レッドドラゴンとの戦い
偽名でダンジョンに行ってから一週間後、ゲッシュとサラは本名でダンジョンに入った。
行き先は、前回と同じナゲ山麓ダンジョン。
前回同様、ゲッシュとサラの二人組パーティーだけど、王女の護衛として四人の騎士が同行する。
四人とも古くから王家に仕える家柄で、Aランク冒険者と同等の腕前だ。
隊長のディエゴは三十代の男性で、巨大な盾を持っている。盾の中央には槍のように鋭利な突起物があり、武器となる。
副長のアデラは二十代後半の女性で、魔法剣士。
カリナは二十代前半の女性で、双剣を使う。
デボラは十代後半の女性で、魔法使い。回復魔法も使える。
王女の訓練が目的なので、ゲッシュとサラが先頭に立ち、護衛の四人は二列縦隊で後ろから付いていく。
地下二階のボスであるゴブリンプリンスを倒し、ダンジョン入り口への転移魔方陣が出現した。 ここまでは何の問題もなく踏破し、護衛の四人は戦闘に加わっていない。
「小休止しましょう」サラが言った。
皆、サラの言葉に従う。
隊長のディエゴがサラのところに来た。
「殿下、お話ししておきたいことがあります」
「何ですか?」
「私は以前にも何度かこのダンジョンに入ったことがあるのですが、今回は以前に比べて魔物の力が強いようです」
ゲッシュとサラが一週間前に偽名でダンジョンに入ったことは、本人たち以外では私室付女官のミランダしか知らない。
「何か異常があるかもしれない。ということですか?」
「はい。ギルドからも、その旨の報告を受けております」
「おまえの考えは?」
「撤退が最善かと」
しばらくの間、サラは黙って考えた。
「ディエゴ」
「はっ」
「おまえの言うことは分かります。けれど、危ないからといって逃げてばかりでは訓練になりません。先に進みましょう」
「では、せめて、隊列の変更を」
小休止の後、ディエゴの進言に従い、隊列を組みなおした。
大盾を持つディエゴと双剣のカリナが先頭に立ち、二列目にゲッシュとサラ、後衛がアデラとデボラだ。
地下三階への階段を降りる。この階から、デボラが探知魔法を使っている。
「前方、約百メートルに魔物五体」デボラが言った。
皆、戦闘態勢に入る。
ゴブリンシャーマンと、三体の不死の魔物。そして、ドラゴンがいた。
「レッドドラゴンだ!」ディエゴが叫んだ。
初心者向けのダンジョンに出現するはずのない強力な魔物だ。
四人の護衛は皆、Aランク冒険者相当の腕前だけれども、魔物退治が専門というわけではない。
ディエゴには、サラ王女を守りながらレッドドラゴンを倒す自信はない。
ディエゴは死を覚悟した。前衛の二人で戦い、後ろの四人を逃がすことに決めた。
「アデラ、デボラ、殿下を頼む。私とカリナで時間を稼ぐ」
「ディエゴ、あわてるな。私も戦える!」
サラが氷結魔法を使った。魔物たちの動きが鈍る。
ディエゴがレッドドラゴンの相手をしている間に、カリナが不死の魔物を二体、一度に倒した。
ゴブリンシャーマンが召喚呪文を詠唱している。
デボラが雷撃魔法でゴブリンシャーマンを倒した。
残りは、レッドドラゴンと不死の魔物、それぞれ一体。
危機的状況であることには変わりない。
アデラが不死の魔物に炎の球をぶつけ、カリナが剣で倒した。
これで、六人でレッドドラゴンを相手にできる。
だが、ディエゴはまだ、勝てる気がしない。
レッドドラゴンが咆哮を始めた。ドラゴンの咆哮が当たれば、全滅するかもしれない。
ゲッシュはスキル『絶望』を使ったが、レッドドラゴンには効かなかった。
スキル『愚行』が効かなければ、今のゲッシュは劣化版の『剣士』程度の強さしかない。
ゲッシュはスキル『愚行』の発動を願った。
その結果、レッドドラゴンの咆哮が暴発した。自爆だ。
レッドドラゴンは大きなダメージを受けた様子だったが、まだ倒れない。
ディエゴは全力で突進し、大盾をレッドドラゴンに当てた。突起物がレッドドラゴンに刺さるが、深い傷ではない。
レッドドラゴンは暴れ、ディエゴはダンジョンの壁まで飛ばされた。
ディエゴは立ち上がったが、大きなダメージを受け、すぐには動けない。
「氷の槍!」
サラの魔法がレッドドラゴンの喉を貫いた。
サラは『氷の槍』を連射し、ようやくレッドドラゴンは倒れた。
護衛の四人がサラの近くに集まり、サラを称賛した。
サラはゲッシュがスキルを使ったことに気付いていたが、黙っていた。
レッドドラゴンの咆哮が暴発したことについて、護衛の四人は、運がよかったのだと思った。
「撤退しましょう」サラが言った。
反対する者はだれもいなかった。