ける。
二人は濃厚な接吻をしたが、シルフィーニは直ぐに身体を離すと、
水差しを持って来てグラスに水を注いだ。
「逢いたかったと言う割りには、前回、来てくれたのは、いつだったかしら??
確か街路樹が赤かった気がするわ」
水を一気に飲んで、ふーっと息を吐き出すシルフィーニ。
「あれ?? おかんむり?? 此れでも俺も結構、忙しいのさ」
金の貴公子はシルフィーニの亜麻色の髪を一房手に取ると、其の髪に口付ける。
だが、シルフィーニは金の貴公子の頭を押し退けると、
部屋の外の廊下へ顔を出してベルを鳴らす。
すると下働きの娘が現れて、シルフィーニは食べ物を注文する。
「何か欲しい物、在る??」
シルフィーニがちらりと金の貴公子を見ると、金の貴公子は、
「海老とアボガドのサンドイッチが食べたい。御腹空いた」
子供っぽく言ってみせる。
シルフィーニはサンドイッチも注文すると、部屋の扉を閉めた。
そして彼女が長椅子に座ると、金の貴公子も並んで隣に座る。
シルフィーニは金の貴公子のカールした前髪に指を絡めると、微笑んだ。
「どうしたの?? 久し振りに何か嫌な事でも在ったの??」
白く細い指で金の貴公子の顔をなぞる。
金の貴公子はシルフィーニの額や鼻にキスをし乍ら言う。
「実は御金がさ」
又、二人で接吻を繰り返す。
吐息を出し乍ら、シルフィーニは言う。
「御金が欲しかったの??」
シルフィーニは丁度、背中に在ったハンドバックを取り出すと、紫のガマ口のバッグを開けた。
シルフィーニは度々、金の貴公子に金銭をあげていたので、此れは二人の間では、
とても普通の事だった。
だが金の貴公子はシルフィーニの手の上に自分の手を乗せると、バッグの口を閉じさせた。
「そうじゃないんだ。俺さ」
金の貴公子はごそごそと自分のズボンのポケットに手を入れると、何かを握った拳を差し出した。
開いた掌には二枚の銅貨が乗っている。
シルフィーニは首を傾げた。
「何、此れ??」
「俺の所持金だよ」
「此の1レフと1レペスが??」
「そうさ」
「へえ~~・・・・」
シルフィーニは、どうリアクションを取れば良いのか判らなかった。
だが金の貴公子は得意げに言ってみせる。
「本当は、もっと在って、殆どは館の執事が管理してるんだ。
でも御願いして、10レフと少し出して貰ったんだ。此れは其の内の俺の分」
「へぇ・・・・じゃあ、残りの9レフは、どうするの??」
「それがさー」
金の貴公子はシルフィーニの耳に唇を近付けると、囁いた。
すると、シルフィーニがくすくすと笑い出す。
「貴方、其れが言いたくて、今日、来たのね」
呆れる気持ちと可愛くて仕方がないと云う気持ちで、金の貴公子を抱き締める。
「凄いっしょ??」
金の貴公子が白い歯を見せて笑うと、シルフィーニは大きく笑顔で頷いた。
翡翠の貴公子が帰宅したのは夜も遅い時間だった。
其の時には金の貴公子も帰宅しており、ただ夕食の時間に間に合わなかったので、
ミッシェルに注意されてしまった。
勿論、ミッシェルの言葉など意に介する事もなく、金の貴公子は自室の寝台に転がっていた。
風呂には入ったが、まだ夜着には着替えていない。
金の貴公子は昼着を来た儘、耳を澄ませていた。
まだ帰って来ない。
あの人は、まだ帰って来ない。
いつ帰って来るのだろうか??
今日は、あの人が帰って来ないと、着替える訳にはいかない。
金の貴公子は天井を眺め乍ら待つ。
待って・・・・うとうととしていると、一階から響く声が聞こえた。
翡翠の貴公子が帰って来たのである。
金の貴公子は直ぐ様、身を起こしたが、まだ立ち上がろうとはしない。
今は駄目だ。
主は食事をしてから風呂に入る。
金の貴公子はベッドサイドに座った儘、耳を澄ませていた。
二階へ上がって来る足音が聞こえてくる。
一旦、部屋に入る。
上着を脱ぎに来たのだろう。
金の貴公子の予想通り、足音は又、部屋を出て階段を下りて行く。
そして静かになる。
食堂で夕食を食べているのだ。
金の貴公子は首を仰向けると、目を閉じた。
聴覚は又、静寂へと吸い込まれていく。
瞼を越え、天井を越えた向こうには、満点の星空が在る事を知っている。
星は幾度も瞬き、星座を形取る。
そう云えば皓月の貴公子が、今年の夏は流星群が見られると言っていたが、其れは、
もう直ぐだろうか??
