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38.鑑定の依頼

「また、絶対に絶対に来ます!!ツィエンさん!また!絶対!」

「ふふ、またのご来店お待ちしております。気を付けて帰るんだよ~」


 この店に来て、そのまま帰りたくなくなってしまう女の子が多いので、そういう時は店の出口まで行ってドアを開けて、帰るのを見送ってあげることにしている。こんな魅力的に輝く魔石たちに後ろ髪を引かれるその思い、痛いほどよくわかる。今度来た時にはもっと種類を増やして待っていてあげようとも思えるものだ。


 何度も振り返って手を振る女の子の姿が見えなくなって、漸く私は店のドアを閉める。

 誰もいなくなった店で大きく伸びをする。



「あー……今ものすっごい研磨がしたい」

 珍しく独り言なんて呟いちゃうくらいに今日はなんだか疲れた。魔石店の知名度が上がれば上がるほど、お客さんが増えて、自分のやりたい仕事が思うように進まなくなる。お客さんを大事にしたいし、有り難いことなのに、もう少し自分の時間があれば。と思ってしまうところが強欲で人間らしい。

 それでも研磨がしたい気持ちは誤魔化せない。いっそのこと今日は店じまいしてしまおうか、と思ったところで、来客を告げるベルが申し訳なさげに鳴る。


 急いで紳士的なスマイルを作って、180度回れ右して、ご挨拶。

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」


 くるりと振り向いた先には、誰もいない。あれ、なにかおかしい、と思ったところで、ドアの隙間からこちらを伺い見る視線。


「お客さま……?」

「わわわっ、す、すみません……ここってツィエンさんという方がいる魔石店でしょうか……?」


 来客を告げたベルよりも申し訳なさそうな男の人は、店の外から顔だけを覗かせている。

 男の人からしたら、そこまで入りずらい店なのかと思うとさすがにショックだ。


「はい、私がそのツィエンです」

「ああ……!良かった!!貴方がツィエンさん!会えた~!いなかったらどうしようかと~」


 そう言って安心した表情で店にやっと立ち入ってくれたのは、キャスケット帽を被った30代くらいの男の人だった。汚れたシャツに爪にまで入り込んだ土をみると、畑仕事や畜産の仕事をしているだろうことが予測できる。

 こういう時はたいてい、奥さんへのプレゼントを探しに来ているケースが多い。なかなか進まなそうな会話を省くために、こちらから要件を探り出すことにする。


「本日はプレゼント用の商品をお探しでしょうか」

「あっ……いや、えっと……違くて……ここって鑑定を無償でやっていたりしませんか?」


 きょろきょろおどおどと視線の定まらない男の人は、終始落ち着かない様子だ。

 実際のところ、鑑定を無償で。という意味がわからない。ここの店には売る気はないけど魔石を鑑定しろとは一体どういう事情だろうか。想像がつかないとちょっと事情が気になってしまうものである。


「売る気はないけどいくらになるか見立ててほしいということでしょうか?」

「はい……。」

 こう言われて、うちはそういうのはやっていません。と断ることは簡単だが、断ってしまったら、この男がもつ魔石を見ることはできない。


「見せてください。鑑定いたします」

 気付いたら考えるより先に口から魔石を見たいという気持ちが出てしまっていた。利益にならないことをやるべきかやらない方が良いか、熟考するつもりだったけれども、しょうがない。私の口が先に見るって言っちゃったのだから、これは無償で鑑定しないと店の評判も下がるってものだ。


「本当ですか!?ありがとうございます!良かった!噂でツィエンさんはとても素敵な人だと聞いていたので信じてよかったです」


 この人悪い人ではないのだろうけど、噂って人により色々な解釈をされるなって恐怖を感じるよ。

 男の人は嬉しそうにポケットを漁り、魔石を取り出した。それは赤ちゃんの握り拳大の丸々とした魔石だ。


「もしかして、これ、魂石……ですか?」


 男の掌に乗る2つの黄色い魔石は本当に丸くて、カットもされていないその状態で美しい。

 実は魂石をしっかりと見るのは初めてだ。人力でこんなに美しい球状に魔石を削れたら気持ち良さそうだ。それにしても、魂石を扱うのは緊張する。私は胸ポケットに差し入れている白手袋を取り出して、両手につけた。


「妻の……魂石なんです。お願いします」


 目の前の魂石はその一言で、さらに存在の重みを増した。お預かりします、その言葉が喉で止まって出てこなかった。黄色の魂石は自分の大事な家族を彷彿とさせて、余計に苦しい。

 この人の妻というのだから、きっとまだ年若いのに亡くなったのだろう。依頼者やその魂石の奥の背景を考え始めたら、鑑定に集中できない。私は一度雑念を全て振り払うべく、おじいちゃんからもらったルーペを左手で握る。


 ひとつ預かった魂石は予想以上に軽い。少し魔力を流してみても反発はほとんどない。魔力含有量はほぼないと言えるだろう。


 ルーペを瞳に近づけて、そのまま魂石を掴む右手を前後に動かす。自分の手が震えて、つるりとした魂石が手袋の上を滑って落ちるのではないかと今までにない緊張感だ。

 覗き込むルーペからは、それは、もう濁りのない美しい輝きの世界が広がっていた。


「き……れい……」


 それは魔石商としての立場も全て忘れて、零れ落ちた嘘のない感想だった。


 今まで見てきた魔獣石は大きいが、濁りの強い部分もあるし、インクルージョンが多い。厄介なインクルージョンだと、内部亀裂(クラック)だ。それは研磨中に魔石が砕ける要因になるので、宝飾特化の魔石商からしたら大敵である。しかし、この魂石にはクラックがない。これが魂石の特徴なのか、それともこの魂石が特別なのか、それはわからない。

 それでも、この魂石は美しかった。色味ははっきりとしているのに、澄んでいて陽の光がそのまま通り抜けるようだ。


 私は一度ルーペを瞳から離して、依頼主の男性に視線をしっかりと合わせる。


「すみません、今日店主のランスが昼過ぎまで不在にしていて……。こちらの魂石、しばらくお預かりすることは可能ですか?時間を掛けてしっかり鑑定させていただきたいのです」


 男性はわたしの提案を快く承諾してくれたので、私たちは魂石と預り証を交換した。

 売る気はなかったとしても、この魂石にはきちんとした鑑定をしてあげたい。

 彼にはまた明日以降店に来てほしいと伝え、私は、魂石を商談部屋の鍵付きショーケースに丁寧に保管した。


「すぐに旦那さんに返しますから……すこしの間、ごめんなさい」


 ショーケースを撫でるようにして、私は商談部屋を後にした。


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