78.お留守番の魔石商
ミラージュの店で短期間雇ってもらえることになり、私とレイルは、改装を進める店舗より一足先に準備が整った生活用空間の二階での寝泊まりを開始した。
食事やシャワーは外で済ませなくてはならないが、夜間、この店舗内であれば他人の目を気にして行動する必要がなくなったので、快適度が断然上がった。
本当にミラには昔からずっとお世話になっている。いつかまた、お礼の気持ちを魔石で贈りたいものだ。
ミラのお店での研磨も順調だ。もちろん、久しぶりの研磨は、思うようにいかないところもあったけれど、この分なら感覚もすぐに取り戻せそうだ。
おじいちゃんのお店にいた時は、研磨をしている時間が何よりも楽しかったが、今はミラとのアクセサリー制作の打合せや、休憩時間のちょっとしたお喋りの中で話されるアクセサリーの提案の話が楽しくて仕方がない。お互い、離れていた期間に貯めこんだアイデアブックを元に、ダメ出ししたり、実際に軽く制作することのできる時間はまさに夢のようだった。
はじめは、ミラのお店の店員さんも参加していたが、私達の熱(圧)がすごすぎて、打ち合わせに同席することを避けられるようになってきた。皆、話がまとまったら呼んでくださいと消えていく。
レイルは、私が仕事をするようになって、ギルドの仕事を以前よりも増やし、数日かかる魔獣討伐の依頼にも出掛けるようになった。
あんなにミラとはそりが合わなそうだったけど、私を置いて数日家を空けるなんて、案外ミラを信頼してくれているのかもしれない。
「ツィエン、ちょっと夏の新作アクセサリーの打合せをいいかしら?」
「あ、はい。今行く」
ミラのお店の二階は、ミラ専用の作業部屋があり、その部屋と繋がった打ち合わせ部屋がある。私が入る時はテーブルの上には何もなく、整頓されているように見える。しかし窓の横にある本棚からちょこちょことデザイン画が飛び出ていて、わりと職人らしい乱雑さも感じる。
私の他にも二人、声を掛けられていたようだ。ミラが作業部屋から、デザイン画を束で持ってきて、それを四等分して各個人に10枚ほど渡す。
「夏の新作用に考えていたデザインよ。良いと思ったものは、中央に置いて並べてちょうだい」
私達は言われるがまま作業に入って、手元に残ったデザイン画を横の人に渡して、また確認する。
デザイン画が一周したところで、ミラが「いいわ」と作業の終了を告げる。
中央に集まったデザイン画は20枚強といったところだろうか。ここからの作業が私の見せ場だ。
「ざっと見た感じだと髪留めが多すぎるかしら?」
「季節的にも髪留めが増えるのは問題ないと思うけど」
ミラと私のやりとりに、他二名も頷く。
「このブレスレットは映えないな。夏ならもっと涼やかに行きたくないか?」
「そうね、それは秋用のデザインに回してもいいかもしれないわ」
中央から回収されるデザイン画は、テーブルの端に置かれ、『秋』と刻まれたペーパーウェイトが乗せられる。いつも思うけどデザイン性を微塵も感じさせないペーパーウェイトだ。
「もう少しイヤリングかピアスのデザイン多くても良いと思う」
「今年はツィエンがいるから、石のバリエーションで楽しんでもらう予定だったわ」
「今まで、石を使ったアクセサリーをあんまり置いていなかったのに、急に方向転換するのはどうなんだ?」
「あら、やだ。自信がないの?」
「そういう訳じゃないけど。そこの君はどう思う?」
急に話を振られた彼は、裏返った声で返事をする。
「そうです、ね。その、やっぱり石に頼りすぎないデザインが売りだと思いますが。でも、女性はどう考えるんでしょうね……?」
「うーん。とりあえずミラ、もう少しデザイン案を考えるべきだよ」
「もうそんな時間ないわよ。貴方たち、他の従業員にもイヤリングかピアスのデザイン画を一人5枚今週中に提出させるように周知してちょうだい」
あ、ごめん。また彼らの仕事を増やしたみたい。
一人は青ざめた顔をしており、もう一人は私をしっかり睨んでいた。なんかまた嫌われたっぽい。
それにしてもミラが親父さんの職人気質なところをこんなにも受け継いでいたことに驚きである。こんなに美しい外見からは想像がつかない頼もしさだ。
「じゃあ、次に移るわね。候補のデザインを詰めていくわよ」
「「「はいっ!」」」
その後、議論は白熱し、二時間経った頃に他二名は小声で何か言って退席して行った。
それからさらに数時間経った頃、意見の擦り合わせが完了して、ようやく私たちは落ち着いて椅子に腰を掛けた。
「なんとか間に合いそうで良かったわ」
「まだ期間的には余裕があるように見えるけど?」
すでに春のアクセサリーの制作は取り掛かっている。現時点でここまで夏アクセサリーの詳細を詰めるなんて、細工師は私が考える以上に忙しいのだろうか。
「そうだわ。ツィエンに伝えていなかったわね。今年の夏前には四大王国会議がディアマント王国で開催でしょう?開催に合わせてディアマントに赴く予定なの。だから、いろいろ前倒しで進めたいのよ」
どうやら今年の四大王国会議はディアマント王国での開催らしい。例年開催される四大王国会議は、開催国がディアマント王国、ザフィア王国、スマラクト王国、ルビーン王国と順番に変わっていくのだったか。会議の種類も多くて正直きちんと記憶できているか怪しい。
「そこで、お願いなんだけど、もし人手が足りないようなことがあれば、店に立ってもらえないかしら」
もちろんお給料は弾むわ。と魅惑のウインク付きで。
