7.乙女の秘密①
ミラージュとのお茶会から数日。今日は、ミラージュがランスの魔石店へ来るという約束が実現する。
お店に来てもらえると思うと、こそばゆいような、緊張に近い不思議な感覚で、いつ来るのだろうか。と、時間を約束したわけでもないのに、時計を気にしてしまう。
一旦、気持ちを落ち着かせるために深呼吸して商品に目を向ければ、「わたしをみて~」と魔石たちは今日もキラキラと輝いている。何度見てもため息が出るほど美しい。ごつごつとして磨かれていない魔石は、削ったら一体どんな表情をみせてくれるのか。すでに磨かれた魔石はそれぞれ微妙に色合いが異なり、金細工に合うもの、銀細工に合うもの、どう加工したら綺麗なのか、想像するだけでワクワクが止まらない。
「ごきげんよう。ツィエン、今日はお招きありがとう」
想像をふくらませていると、すでに店先にミラージュがいた。今日はふわふわの髪の毛を高い位置で一つに縛り上げており、いつもよりアクティブなイメージだ。
「ミラージュ、いらっしゃい。髪の毛いつもと違うけど、それも似合っているね」
「うふふ、ありがとう」
いつもの挨拶を交わせば、ミラージュは照れくさそうに、目線を外し、小さな手で口を隠すようにして笑った。
いつもと違う場所だと、やっぱりちょっと照れくさい。遅れて照れていると、ミラージュは店内を見回しながら歩き始めていた。
「わあ・・・私、魔石の原石を見るのは初めてですわ」
「磨く前は、あまり光っていないんだ。角度によっては、ただの石みたいにも見えるよ」
「本当ね。なんだか不思議だわ」
そう言って魔石の原石を覗き込むミラージュが赤い魔石の近くに行けば、彼女の頬に赤い光が差し込む。生命力を表すかのような赤は、ミラージュから意志の強さのようなものを引き出しているように感じた。
変わって、緑色の魔石はミラージュの持つ優しい雰囲気と相まって、おだやかさを引き立たせる色合いだ。合わせる魔石の色が人物の髪色や瞳の色を際立たせたり、隠したりと人物の雰囲気さえ変える。なんとも不思議だ。
おじいちゃんと魔石は、並んだとしても、いつもの風景になってしまっていて、特段何かを感じることはなかったので、これは新しい発見だ。
「ミラージュ、良かったら、手に取って見てよ」
その一言で、きょろきょろと楽しそうに店内を見回していたミラージュは、ぴしり、と急に動きが固まり、頬を引きつらせる。
「えっ」
ミラージュの言葉に私も同じく「えっ」と驚きが口から漏れ出た。
手に取って見てよ、の一言に何か問題があっただろうか。おじいちゃんの接客でも、よく使っていた言葉だし、変なことは言っていないはず。お値段の高い魔石については、店の奥に鍵付きで保管されているため、店頭に並んでいるものは、誰もが手に取って見るものだ。扱いが雑な人に関しては、ひょいっと投げ置いたりもするくらいの品だ。
ひとしきり、自分の発言について思い返して、おかしいところはなかったと結論付けたところで、ミラージュを見ると、顔を青くしていた。
「あっ、あの、結構ですわ。緊張して欠けさせでもしたら、その、怖いですもの……」
「そう……?」
魔石はそう簡単に砕けたり欠けたりはしない物だけれども、そこまで顔色を変えてお断りされたら、これ以上勧めづらい。
そこでやめておけば良いものを、わたしは、魔石の魅力をミラージュに伝えねばと意気込んでいたのだ。商品でなければ、ミラージュも手に取れるだろう。そう考え及んだわたしは、おじいちゃんから研究・観賞用にもらった魔石を保管している、作業部屋へとミラージュを案内することにした。
「こっちに来て!いいものがある!」
揚々としてわたしは、ミラージュの手首を掴んで、半ば無理やり店の奥の作業部屋へと連れていく。
作業部屋は、おじいちゃんしか使ってはいけない研磨機が置かれており、工具やルーぺが机に放り出されているままで乱雑な空間だ。隅っこの小さめの机は比較的整理されており、机の横にある木箱の中には、お世辞にも綺麗とは言えないゴツゴツとした石ころで溢れている。これがわたしの作業・研究スペースだ。
戸惑った表情であたりを見回すミラージュをよそに、わたしは、木箱の中を漁り、少しでも見栄えの良さそうな魔石を探し出す。
ここまでくると、もうわたしは、ミラージュに魔石の良いところを見せてあげたいという純粋な気持ちは忘れ、なんとか原石を触らせてあげなければと、誰も望んでいないことを目的にすり替えているのだった。
よし、これがいい、と思って握った緑色の魔石をわたしはしっかり握りこむ。
「ほら、これとか!」
なんて、いつもの家庭内でやり取りをする調子でほい、とミラージュへ向かって魔石を放り投げた。
「えっ!?ええっ!?」
ミラージュは、まさかの行動に慌てふためく。その様子を視界に捉えて、わたしは初めてそこで、マズイ、いつもの調子でやってしまったと気がつく。
魔石は、おじいちゃんとのやり取りと同じ要領で投げられたものだから、ミラージュの頭の上を通り越す位置に放られている。それでもなんとかミラージュは反射的に取ろうとして、ジャンプをした。
その手は見事に、魔石をつかみ取り、思わず、わたしがナイスキャッチ!と叫びたくなったころで
バキャッ
とミラージュの手の中で魔石は粉々に砕かれた。
作業部屋に広がる沈黙。ミラージュに掴まれたはずの魔石が砕け散ったことに、頭の処理が追い付かず、茫然とする。視界に映りこむミラージュは顔を伏せており、表情は読み取れない。
一体、いまこの場で何が起きたのだろうか。さまざまな思考が頭を駆け巡った。