地下三階
ゲッシュとサラが地下二階で転移魔方陣を利用しようとしたとき、地下三階から悲鳴が聞こえた。
ゲッシュは黙ったまま、サラを見た。
「行きましょう」
「殿下、おやめください」
ゲッシュは思わず、サラを普段通りに呼んでしまった。
「いや、行く!」
「では、私が参ります。殿下はお戻りを」
「おまえを置いて、逃げることは出来ません」
ゲッシュは感激した。命をかけて仕えるに値する主君だと思った。
「では、一緒に助けに行きましょう」
ゲッシュはそう言って、サラの手をとる。そして、気を緩めたサラを転移魔方陣めがけて突き飛ばした。
「ゲッシュ!」
「殿下、後で罰してください」
サラの姿が消えたのを見届けた後、ゲッシュは地下三階に降りた。
まだ悲鳴は聞こえてくる。抵抗している様子だ。
全力で駆け付けたいところだけど、ダンジョン内では罠に気を付ける必要がある。
焦る気持ちを抑え、ゲッシュは慎重に急ぐ。
幸い、三分ほどで現場に到着した。
敵は、ゴブリンシャーマンと数体の不死の魔物。
三人が倒れていて、若い女性一人が戦っている。正確にいえば、女性が一方的に攻撃されていた。
ゲッシュ一人が加わっても、まだ魔物の方が数的優位だ。
ゲッシュは久しぶりにスキル『絶望』を使った。
だが、状況は変わらない。不死の魔物に『絶望』が効かないのを見て、ゲッシュは剣で切りかかった。
戦いを続けていくうち、ゲッシュは体内の力が増していると感じた。体が軽いし、速く動ける。
気が付いてみると、ゲッシュの前には誰もいなかった。
「あの、ありがとう」
後ろから声をかけられて、振り返る。
疲れ切った顔の若い女性が立っていた。
その女性は、Cランクの『聖女』イザベラと名乗った。
倒れていた三人の男たちは、戦士、武闘家、魔法使いで、三人ともCランクとのことだ。
「初心者向きのダンジョンにしては難易度が高いみたいだな」ゲッシュは言った。
「ええ。まさか、こんなに厳しいとは思わなかったわ」
幸い、倒れていた三人は生きていた。
イザベラの回復魔法により、三人の負傷は癒えた。
イザベラたち四人は、先に進むのをあきらめた。
地道に地下二階と地下一階を通って、ダンジョン入り口に戻るのだという。
ゲッシュも戻ることにした。サラを待たせるわけにはいかない。
サラはダンジョン入り口で待っていた。
「申し訳ありませんでした」
ゲッシュがサラを転移魔方陣の方に突き飛ばしたのは、護衛として正しい行動だ。
サラは怒るわけにいかない。
「あやまることないわ。私のためだったのだもの」
ゲッシュとサラは、ギルドで今回の成果を報告した。
報酬は等分し、それぞれ、ギルド内の口座に預けた。
王宮に戻った後、ゲッシュはサラに地下三階での出来事について報告した。
スキル『絶望』が不死の魔物に通用しなかったことや、戦闘中に力が増したことなど、包み隠さずに話した。
「ゲッシュ、ステータスとか、調べさせてもらうわよ」
サラがゲッシュの肉体の状態を解析し、ステータスも調べた。
「明らかに肉体が強くなっているわ。今までより速く動けるはずだし、打撃の威力は大きくなっているはずよ。それと、スキルが増えていた。『愚行』という名のスキル」
「『愚行』ですか。どんなスキルなんでしょう?」
「分からない。強力なスキルだといいわね」