いらっしゃいませ
からん、とドアについた鈴が鳴る。
客を知らせる合図に、自然と顔は綻び、歓迎の言葉を飛ばす。
「いらっしゃいませ!」
首都の一番栄えている街の中に構えた武器屋は毎日大勢の客で埋め尽くされている。今しがた入ってきた客はそわそわと何かを探すように目を向けた。
前掛けエプロンを着けた、特に特徴の無い眼鏡をかけた茶髪の店員が客に話しかける。
「お探しのものがあればお気軽に。お伺いしましょうか」
「ヴェダさんは、今日居ますか?」
「はい、目の前に」
片手を軽く胸に当て、口元に微笑を浮かべ、頭を下げる。
ヴェダは街一番、否、国一番の武器商人である。
重ための茶髪のボブに黒縁眼鏡、ろくに武器も持てなそうな筋肉のついていない細い体。人に与える印象は正に、人畜無害。
武器商人のイメージとかけ離れたヴェダだが、間違いなく国一番の武器商人だ。
世間一般的に、武器商人と言えば筋骨隆々、強面の男と相場が決まってはいるのだが、彼女は違う。
そして、大半の武器商人は自分の作った武器を自らの手で売るものだが、ヴェダに限っては雇われ店員である。
一般的では無いが、むさ苦しい野郎から買うよりも、可愛らしい女性から買いたいという要望がかつてあり、雇われ店員という制度が出来た。
「私のカウンセリングご希望であれば、番号札を持ってお待ち下さい」
ヴェダはエプロンのポケットから番号札を取り出し、客に渡すと奥の扉に消えていった。
そこは彼女のカウンセリングルームであり、この武器屋に足を運ぶ冒険者の八割が順番待ちをしてまでカウンセリングを受ける。
先程の客が受け取ったのは「8」である。
ヴェダは10までの番号札しか用意しない。一日の定員は10人まで。
何かしらの規定があるらしく、カウンセリングを受けるにはヴェダに声をかけられ、番号札を貰わないと駄目なのだ。
なので、店に足を運んでもカウンセリングを受けることの出来ない者は多い。先程番号札を貰えた客は周りからの羨ましそうな目に思わず勝ち誇った気持ちになった。
稀に、番号札を貰えない事に腹を立て、ヴェダや他の客に危害を加える者も居ないわけではない。
でも、ヴェダはこの形式を変えない。
雇い主である武器職人のガロは最初こそ難色を示したものの、一日の上限を設けていなかった最初の頃、過労で倒れたヴェダに頼み込まれ渋々了承した。
だが、ガロの予想と反し、人数制限を設けた事により、売り上げはうなぎ登り。むしろヴェダ目的の客の数は増え、毎日繁盛している。
ガロは50代後半の厳ついおっさんである。
スキンヘッドに鋭い眼光、たくし上げた袖の下には無数の傷の残る逞しい腕。
かつては冒険者として数々の武勲を立てたが、ある時モンスターに足を持っていかれ、片足は義足になった。
潔く冒険者を引退し、武器職人に弟子入りを果たし腕を磨いた。
足は衰えても、腕や背中にはがっしりとした筋肉がついており、寧ろ冒険者をしていた時よりも逞しくなっている。
なにしろ武器屋に争いは付き物だ。
冒険者には気性の荒い者が多い。
少しでも不満に思うことがあれば武力に頼る。
腕っぷしが強く、強力な戦闘スキルを持つガロはいざ知らず、ヴェダは戦闘スキルを保持していない。
けれどもヴェダは言葉を武器に冒険者を宥める。その手腕には誰もが認めざるを得ない。
武器屋のカリスマ店員、と。
実際は彼女の保有するスキルのお陰なのだが、この事実を知るのは今のところ、雇い主であるガロのみである。
のんびりやっていきます。