49.来客
魔石の研磨をしていると、集中しすぎたことを後悔することがある。
作業がひと段落して、魔石から目を離した途端、チカチカと点滅しだす視界と遅れてやってくる眼痛。
そんなに痛くなるのだったら、事前にちゃんと、これ以上集中すると痛くなりますよーと自己申告してほしいものである。
椅子に腰を掛けて、眉頭をぐりぐりと解していると、作業部屋の入り口から呼ばれる自分の名。
「研磨の依頼で客が来たぞ」
「いま行きまーす」
指を組んで、そのまま天井にむかって伸びをする。ずっと緊張していた筋肉が弛緩して血液が元気よく戻ってくる感じがする。
鏡で顔や服に汚れが付いていないことを確認して、背筋をしゃんと張る。
疲れた目が冴えきるような美女が依頼主でありますように、と心の中で願ってから、店へと続くドアをくぐる。
「おお、お前が噂の魔石商か」
店で私を待っていたのは、残念ながら女性ではなかった。
でっぷりと肥えた腹は、毎日お腹いっぱいの食事を摂ることができる富裕層だと主張している。私の制作意欲を刺激するようなタイプの人間ではないが、金回りは良さそうである。気持ちを切り替えて挨拶を交わしながら瞳を観察する。脂ぎって淀んでいる瞳は、濁っていて汚い。
「これだ、この魔石を研磨してくれ。今までにないくらい精巧なやつを頼む」
カウンターにぞんざいに置かれる魔石は、ころりとして丸い。魂石を見るのは、妻を亡くした男が持ってきた時以来だ。
目の前に置かれた魂石の色味は赤みがかった紫で美しく、人気のありそうな色である。
「魂石ですか……失礼ですが、こちらの魂石を研磨した後は、どのように加工するおつもりか伺っても?」
「ああ……そうだな、ペンダントにでもするから、大きい方がいい。いい色だから削りすぎるでないぞ」
「まだ誰も依頼を受けるなんて言ってない」
思わず出た本音を誤魔化すため、にこりと笑ってみる。
まさか平民が失礼な物言いをするとは思ってなかったのだろう、その男の耳には届かなかったようだ。
「私は魂石を研磨したことがないので、1日検討の時間をいただけませんか?お急ぎでしたら他の店を当たっていただきたいのですが」
「なに?魂石を研磨したことがないのか……ううむ、仕方がない。もし荷が重いと感じなら、下手に削ったりするなよ。大事な魂石なんだからな」
「もし不安でしたら、魂石は預けて頂かなくて結構です。店主に確認をしたいだけなので」
男は面倒くさそうに、魂石を鷲掴みにして、簡易ポーチに放り込む。
大事な魂石なのであれば、もっと言葉通り、丁寧に扱ってほしいものだ。
「では、また明日お越し願います」
「ふん、これだから若手は頼りなくて困る」
そう捨て台詞を吐いて、その男は店を後にした。
「ちょっと、あんな濁りきった目の客、追い払っておいてよ」
カウンターの奥に控えているレイルに対して、背中を向けたまま話しかける。
「無茶を言うな……瞳が綺麗とか濁っているとか、俺にはわからん……」
「はあ、名が売れるって、いいことばっかりじゃないね」
そして、私は夕食後、おじいちゃんと商談部屋で話し込むことになった。魂石の研磨依頼が来た経緯を説明すれば、おじいちゃんは苦い顔で唸る。
「貧民の遺体を引き取ったか、奴隷を殺したか、まあそんなところだろうな」
「私が研磨した後は、高く売るのが目的ってことでしょ?胸糞悪い」
どんな経緯であの男の元に魂石があるのかは、私には調べることはできない。ただ、おじいちゃんが言っていたように、胸を張って言えるような経緯で手に入れた魂石ではなさそうだ。
いくら魔石商とは言っても、そんな欲深い奴の金稼ぎに、手を貸してまでしてお金を稼ぎたくはない。
「魂石の取り扱いやめようかな……、正直メリットがない気がする」
