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2章  作者: Shin-ichi
2/5

1   新しい生活  中

    5 *


 確かに。そうだな。

 オレから見ても、*アイツ*は良くやったと思うぜ?


 勿論(もちろん)、初めは*オレ*もアイツがやろうとしていることを否定したりもした。まさかアイツの口からそんな言葉が出てくるとは夢にも思っていなかったからだ。だから子どもの面倒を見たいなんて、また何時(いつ)もの冗談かと、(ある)いは気でも狂ったんじゃないかと、そんな風に思っていたのだ。

 そもそも一体どこで何を間違えれば未成年後見人になんてモノになろうと思うのか。手続きにしたってペラ(いち)の書類を申し込んで完了するようなものであるハズもなく、十重二十重に手続きと審査を経てようやくなれるものなのだ。そしてそんな(もの)になったからと言ってそれだけで誰かが幸せになる様な代物でもなく、それ自体はアイツにとってただ無用な責任を負うためだけの(もの)に過ぎない訳で。だからオレは初めからそんな話には否定的で、アイツの決意なんてモノにも懐疑的だった。だから最悪放っておけばいずれは正義感よりも先に心が折れるだろうと踏んでいたのだ。

 それなのに、全く。アイツはオレの期待を裏切ってくれる。オレも仕事柄、一応、そう言う書類には目を通さなければいけない立場に居るのだが、オレ自身そんな話があったことさえ忘れかけてていた頃にまさかと思って目にした書類が実際にアイツの物だった時には度肝を抜かれたさ。それが最終審査の書類だったのだから尚更だ。まさか本気で仕立てくるなんてな。尤もオレが見つけた時にはその申請は申請者であるアイツの信頼性の不足と保証人の不在を理由に棄却されようとしていたのだが。

 一体何がアイツの琴線(きんせん)に触れたのか、よくもまぁ自分と繋がりのない他人の(ため)にそこまで出来るのだと感心する。ともかく、人の話を聞かない奴ではあったのだが、アイツが最後まで自分で吐いた言葉を覆さなかったことは素直に認めてやっても良いと思ったのだ。だから、アイツがそこまで(こだわ)るのなら、オレも多少くらいは仕事を増やされてやっても良いと思った。

 そして晴れて未成年後見人になった後もアイツは足を止めることはなくて、負債相続の放棄をする時だって、幾つかの自治体に散らばっていたあの子の戸籍謄本の原本をわざわざ自分の足で集めてくるくらいの根気を見せた。


 だから、オレの目からみたアイツは十分よく良くやったと思うのだ。

 それは初めから変わらなかった。

 いざ(ルナ)ちゃんと暮らし始めてからも、彼女が大きくなってからも、それの姿勢が変わることはなかった。そのせいで苦労することも絶えなかったみたいだけどな?

 まぁ、そんな訳で、良い奴に違いはなかったよ。


    6 *


 随分(ずいぶん)と懐かしいことを思い出していた。

 記憶を古い順番に辿(たど)れば、

 それは高校を卒業して上京したてに感じた様なものなのかも知れない。

 (ある)いは今の仕事に転職を決めた時のようなものなのかも知れないし、

 (ある)いは結婚することを決めた時のようなものなのかも知れない。


 いずれにしても、新しい事が始まる時、それは何時(いつ)だってオレにとって実感の()かないものであり、だからこそ、オレは何時(いつ)だって心の何処(どこ)かでワクワクしたものを感じていたのかも知れない。


 ()たして今の*アイツ*はどうだろうか。


 そんなことを考えているオレは今では人気のなくなったフロアの片隅(かたすみ)に居て、だからだろうか、ふと何でもないのに笑みを()らしてしまうのだ。


 日が落ちた後の金曜の庁舎。ここもほんの一時間ほど前までは目の前の連休を前にして落ち着きのない騒がしさに包まれていた。週末の予定に浮かれている(やつ)、仕事の(かた)が付いて伸びを始める(やつ)、対照的に終わらない仕事に顔を(しか)め始める(やつ)。そんな(やつ)らが同じフロアの中に入り乱れて、ちょっとしたお祭り騒ぎの様な感じでさえあった。そんなフロアも今では潮が引いた様に静かで、見渡すと転々と蛍光灯の明かりが(まば)らに()いた下に人影も(まば)らに見えるだけなのだった。そんなフロアの中で課の中で一人だけ残っているオレはと言うと勿論(もちろん)仕事に追われている人間の一人だった訳で、午後に帰庁してからと言うものずっと書類の山に囲まれたデスクに向かいながら事務手続き作業に追われていたのだった。

 まぁ、本当ならオレも今頃はとっくに家に帰って連休の始まりを満喫していた(はず)だったんだけどな。去年の今頃は他所(よそ)の部署へ応援に行く(くらい)には仕事の余裕があったのだが。そんなオレが今年に限って仕事(まみ)れになった原因は明白で、既定路線で進めていたオレの仕事をことごとく引っくり返した奴が居たからだ。

 でもまぁ、こうして残業しているオレ自身はそれも悪くないと思っていて、そしてそんな仕事にもようやく終わりが見えたからだろうか。何かの拍子にオレは随分(ずいぶん)と懐かしいことを思い出したような気がして。何だか笑みが()れて。誰も見ていないのにそれでも居心地が悪くなって。だからそれを誤魔化(ごまか)そうと(わざ)とらしく咳払(せきばら)いをして、だからオレは息を入れようと思い直して席を立つのだった。

