71.王都リコリスにて②(ルビーン王国)
「それって……どういうこと……?」
沈黙を破ったのは私。おじいちゃんの言っている意味が素直に呑み込めなかった。
レイルですら、眉間に皺を寄せて、おじいちゃんの次の言葉を待っている。それほどに私たちには、容易に認められる話ではなかった。
「俺はもう歳だ。今回の旅でそれを実感したんだ。膝の痛みはどんどん強まるし、馬に乗っているだけでもやっとだ」
「そんなことない。おじいちゃんは、魔獣も倒していたし、強かった。私より元気だったじゃないか」
「無理をしすぎたんだ。俺はお前たちといても、足手まといになる。俺さえいなければ、自由に魔石を売りながら旅をすることだってできる。俺がいたら、常に奴らの追手を気にしなくてはならない」
「宿を別にしながら旅したりすれば、追手なんて撒ける!」
「ツィエン、ここならラグラスもランタナもいる。お前たちも巻き込まないし、安全なんだ」
おじいちゃんは、いつもの困った顔の笑顔を私に向ける。
急に側を離れろなんて、おかしいじゃないか。一緒にいるために、コットンの街を出たのではなかったか。おじいちゃんとレイルと居たいから、私達はあの育った街を後にして逃げたのだ。
「それなら、私達三人でリコリスに住めばいい」
「ツィエン……」
レイルは全く口を出してこなかった。おじいちゃんの意見を支持することも、私の意見に賛同することもない。気持ちは私と同じだからこそ、口を噤んでいると信じたい。
おじいちゃんは、私とレイルを交互に見て、頭の後ろをぽりぽりと掻いた。私たちの真剣さを馬鹿にするかのような気の抜けた態度にいらつきさえ感じる。
空気が固まったように動かなくなったこの重苦しい雰囲気を崩したのは、意外にもランタナさんだった。
「ツィエン、お前には夢はないのかい?」
唐突に部外者が入ってこないでほしいと、後ろを睨み見たが、気の強そうな瞳に気圧されて私は、思わずたじろぐ。
「……一番の宝飾特化の魔石商になること、ですけど」
髪色とお揃いのシルバーグレーの瞳は呆れたように細められる。他人にここまで厳しい目線を送られるのは初めてで、ドキリと心臓が跳ねた気がした。
「このガサツな国で宝飾特化の魔石店が流行るわけもないのに?ランス、こんな凡人の娘に見せてやる魔獣石はないよ」
「なっ……!?」
私は思わず、声をあげた。凡人なんて扱い、久しく受けていない。私の研磨した魔石も見ないで、この伝説の元ハンターに何がわかるというのか。
そこまで考えたところで、国石を研磨して、天狗になっていた自分の無意識の傲りに気付く。途端、私は恥ずかしくなった。職人たるもの、現状に満足したらそこからは前に進むことは適わなくなる。
一瞬、自分の中の熱がすっと冷めた気もしたが、いま天秤にかけられているのは、おじいちゃんだ。そんな天秤、おじいちゃんに比重が傾くに決まっている。そう思えば、また自分の中で、ここは譲れないと再び熱が生じる。
「育ての親から離れるだけで駄々をこねるような小娘は嫌いだよ。そこの坊主はどうなんだい」
何を言われても言い返してやろうと意気込んだが、ランタナさんの私への興味はなくなったようで、今度はレイルを標的に、本質を見極めてやろうとばかりの、鋭い目線を送った。
「私に夢はありません。ツィエンが幸せでいられるのならば、それで」
「つまらん男だが、嫌いじゃないね。坊主はこの小娘がこのままリコリスで暮らす方が幸せだと思うかい?」
レイルはちらりとこちらを見て「うん」とも「いいえ」ともとれる反応をして、俯いた。
「呆れた。ランス、お前子供を育てるセンスがないねえ」