見られるのならば、あの人と雲の上まで舞い上がり、遮る物は何一つ無い場所で見上げてみたい。
金の貴公子は両腕を広げて伸ばした。
腕一杯に星が落ちてくるのを、イメージする。
流れ星は磁石の様に全身に吸い寄せられ、手や服に溶け込んでいく。
光が落ちた場所は一点の小さな光を放ち、たちまち其れは身体一面へと広がり、
彼の身体が発光する。
温かい。
まるで何枚もの羽毛に包まれた様に、身体の奥からぽかぽかと温まってくる。
此れは宇宙だ。
宇宙の温かさだと、金の貴公子は思った。
尤も宇宙がどんなものなのかは殆ど想像もつかなかったが、もし宇宙に体温が在り、
其の温もりを感じられるのなら、此の温かさは自分を包む宇宙の温度なのだと思った。
そして此の温かさは、あの人の持つ空気に似ている・・・・。
そんな事を考えていた金の貴公子は、翡翠の貴公子の部屋の扉の開閉音に気が付いた。
「風呂から上がったかな・・・・俺、どのくらいこうしてたんだろう??」
うっかり、ロマンチックな事を考えてしまっていた。
金の貴公子は立ち上がると、ぐるぐると腕を回す。
そして身体をほぐすと、
「よ、よし!! 行くぞ!!」
気合いを入れて自分の部屋を出た。
三つ隣の主の部屋へ夜眠る前に挨拶をしに行くのは、いつもの事だ。
金の貴公子は扉を軽く叩いた。
返事は無い。
いつもの事だ。
金の貴公子は、そっと扉を開ける。
翡翠の貴公子は窓辺に座っていた。
バスローブ姿で、夜風に当たり乍ら髪を乾かしている。
夏が来ると、翡翠の貴公子はいつもこうだ。
金の貴公子は知っている。
此の人は、もっと暑くなれば、館の屋根に舞い上って夜風に当たるのだ。
「お、御疲れ!!」
金の貴公子が声を掛けると、翡翠の貴公子はちらりと見たが、直ぐに夜の景色へと目を戻す。
此れも、いつもの事だ。
「最近、本当、暑くなってきたよな~~。俺、夜、寝苦しくってさ」
「・・・・・」
「夏は夏でさ、皆で避暑地旅行しない?? あー、俺たちだけでもいいんだけどさーー」
「・・・・・」
会話が一人相撲なのも、いつもの事である。
金の貴公子は一人で笑ってみせた。
翡翠の貴公子は沈黙した儘、涼しい顔だ。
「あ、あ、あのさ・・・・」
金の貴公子が右腕を翡翠の貴公子に差し出した。
「こ、此れ・・・・どうぞ」
ぎゅっと俯いて腕だけ差し出してくる金の貴公子に翡翠の貴公子は視線を向けると、
其の手の上に在る物を受け取る。
其れは小さな布袋で、翡翠の貴公子は其の中身を少し見ると、
「此れは??」
と訊ねてきた。
金の貴公子は頬を赤らめ乍ら言う。
「少ないけど・・・・い、居候代・・・・」
だが翡翠の貴公子は真面目な顔で返してきた。
「別に要らない。此れは御前の物だ」
しかし金の貴公子は翡翠の貴公子の手を押し返す。
「も、貰って欲しいんだ!! 俺、決めたんだ!! これからは働いて少しでも御金が入ったら、
主に納めようって!! 其の方が俺も・・・・何て云うか・・・・すっきりするんだよ!!」
「・・・・・」
黙って見返してくる翡翠の瞳に、金の貴公子は更に言う。
「それに俺、金なんて遣わないし・・・ってか遊びで欲しい時は女がくれるし・・・って!!
此の御金は、そーゆー御金じゃないんだ!!
此れは俺が真面目に接待と会議に行った時の御金で・・・・」
「・・・・・」
「ああ、ちゃんと、自分の分も除けてるんだぜ。1レフと1レペス!!
俺、此れだけ在れば十分なんだ!! 此れだって、そんなに遣わないぜ。
だから受け取って欲しいんだ。此れを受け取って貰えれば、俺は、これからも、
気兼ねなく此の館に居られるってものなんだよ!!」
必死に紡ぐ金の貴公子の言葉を翡翠の貴公子は黙って聞いていたが、
漸く頷いて布袋を受け取ってくれた。
「判った。此れは居候代として貰っておく」
翡翠の貴公子は窓辺から下りると窓を閉め、カーテンを閉めた。
どうやら、もう寝る様だ。
「あ・・・・じゃあ、俺、蝋燭消して行くから」
金も受け取って貰えたので、金の貴公子も退散する事にした。
「おやすみ、主」
「・・・・おやすみ」
翡翠の貴公子は金の貴公子に渡された布袋を持って、寝室へと入って行った。
金の貴公子は漸く自分の胸が、ほっとしたのが判った。
此れで少し自分も居候として胸が張れると云うものである。
そして金の貴公子は毎月、僅か乍ら金を納めていったのだが、翡翠の貴公子は生涯、
其の金を遣う事はなく、やがて彼が死した後に金の貴公子は翡翠の館の財産を受け取るのだが、
其の中に自分の納めてきた金が在ったとは想像もしなかったのである・・・・。
この御話は、これで終わりです。
金の貴公子と翡翠の貴公子の関係が伝わったらのなら、幸いです☆
このゼルシェン大陸編を順番通りに読まれたい方は、
「夏の闘技会」から読まれて下さいな☆
少しでも楽しんで戴けましたら、コメント下さると励みになります☆