 思い返せばアイツの根っこの部分はいつもそうだったかも知れない。

 よく言えば理想主義者で、オレとは対極の性格。


 そう言えばつい最近も似たようなことがあった気がするのだ。

 あの時に比べれば今回のことなんて屁のようなものだと思うのだ。


    *


 半年前。


 北海道(ほっかいどう)旅行・出発前日・フライト6時間前。


 そのメッセージが飛んできたのはオレが眠っていた時だった。


「もっといい感じの宿が見つかったわ」

 その時のオレの気持ちを表現するならまさに「寝耳に水」と言う奴で、それはオレの人生の中でも最もアイツに殺意が湧いた瞬間の一つに入るだろう。

 地元のグループで行われた年末のその旅行はそもそもオレが企画していたものだった。その日までに旅程を決めて宿泊先を抑えて、今更やり残した準備もないなと確認した上で翌日からの2泊3日に思いを馳せながらベッドに横になっていたのだ。そんなオレの元にアイツからメッセージの着信があったのはもうじき日を跨ごうかと言う頃だった。

「今から取り直していいか?」

 オレは目を疑った。コイツは今更になって何を言っているのかと。気は確かか? と、正気か? と思った訳だ。それもオレが勝手に宿を取っていた訳ではなく、事前に周知していたのだから尚更だった。そして次にきたメッセージが「ついでにレクもちょっと見直すぜ?笑」だった。

 そして肝心の北海道旅行はどうなったのかって?

 そりゃぁ直前になってそんな事を言い出す(くらい)なのだから、確かにオレたちは冬の北海道を満喫した。だから札幌(さっぽろ)に到着してからのオレはそんなアイツへの感謝の気持ちでもう一杯だった訳で。だから時計台を訪れた時。オレは後ろからアイツの肩を抱くとそのまま頭を地面に押し付けて道端の雪をご馳走してやったのだった。実にいい札幌観光だった。


    *


 そんな時のことを懐かしく思い出しながら、オレは自販機の下からコーヒーを取り出すのだった。

 まぁ、アイツはそう言う奴だった。北海道旅行が最も酷かった思い出の一つだったと言うだけで、普段からそう言う奴だった。そして、どこか抜けた性格であった。

 だからそんなことを思い出したオレはまた一つため息を吐いてしまう訳で。


 和気藹々(わきあいあい)のまま進んだ北海道旅行は終わってみればあっという間だった。札幌のビール博物館でジンギスカンを食い、宿泊した小樽(おたる)では海鮮丼を食べ、ルスツリゾートでスキーをして、定山渓(じょうざんけい)に寄った際には温泉にも()かった。そして新千歳空港に戻ってきたオレたちはいよいよ帰路につく時間がやってきた。

 名残惜しさを感じる中でオレたちが新千歳(しんちとせ)空港からそれぞれの帰路に着こうと搭乗手続きをしていた時、大変残念な事実が発覚してしまったのはそんな時になってからだった。

「せっかくだし晩飯も北海道で食うか。各自(かくじ)最終便に変更するんだぜ? 忘れんなよ」そのセリフを改めて本人に聞かせてやりたいと思った。

 オレたちはアイツの提案に従って帰りのフライトを遅らせることになっていたのだが、どう言う訳だかそれを言い出した本人だけがその変更手続きをすっかり忘れてしまっていたのだ。当然いくら航空機のチケットを持っていたところで便が違えば搭乗出来る訳もなく、折しも連休最後の帰省と重なっていたせいもあって、その日の(うち)に乗れる座席も残っていなかった。そうなってしまっては周りに居たオレたちにもどうすることもできない訳で、まさかそんなアホな奴が居るなんて思っても見なかった訳で。

 結局は「後の祭り」と言う奴だ。出発の時間が刻一刻と迫る中、オレたちは泣く泣くそんなアホな奴の姿を指を指して笑いながらそれぞれの最寄り空港、羽田(はねだ)空港、関西(かんさい)空港へと飛び立ったのだ。


 その後、アイツはもう一泊した。その夜、そしてその翌日、アイツからグループLINE送られてきた一人晩餐(ばんさん)・一人宿泊・一人フライトの写真は本当に(あわ)れで酷かった。

 それを当時のオレは高笑いしていた訳なのだが。

 今になってそんなアイツの姿を思い返していると、あの子を引き取ったのが本当にアイツで良かったのか、と、なんだか不安になってもくるのだった。

 まぁでもそれはオレの気にしすぎか?

 どんなに失敗しようが最後に上手くまとめてくれればそれで良い訳だ。オレにオレの仕事がまだ残っていて、ゴールデンウィーク明けには仮で申請していた就学猶予の取り消しも始めなければいけないのだから、今はそっちに集中しようと、コーヒーを口に含んだ時だった。


 ポケットに入れていた携帯電話が震え始めた。アイツからの着信だった。なんとも嫌なタイミングだった。それでも気にしていても仕方がないとオレは気を取り直すと電話口に出るのだった。


「今度はなんだ?」

「――……。」

「はぁ? なんて?」

「――……。」

「なんだって_?!_ 月ちゃんをお風呂に入れてやってほしいだぁ_?!_」


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