「ランタナ、あまり二人を虐めないでくれ。ツィエン。何も、一生離れて暮らそうと言っている訳じゃない。お前たち二人で旅をして、住みたい国を見つけてくればいい。その頃には、こっちのほとぼりも冷めて、また三人で暮らせるようになっているかもしれないだろう」
「本当にこの人達のところにいれば、おじいちゃんは安全なの?」
後ろのランタナさんの方は見ないようにして、おじいちゃんに問いかける。私にとって、出会って間もない元伝説のハンターなんて信用ならない。レイルやおじいちゃんの方が強いのではないかと思えるのだ。
「間違いない。俺より老いぼれているが、未だに若者に負けない豪傑だぞ」
レイルの方を向けば、しっかりとした眼差しを私に向けて、こくりと頷いた。
「がははっ!剣を持たねえ奴には、俺らの強さは測れねえらしい!ツィエン、納得できたか!?」
正直あまり納得していないが、とりあえず頷いておくことにする。おじいちゃんは、まだまだ旅を続けられるのではないかという疑念が残っている。そんな私の様子に気付いてか、レイルは私の横に来て、小さな声で喋りかけた。
「ランス様、恐らく足の限界は本当だ。痛み止め以外にも、度々治癒魔法を使っていたから、相当きつかったはずだ」
「そうなんだ……一言も、そんなこと私たちに言わなかったのに」
一言も痛いとも辛いとも、休もうともおじいちゃんは言わなかった。コットンの街を出たあの日からずっと先頭に立って、私達に道を示してきた。
馬に乗りながら、魔獣を倒したりと、衰えを全く感じさせなかった。
それなのに、今この場で見るおじいちゃんは、心なしか小さく見えた。旅に出る前のおじいちゃんの頼りなくなった腕を思い出して、途端に涙がこみ上げてきそうになる。
「好きなだけ国を見て回って、生活が安定しそうな場所を見つけたら、ランス様を呼んでまた三人で暮らそう」
「うん……」
色々な思いが混ざって、顔を上げられないでいると、いつも通りの優しい声が響いた。
「ランタナ……。可愛い娘をこんなに落ち込ませたんだから、魔獣石コレクションくらい見せてやってくれよ」
「ランスは昔っから甘いね。ほら、お嬢ちゃんこっちだよ」
私は肩を落としつつも、本能的に身体が魔獣石を求めているようで、勝手に足が動いた。実際のところ、おじいちゃんと離れるという実感が湧いていないだけだったのかもしれない。
案内されるがまま裏口をくぐると、その先はだだっ広い空き地になっていた。
「ここは元庭さ。今は訓練場。家はこっち」
ランタナさんの言っている意味がわからなかったが、疑問はそのままに、空き地を突き進むと、どこの貴族の家だというほどの豪邸が見えてくる。あの薄汚れた店からは想像のできない家の登場にさすがに、驚きを隠せない。
「もしかして、訓練場って庭を潰して作ったとかですか?」
「ん?元庭だって言っただろう?生憎、花や庭園を愛でる趣味はないからね。有効活用さ」
どうしよう。ここにきて突っ込みどころが多すぎて、逆に突っ込めなくなってしまった。庭を訓練場にするなんて、この王国特有の習わしでもあるの?いや、それだったら初めから訓練場付きの豪邸を建てれば済む話だよな……。
しまった、この国のことを真剣に考えると頭が痛くなるから、受け流さないといけないのに。
豪邸の中は、ある意味想像通りで、ずらっと並んだ防具がお出迎えである。こんなに防具を置いておくなら、いっそ店でも開いた方がいいのではなかろうか。すでにお腹いっぱいの光景だが、私の目的はレア魔獣石だ。こんなところで胃もたれを起こしている場合ではない。
ホールから、右側の両開きの扉をくぐると、そこは広めの書斎になっていた。ラグラスさんもランタナさんも、どうも書斎が似合わないので違和感を感じる部屋だ。妙に整理整頓されているのも、もしかしたら、家主が使っていないという事実を示しているのかもしれない。
