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魔宝石商の旅日記~本日もイケメン魔石商はマイペース営業中~  作者: 志名紗枝
第1章 魔宝石商見習い
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21.1人の限界と噂

 ミラは本当にこの街からいなくなった。

 ダンベルの鍛冶店はまだあるけれど、そこにはもうわたしが友人と呼んでいた者はいない。


 あれからおじいちゃんとは、ほとんど口を聞いていない。

 あんなにあっさりとした別れでは到底納得できなかった。

 もし、あの別れが大人としての常識なのだったら、わたしは一生大人になんてなりたくない。



 ちらりと覗く魔石店の一角。ミラと共同で制作したアクセサリーはすでに少なくなってきている。ここにあるものが売れてしまえば、もうアクセサリーを置くことはできない。わたしには魔石を研磨する技術しかないのだ。


 それでも当分は、アクセサリーを置くことは叶わなくても、研磨した魔石を置くつもりだ。この街に細工師はいないけれど、購入者は自分で細工師に頼むことでアクセサリーに仕立ててもらえる。


 わたしはミラとの思い出を思い出さないようにひたすら、魔石を研磨し続けた。おじいちゃんが作業部屋にいるときは、店の魔石を見たり、街の中を散策したりと、極力顔を合わせないよう生活を送っていた。



 そして、アクセサリーが店頭からなくなって、わたしは厳しい現実を突きつけられることになる。


 来る日も来る日も、わたしが磨いた魔石は売れない。ミラがいた頃は次々にアクセサリーの在庫が減っていく毎日だった。子供職人と言われ、もてはやされ、わたしは魔石商としてのプライドを形成しはじめていた。

 十分に魔石商としてやっていけると感じていた手ごたえは一体何だったのか。店頭に出すことなく積みあがっていく魔石に、ミラと二人三脚で過ごした毎日の方が嘘だったかのように感じられる。


 1か月も経てば、かつて訪れていた女性客も来なくなり、数年前までのハンターしか訪れない店に逆戻りしてしまった。


 ミラがいなくなった悲しみは確かにあったはずなのに、それはいつしか嫉妬に変わっていったように思う。

 ミラがいなくては売れないようなものを売っていたのでは、魔石商としてはやっていけない。宝飾特化の魔石店をなめていたわけではない。ただ、その壁は自分が思うよりもはるかに高かった。


 さらに、わたしの心を削っていくのはそれだけではなかった。

 店にいれば、わたしの研磨した魔石は、売れないというのに。おじいちゃんの扱う商品は、毎日一定数売れていく。この現実を目の当たりにするのは辛かった。

 ハンターが売りにきた魔獣石を買い取って、それをまた店で売る。単純なことの繰り返しなのに、きちんと儲けがでて、安定した経営状況だ。

 子供なんて、その程度。お前の研磨はこの程度。わたしの見る世界に広がる現実は、無言でわたしを追い詰めるのだ。わたしは毎日、言葉で言い表すことのできない『何か』に蝕まれていた。



 人間不思議なもので、自信があるときは、人の噂なんて気にもしないし、街の人の話題なんてさほど興味がない。しかし、不安を嗅ぎつけたかのように噂は耳から人の心を食んでいく。


「最近ランスのとこは孫と上手くいってないらしいな」

「あんなに有望そうなお孫さんだったのにねえ」

「なに言ってんだい。あの子は孫なんかじゃないよ。第一ランスは結婚だってしていないじゃないか」

「それ、聞いたことあるぞ」

「あの子『奴隷』ってホントなの?」

「それじゃあ、魔石店の手伝いさせるのだけが目的か?」

「ハンターになれなきゃ売るつもりなのかも」


 顔が見えない噂。誰の口から紡がれたのか。昔からあった噂かもしれない。でもわたしにとってそれは初めて聞く噂だった。

 おじいちゃんは、わたしが物心ついたころから、おじいちゃんだった。その関係性を不思議に思ったことがなかったわけではない。

 おじいちゃんから、拾われた子なのだということは聞いていた。わたしの親が雨の日に捨てたから、おじいちゃんが拾ったのだと。そこに、血縁関係があるのかないのかは聞かなかった。だって、おじいちゃんとわたしは似ていない。子供ながらに、みんなのおじいちゃんやおばあちゃんとは違う気がしていたのだ。


 それでもわたしが奴隷だなんて、考えたこともなかったし、初めて聞いたことだった。

 この世界では奴隷はそこまで見下されるものでもないが、やはり奴隷は奴隷なのだ。何かしらの目的のために金を払い、雇い主に買われるのだ。だから、買ったあとで殺したって、なんの罪にも問われはしない。


 そう考えてしまえば、昔狩りにいったときに、あまり気にかけてくれなかったことも合点がいく気がしした。

 友達と離れたくないと奴隷が駄々をこねれば、それは騒々しいだけかもしれない。

 わたしが研磨した魔石が売れないからといって、励まさないのも、きっとそうなのだ。わたしが使える奴隷か役立たずの奴隷か見極めているのだ。



 そして、わたしは久しぶりにおじいちゃんに向けて言葉を発する。


「ねえ、おじいちゃん。奴隷ってなに?」



「お金を払って雇う人のことだよ」



 目尻を垂らして、口元に無理をした笑みを浮かべた目の前の人(おじいちゃん)は、それ以上何も喋らなかった。


 耳から侵入した噂は全身に循環して、まんべんなく毒素を散りばめていく。

 それから、わたしはひどく気持ちが悪くて、魔石に縋るようにして店の隅で寝た。


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