会話
だらっと喋ってます。
空になったマグカップにおかわりの珈琲を注ぐ。カルマの分も勝手に注ぐ。
今日のヴェダの仕事はもう終わりなのだ。順番待ちだったお客様は明日に持ち越したので。
「何の話してましたっけ」
「あぁ、それは」
「年齢でしたね」
「そこから離れなさい」
かなり歳上、しかも皇子。
とは言え何となく兄の様な、謎の安心感をカルマに抱いてしまったヴェダは息を吐く様に軽口を叩く。
そろそろ怒られるかな。ヴェダはおかわりの珈琲をカルマに差し出し、珈琲を一口啜った。
「迷宮の宝物ってどんなものでしたっけ」
「噂、と言うか伝承によれば」
確証がある訳ではない。実物があったと言うのも気の遠く成る程昔の英雄譚の中だから、と前置きを入れ、カルマは穏やかに目を細める。
完全に子供扱いに入った様である。ヴェダのカルマへの対応からすると仕方ない。ヴェダは素知らぬふりをする。
「迷宮の最深部、そこに願いを叶える魔具があるのです」
迷宮自体がかなり攻略難易度が高いので、最深部に辿り着ける者は中々現れない。
仮に辿り着けたとしても、魔具を守る魔神は中々に手強く、惨敗する以外の道は無い。現に、最深部までたどり着いたと言う人間はここ数百年の間、現れてはいない。
との事らしい。
「そんな状況でよく一人で迷宮に挑みましたね」
「藁をも掴みたかっただけです」
「本当に一人で行ったんですね」
流石に迷宮に一人では行かないだろうと切り返されることを期待していたのだが、否定がなかった。
保持しているスキルも、レベルも素晴らしいものだったが、流石に一人は無謀が過ぎる。
目の前の男はきっと阿呆なのだろう。
「よく生きて帰ってこれましたね」
つい冷ややかな視線を送ってしまうが、カルマは腹を立てる様子もなく愛想笑いをしていた。
カルマ自身も無謀なことをした自覚はあるのだろう。
「流石に無謀でした。MPもポーションも足りなくなってですね」
「迷路と違って迷宮ですからね、流石に一人は…」
この国には迷路と迷宮が存在している。
迷路は初心者から中級者向きの、文字通り入り組んだ迷路を指す。魔物が出現したり、アイテムのドロップもする。魔物はそこまで強くはなく、レベリング向きとされている。
迷宮は塔の様な建物であり、上に登るに連れ、魔物の強さは階数に比例して手強くなる。
迷宮は一階でも中々強いので、上級者の挑戦を推奨している。
迷宮は至る所に出現しているが、場所はバラバラで昔からあるものであったり、突如地震と共に地面から生えてくるものが有るらしい。
「そもそも迷宮って入り口に見張りいませんでしたっけ?初心者や中級者が見栄張って入るのを阻止するために」
「その見張りに特別に入れてもらったんですよ。コネですね」
何の、とは言わない。
ほぼ顔パスみたいなものだろう。と言うか、見張りの人が可哀想になってくる。
突然皇子がやって来て一人で入りたいと言われたら。
「それは通すしかないですねぇ」
「最終手段ではありましたけどね」
何回も迷宮には挑戦してみたが、MPの問題で中々上手くはいかず、躍起になっていた所、ヴェダの話を小耳に挟んだらしい。
基本的に武器は王宮の武器倉庫から適当に拝借していたので、街に降りて買う事が無かった。
それに加え、いつも一人で行動していたので、少し前から話題になっていたヴェダの話が耳に届くのが遅くなった。
それに、ヴェダのカウンセリングを受ける条件は不明だった。
カルマなりに調べてみたが、何も掴めなかったので、意を決して店に足を運んだら、運悪く(もしくは運良く)ヴェダが悪漢に襲われているところに遭遇した。
基本的に冒険者は、面倒ごとを嫌う。
金にならない事は進んでしようとしない。
喧嘩など、騎士に任せればいいと考えるものが多い。
ヴェダを襲っていた男は、あまり良い噂が無く、関わりたくない冒険者や、力不足で腰が引けていた冒険者達が遠巻きに見ていた。
人の顔を覚えられないカルマは知らずに倒したが。
ふと、鐘の音が聞こえた。
教会にある大きな鐘は時計代わりだ。五回。夕方五時を示す。
カルマは徐に立ち上がり、ヴェダに笑顔を向ける。
「これからご飯でも如何ですか」
「デートですか?食事会ですか?」
「…デートのほうですね」
あくまで個人的な誘いです、と少し恥ずかしくなり、カルマは目を背けたくなった。
ヴェダは眼鏡を外し、紫の瞳にカルマを写す。
「デートのお誘いは初めてなんです。エスコートお願いします」
恥ずかしさよりも好奇心が勝っているヴェダは満面の笑みを浮かべる。
カルマが手を差し出すと、そっとヴェダが手を乗せた。
仕事が休業中なのでしばらくは毎日更新をしたいと思ってます。