メインデスクの真裏にある暖炉に向かって、ランタナさんが呟くと、カチっとどこかで錠が開いたときのような音が聞こえたかと思うと、続いて、暖炉前の床が開いて、地下へ繋がるであろう階段が現れた。
「えっ、な、なんですかこれ」
「大掛かりな魔具だね。魔具士に特注で作らせたのさ。アタシらにとって魔獣石は、若かりし頃の思い出だからね」
「魔具にも色々あるのですね。住んでいた街には魔具士なんていなかったので」
「まあ、ヘルグリュン王国出身なら、そんなもんかもね」
どういうことか詳しく聞きたかったが『お前は本当に無知だ』と叱られそうなので、これ以上疑問を口に出すのはやめておくことにした。
狭い階段を降りると、そこには行き止まりの石壁があるだけである。戸惑いを隠せない私をよそに、ランタナさんは、懐から黒色の魔石を取り出した。
黒の魔石は白の魔石と並んでレアである。主に、魔力を高めたり、エネルギーを増大させる特殊な属性だ。もしかしたら、また見たこともない魔具をお目にかかれるチャンスかと期待して、食い気味に身体を前傾させた。
その直後、ランタナさんは、魔力を纏った拳を石壁に突き立てた。見事石壁は木っ端微塵。砂塵が収まると崩れた壁の向こうに、大きな部屋が現れた。
「隠すにはこれが一番手っ取り早いからね。ほら、コレクションだよ。自由に見ていきな」
いや、魔術師とは。
口から吐き出されることのない突っ込みが喉で大渋滞して、なんか気分が悪くなってきた。一度深呼吸してから、瓦礫を踏みながら保管部屋にお邪魔する。こんなところから部屋に入るのは、初めてである。
辿り着くまでに思うところは色々あったが、一度その部屋に入れば意識は全て魔石の輝きに支配される。壁一面のガラスのショーケースにところ狭しと陳列された魔獣石のコレクション。値札の代わりに置かれているのは、魔獣の名前だと討伐年月日だ。
「な、なにこの魔石!見たこともないものばかり……!えっ!お、大きい!!!」
興奮して初めに張り付いたのはもちろん、炎龍の魔石の前。なにがすごいって、まずは魔獣石の大きさである。こんなに大きな魔獣石が存在していたとは!
研磨はされていなくとも、溢れる輝きは、オレンジがかった赤。まるで、魔石の中に炎を閉じ込めたように、中がゆらゆらと揺らめいているようだ。あのつるりとして見える表面は実際に触れたら、案外粗いのだろうか。ルーペで深くまで覗きたい。きっと魔力含有値も高いに違いない。まさに値段のつけられない代物。国宝級である。
その他、部屋を彩る魔獣石について、私は片っ端から、質問攻めにした。これは、どこに生息する魔獣から採れるのか、どれくらいの遭遇率なのか。どのくらい強いか。市場に出回っていることはあるか。
はっと我に返ったときは、既にこの部屋の三分の一の魔石について質問し終えたところだった。
ド迫力の伝説ハンターにどのくらいの時間質問攻めにしていただろうか。おそるおそる後ろにいるランタナさんの表情を窺い見ると、意外にも楽しそうに笑っていた。
うるさい小娘は嫌いだよとか言われるのを覚悟していたのに、拍子抜けである。
もしかすると、魔獣石のことを聞かれると、討伐した時のことを鮮明に思い出せて、楽しいのかもしれない。その後も嫌がる様子がなかったので、結局私は、陳列されている魔獣石の全てについて質問し尽くしたのだった。
久しぶりに魔石のことがでてきたせいで
いつもより長くなってしまいました。
赤と青の魔石以外の属性が出てきたのは、これが初かな。
予想以上に設定が後出しになってしまいました。