「そういった意見は多いな。どんな依頼でもホイホイと受けていたら、裏取引に使われるかもしれないし、断るのも手だ」
何事も経験になるのだから、来た依頼は受けなさいと言われると思っていたので、私は思わずおじいちゃんに聞き返す。
「え?依頼受けなくていいって思ってる?」
「うむ。もうあの店の目玉商品はお前が研磨した魔石だ。顧客を選ぶのもまた、魔石店の色になるだろう」
「魔石店の色か……」
おじいちゃんが経営してきたランスの魔石店は、ハンターとの繋がりが強かった。ハンターから魔石を買って、それをハンターや生活用の魔石として一般市民に売っていた。
思い返せば、おじいちゃんは、昔ハンター仲間だった人から買い上げる場合は、手数料を多めに渡していたし、通常であれば受けないような依頼を受けていたように思う。
私の思い描く魔石店は、宝飾特化ということ以外、明確に決まったものはない。でもそこに、魂石の研磨は受けないという方針を掲げることは良いかもしれない。
魂石の研磨はやはり荷が重いし、おじいちゃんが言うように、望ましくない顧客を呼びこむ可能性がある。
「断ることにする。今後のためにも」
「なにか厄介なことが起きると怖いから、明日は一日中レイルと店番をしなさい」
「わかった」
こうして私は、何とか面倒なことにならないようにと意気込んで、店に立ったのだが……残念なことに、瞳の芯まで濁り切った男は、一筋縄ではいかなかった。
「金を払うと言っているのだから、お前は研磨すればいいんだ。あそこに並んでいる魔石を一つ増やすだけのことだろう」
「いえ、こちらでは魂石の研磨を引き受けないと決定したのです」
「小童のくせに生意気な!せっかくの腕を俺が見出してやろうって言っているんだぞ」
お前に見出されるよりも前から、そこそこ売れていたけどね。レイルも後ろに控えているだけじゃなくて、この人を追い払ってくれていいんだけどな、と私の脳みそはどんどん、考えることを放棄し始めていた。
「受けないと言っている魔石商に対して、どうしても受けろっていうのであれば、研磨料金と迷惑料ということで、50万ジェムいただきますよ?」
「それでは、魂石を売り飛ばす値段より高くつくではないか!」
会話を重ねるほどに、この男の欲が剥き出しになってくる。こんなに美しい魔石で囲まれた最高の空間なのに、この男のせいで台無しである。さっさとお引き取り願いたい。
「ここはお前みたいなやつの欲望を叶える店じゃない。帰っていただけませんかね」
ついつい出た本音に、後方から責め立てるような視線が突き刺さる。
「こんの……馬鹿にしおって!!!!俺を誰だと思っていやがる!!!」
そう言って掌が振り上げられたのとほぼ同時に、来客を告げるベルがいつものごとく、落ち着いた音で鳴る。
カランカラン……
「失礼する、外まで怒声が聞こえてきたので、入店を控えるべきかとも思ったのだが……帰った方が良いかな?」
「いえ、お見苦しいものを大変失礼しました。どうぞご覧ください」
「おいっ俺の話は終わっていないぞ!」
静かに入ってきた三名の男性たち。男性が数人で店に訪れることはかなり珍しいため、じっと見つめてしまう。目の前にいる淀んだ瞳の男の言葉は、既に私の耳には入ってきていない。
今入店してきた三名のうち一人は、以前この店に来たことがあったと思う。
その三人のなかでも一番小柄な男性が一歩前に出て、先客の男を一瞥すると、大して気にした様子もなく、私へ話し掛けた。
「今日は、商品ではなく研磨のお願いに参りました」
「おい、俺がこの小童と先に研磨の話をして……」
「申し遅れました。私、スマラクト王国、宰相付き補佐官のシュラフと申します」




