君への質問
「もし私が誰かとキスをしたとするでしょ」
テーブルの向こう側に座っていた君は困ったように私を見つめた。
「そしたら、嫌?」
「そりゃ嫌だよ」
普通の人が答えそうなことを言う。
「ふーん」
やっぱり、嫌だよね。
私は少しだけココアを飲んだ。
程よく甘く、暖かいココアは少し冷たい私の体を温めてくれる。
「じゃあさ、ペットボトルとは?」
「ペットボトル?」
彼は驚いたような顔で私を見た。
「そう、自販機にあるやつ」
私は彼から目を離さなかった。
すると彼はすっと目を逸らして窓の外に目をやった。
目をずっと見つめると逸らしてしまうのが、彼のいつもの癖。
少しして、彼は口を開いた。
「別に、いいんじゃない」
んんー、そりゃあそうだよね。
誰かが口をつけた訳でもないし。
私はココアの入ったマグカップを見た。
そうだ。
「じゃ、マグカップは?」
これなら、どうだろう?
「同じだよ。別に」
「そのマグカップは君じゃない誰か知らない人が口つけてるんだよ?」
「んんー。わざとじゃないならいいかな」
そうかぁ。これなら少しは嫌がってくれると思ったんだけど。
彼はまた窓の外に目をやった。
何を考えているんだろう。
頭の中を覗いて、考えていることを全部見てやりたいと思った。
ペットボトルも大丈夫。君ではない、誰か知らない人が口をつけたマグカップも大丈夫。
なら君はどうすれば嫌がってくれるのだろうか。
「ではでは次の問題」
彼は、次は何だろうと言うようにこちらを向いた。
「質問です。カメとキスするのは?」
「するの?」
彼は少し笑って言った。
「場合によります」
……しないけど。
「で、カメとは嫌?」
ははっ。と笑いながら口を抑えた彼はそのまま
んー、と少し悩む仕草をした。
私は爬虫類は少し苦手だけど、カメとキスくらいなら出来るかもしれない。
あぁでも。やっぱりカメよりも犬とかがいいなぁ。
少しして彼がふと口を開いた。
「でも、犬とかなら嫌かも……」
私は逆に彼に頭の中を覗かれたんじゃないかと思った。
犬とかなら嫌かも。
私はちょっとだけ嬉しくなって、
「なるほど。なるほど」
と手のひらに見えないペンですらすらとメモをするふりをした。
「ねえ、結局今までの質問は何なの?」
「別に~」
彼は物凄く不満そうに私を見て小さくため息をついた。
「言っておくけど、君以外に他人とキスなんてしたことないよ?」
わかってるよ。
付き合って3年くらい経つけれど、君は私以外の子には全く興味がないものね。
それはわかってる。でも。
「そんなのじゃないよ。ただ知りたいだけ」
「知りたいだけ?」
彼は少し顔をしかめた。
「ほら、そんな難しい顔しないで」
私は彼をなだめるように少しだけ微笑んだ。
「知りたいの。全部。だから、あなたにたくさん訊くの。あなたのこと、たくさん知りたいから」
「……それじゃ不公平だ。僕だって君のこと知りたいのに。付き合い始めて他の誰より君といる時間が長くなった。だけど僕は君の事を全部、半分も知っているか自信がない」
私は彼の言葉を聞き逃さないように耳を傾けた。
俯いた彼は少しずつ、少しずつ。
言葉をポロポロとこぼしていった。
「ときどき、不安になるんだ。真夜中に隣で寝ている君を見てたら、好きって気持ちが何か別の感情に覆われていく。胸がざわついて怖くなる」
あぁ、そうか。
私と同じ気持ちだったんだね。
真夜中に目が覚めることが時々ある。
でも君と出会うまえは1人だったのに、今は隣を見れば心地よさそうに寝ている君がいる。
私はそれを見て愛おしく思うと同時にもし、私以上に君にとって魅力的な人が現れてしまったら。
そんな人が現れてしまったら、私はどうしたらいいのかと不安になった。
「ドンッ」
テーブルが強く揺れて、マグカップが倒れた。
何事かと私は彼を見た。
彼は目を伏せていて表情はよく分からないけど、
でも、嫌われたらどうしようって思ってることくらいは分かった。
『大丈夫。大丈夫だよ。
私は君を嫌ったりしない。』
変な質問は躊躇いなく口にだせるのに、こんな時だけ声に出せない。本当に、都合のいい口だね。
私は少しでも早く彼に近づきたくてテーブルの上に乗った。
ゆっくり目を開けた彼は驚いたような顔で私のことを下から見ていた。
目を合わせようとしても、彼はこちらを向いてくれない。
でも、その仕草さえも愛おしくて。
ぐっと両手で彼の顔を掴んで、無理やり目を合わせるとそのままの姿勢で私達は見つめ合った。
「最後の質問」
「……」
「私があなたとキスをするのは、嫌?」
ココアの味を、君と。
読んでくださり、ありがとうございました。
菊池 匠さんの「キスの質問」(https://ncode.syosetu.com/n9081ec/)の女の子目線なので、是非そちらも読んでください!