年齢
カルマは目の前に出された三つの選択肢の前で唸る。どれも重量感のある見た目をしている。
今まで軽いレイピアを使っていたので、些か不安ではあるが、まず、手に取ったのは。
「そちらの斧、相手と距離を保ったまま攻撃可能です。魔力を込めて斬撃を飛ばしたり、打撃に使ったり、あぁ、投擲と言う手もあります」
「やはり、重心が偏るな」
カルマは手に持ってみたものの、何となく馴染まない。誰に聞かせるまでもなく、呟きを落とす。
刃が先の方についているので、適当に持つと重心が持っていかれる。思っていたより重くはないが、軽くもない。
相手とある程度距離が取れても小回りは効かないだろう。
軽く首を振り、次の武器に移る。
「両手剣ですね。三つの武器の中ではまだ小回りが効くと思われます。強度もありますし、手入れも割と簡単です」
人差し指を立て、にこ、と微笑むヴェダの説明の後、カルマは両手剣を構えてみた。
軽く素振り。案外悪くは無い。刃渡りは60センチ程度で、長過ぎず、短過ぎずの使い勝手が良さそうである。
「両手剣が良いかも知れません」
「お気に召して何よりです。レイピアに比べ、無骨にはなりますが、消耗はしにくい物なのでご安心ください」
素材を変えて軽く作ることも、強度を上げる事も可能なので気になればご相談くださいね。
詳しくは武器職人も交えてにはなりますが、と伝えるとカルマは肯くだけだった。特に変更しなくても良いらしい。
武器に拘りは無い様で、ヴェダが提示した両手剣を早速お買い上げして頂いた。あまりにもあっさり決まって、逆にヴェダは拍子抜けしてしまう。
他の両手剣は見なくていいんですか、と問うと、いい、と断られる。
(ただ面倒なだけか)
両手剣を気に入り、使えれば見た目はなんでもいいらしい。
前に使っていたレイピアも、たまたま手に取ったのがレイピアだったのだろう。
武器をお買い上げ頂いたのでヴェダは異論は無い。
カルマは両手剣を鞘に仕舞い、近くに立て掛ける。レイピアをヴェダに渡し、処分を頼んだ。
再び、二人は椅子に座り、対峙する。
ヴェダの用事は済んだ。
次はカルマの番だ。
「私は人の顔が覚えられません。何度会っても、駄目です」
なので、必要に応じてメモを書いています、とカルマは弱々しく笑む。
ヴェダは、カルマの状態異常を思い出す。
「昔、他国の手の物から襲われました?」
「えぇ。その時にマッティ、貴方の父に…」
「なるほどですね」
中々小賢しい相手だった様だ。
全貌はまだ見えないが、糸口は掴めた。問題は山積みではあるが。
ヴェダは、薄い唇を開く。
乾燥気味な唇はひび割れかけている。後で保湿をしよう。
「カルマさん、貴方には『顔認証拒否』という妨害スキルが掛けられています。恐らく、襲われてからずっと」
人に掛けてからこんなに持続するスキルなど聞いたことも、見たこともない。きっと今もカルマの近くに潜み、定期的に掛け直しているに違いない。
自分に使うスキルと他人に掛けるスキル。持続力が続くのは明白である。
相当手練れであっても、他人に掛けたスキルの持続はもって数日といったところだ。
「このスキルを掛けた相手を見つけ、今後この様な真似をしない様とっちめるのが一番です」
カルマは、そこまで聞き、慎重に肯く。かつて自分の命を狙った者が、臣下の命を奪った者が身近に潜んでいると聞いて内心落ち着いてはいないだろう。
「記憶力のいい店員の噂を聞いて来られたと勝手に推測しますね。元々は私を補佐として招こうと思っていたのではないですか?」
風の噂で小耳に挟んだ情報がある。
皇子は人の顔が覚えられない、ボンクラ皇子だと。毎日自己紹介から始まる日常に、教育係はお手上げ。
戦闘に関しては国内随一の実力を誇るものの、人の顔が覚えられない致命点のせいで扱いに困っている。
国王陛下も考えあぐねている間に皇子は自由奔放に街に降りて冒険者の真似事をしている…。
カルマが騎士は出来ないと言った理由も、顔が覚えられない事が起因なのだろう。
冒険者は基本パーティーを組むが、一人で依頼をこなす者も少なからずいる。
だが、騎士ともなれば団体行動に連携攻撃、部隊ごとの出撃など、顔を覚えていないと成り立たない場面が多い筈だ。
「記憶力のいい補佐が隣に居れば、私も少しはまともになれると思って」
冒険者をしていたのは、迷宮の宝物が欲しかったからです、と。
カルマの虹色の瞳がヴェダに向けられる。絶え間なく色の変わる瞳にうっかり見惚れてしまう。
「迷宮の宝物って確か…」
「願い事を叶えてくれると言われてますね」
なるほど、と手を打つとカルマは笑いを堪えた様な表情を浮かべていた。
少し恥ずかしくなり、じろりと睨みつけると、カルマはすぐに表情を取り繕う。
「すみません、見た目と違って幼い言動が可愛くて」
「褒めてるんですか、貶してるんですか」
思わず口を尖らせると、それですよ、と指摘される。
行儀悪く肘を机に付き、カルマに顔を寄せる。カルマはさりげなくヴェダから距離を取った。
「そもそも、そんなに歳変わらないんじゃないですか?」
肌は毛穴を感じさせない程きめ細かく、唇はぷるぷる。下ろしている前髪はさらさらで少し身動ぐだけで揺れる。
虹色の瞳が神秘的で、絶妙に年齢不詳に感じさせる。
ヴェダの見立てだと、カルマは10代後半のティーンエイジャーである。
「私、26歳ですよ」
沈黙が訪れる。
ヴェダはこれでもかと言うほど目を見開き、カルマを食い入る様に見つめる。ざっくりアラサー。
王族と言うものは歳を取らないのだろうか。謝肉祭のパレードで見かけた国王陛下も歳を感じさせない程若々しかったのを思い出す。
「すみません、凄く年上でした」
「えっ、ヴェダは何歳なんですか」
無礼すぎる態度を取ってしまっていた、と頭を抱えたくなるヴェダ。カルマは凄く、という部分が引っかかった様で声に焦りが滲んでいる。
素直に言うべきか、否か。
一瞬の内に出したヴェダの答えは。
「…22歳です」
「目を合わせなさい」
嘘を吐く事にした。
思い切り目を逸らして告げる年齢に疑心しか感じなかったらしくカルマは声をかけ続ける。
22歳と26歳はそんなに変わりません、だとか、妙な沈黙は何だったんですか、だとか、そもそも目を合わせない時点で嘘でしょう、とカルマは言い続ける。
26歳はまだ若いんですよ、と必死に弁明するカルマの額に冷や汗が光る。
「まぁいいです。いずれ教えてください。女性に年齢を聞くのも不躾でしたし」
「カルマさん紳士ぃ」
何か言いたげにカルマがじっとりとした視線を向けてきたが素知らぬふりをしよう。
ちなみに、ヴェダは17歳である。
補足というか、蛇足というか、ヴェダは15歳から武器商人をしています。