「もちろん、いいけど。従業員の子がボイコットしても私のせいにならない?」
「大丈夫よ。でもここの子達を困らせるような質問攻めとかは止めてちょうだいね」
それから、ミラと私はアクセサリー制作に専念し、春物が売り始めた頃には、夏物の制作も終えていた。
私の魔石店の準備も順調に進み、足りない物は研磨機の設置くらいである。肝心な研磨機については、ミラがディアマント王国へ訪れたタイミングで良いものを見繕ってきてくれるという特別待遇の予定である。
工業の国ディアマント製の研磨機を置くことができるなんて、贅沢の極みだ。
この幸せをレイルに共有しようとしたら「借金が膨れ上がったな」なんて水を差されましたけど。
ミラの店舗に卸すための魔石研磨と並行して、自分の店に置くための宝飾用魔石の研磨も進めるうちに、指先の感覚はほぼ自身の全盛期と同等にまで戻ってきていた。
そのうちに秋物アクセサリーの打合せがあり、秋用の渋みのある発色をする魔石の厳選を行ったりと、予想以上に目まぐるしい日々を過ごした。気づけば、店内の装飾品が夏物に移行する時季になっていた。
そして、ミラは万全の準備を終え、旦那さんと共にディアマント王国へ旅立っていった。
残された私は少し不安な気持ちもあったが、従業員の子たちは、店主不在の状況は慣れているようで頼もしかった。
店の奥で研磨作業に没頭していても呼ばれることはなく、声を掛けられる気配すらない。流石に毎日作業部屋に籠っているのも悪い気がして、お店の方に行ってみると、ちょうどお客さんが夏の新作をお買い上げしたところだった。魔石はブルーで涼やかだが、真っ赤な口紅とお揃いで赤いイヤリングも似合いそうなお客さまだ。
ふらりと店内を見回すと、魔石がついているアクセサリーの売れ行きはそこそこ、といったところ。しかし、なぜだろう。なんだか、赤い魔石のアクセサリーが全く売れていない気がする。
夏だから涼やかな色味の方が人気なのかもしれない。季節によっても色々売れ筋に影響があるようなので、まだまだ研究が必要のようだ。
まじまじと売り場を見ながら店内を闊歩していると、後ろから声が掛かった。
「ちょっと!貴方!薄汚れた格好で店内を堂々と歩かないでもらえます!?」
振り返れば、小柄な女性の店員が眉をつり上げてご立腹の表情でこちらを見つめている。高い位置で結われたポニーテールは、アメテュスト王国まで旅を共にしてきた、あの馬によく似た毛色だ。あの馬には思い入れがあるから、勝手にその女性に親しみを感じる。
身長が低く、私を見上げているからだろうか、下睫毛が印象的で可愛らしい。
「聞いてるの?ていうか何笑ってるんですか。気持ち悪い。そういう趣味の人ですか」
さっきからあんまり話を聞いていなかったが、薄汚れたとか、気持ち悪いとか、なんかレイルを優に超すレベルで私のことを罵っているような気が……。
「あ、つい商品の売れ行きが気になって」
「はいはい、言い訳はいいから、さっさと作業に戻ってくれます?」
なんか、私、このお店の人とちゃんとコミュニケーションをとったことがなかったから、こんなに嫌われている事実を初めて体感しています。女性にこんなに辛辣に扱われた記憶もないので、自分の心が沈まないよう保つのに精一杯です。はい。
「あの!売れ行きのことで、一ついいですか」
私がほぼ意気消沈しかけて、作業部屋にいそいそと戻ろうとしたところで、再び声が掛かった。
何を言われるのだろうと、少しハラハラした気持ちで振り返ると、その女性店員は、またこちらを睨む。
「ミラージュ様がなんて仰ったか知りませんけど、赤い魔石を使ったアクセサリーをこんなに並べても無駄なんで、もうちょっと考えてもらっていいですか?」
私はとっさに、「赤い魔石」「無駄」という言葉に反応して、ついむっとなる。
「季節柄売れなかっただけでしょう。無駄なんてことは……」
「もしかして、アメテュスト王国で赤い魔石が好まれていないことを知らないわけじゃないですよね!?」
かぶせ気味に追い立てる彼女の発言に、思考がついて行かず、大きく瞬きをする。目の前の彼女はつり上げた眉毛を下げて、深いため息をついた。
「ルビーンとグラナットを彷彿とさせる赤い魔石は、この国で好んでつける人はいません」
「そっか、季節でなく、この国の傾向だったんだ……」
「腕が良いのかもしれませんけど、ミラージュ様の評判を下げるようなことはやめてください」
ぴしゃりと言い切ったその店員は、くるっと機敏な方向転換を見せて私の近くから立ち去ろうとする。
私は思わず身体が勝手に反応して、彼女の右手を掴む。
「ありがとう……この国の事情をわかっていなかった。教えてくれて、助かった……!」
振り返る彼女は、綺麗に右手を捻って私の手を振り払う。
そして、見事な身体さばきをみせて、その回転の反動で私の頬に、ビンタを決めた。
「きもすぎっ!!はやく消えて!」
それが今日のハイライト。
帰宅するなり私の右頬が腫れてることに気が付いたレイルに経緯を話して、珍しく爆笑の反応をいただいているところです。
「ツィエンの女たらし伝説を踏みにじる女……面白すぎる……ぶふっ」
「レイルの無表情伝説まで破壊するなんて、すごい素質の持ち主でしょ」
まあ、別に私は、メロメロにしたくて手を握ったわけじゃないんだけど。まさか女性からビンタをもらう日が来るとは思ってもみなかった。軽くショックを受けて、1分ほどその場で立ち尽くしましたとさ。
遅くなりました。
連休中は更新できる分だけ書き進めました。




