スキル発動
ゲッシュが冒険者になってから一年が過ぎた。
なんとか暮らしていくことはできているが、Eランクへの昇格は夢の夢。
日常の訓練によって多くの一般人よりは強くなっているけれど、戦闘に役立つスキルを持っていないため、冒険者としては最弱レベルのままだ。
この日も、ゲッシュは王都郊外の山で朝から薬草採集をしている。
武器としてナイフを携帯しているが、魔物に会ったら逃げるしかない。
安物でもいいから魔剣が欲しい。
それがゲッシュの願いだ。
今の生活をあと半年ほど続ければ、一番安い魔剣を買うことができる。
遠くで悲鳴が聞こえた。誰かが魔物に襲われた?
逃げるか、隠れるか、あるいは悲鳴のあった方に駆けつけるか。ゲッシュは迷った。
ゲッシュ一人では魔物に敵うはずはない。でも、誰かの助けにはなるかもしれない。
ゲッシュは悲鳴のあった方に走った。
そこにいたのは魔物ではなかった。
たった一人を十数人の騎士が取り囲んでいる。囲まれているのは少女で、右腕を負傷しており、彼女の乗馬も数本の矢を受けている。
幸い、ゲッシュは森の中にいて、騎士たちから姿は見えていない。
ゲッシュが少女に加勢したところで、何の役にも立たない。
そんなことは承知で、ゲッシュは騎士たちに攻撃をしかけた。
ナイフ以外に武器はないので、地面から石を何個か拾って投げた。
冒険者になって以降、毎日のように石投げを練習していたこともあって、ゲッシュはコントロール抜群だ。ゲッシュの投げた石は全て、馬の顔に当たり、馬は暴れた。
だが、相手は十数人。騎士たちはすぐにゲッシュを見つけ、何人かが馬を降りてゲッシュに迫る。
ゲッシュは森の中を逃げた。
金属製の鎧を着た騎士たちに比べ、ゲッシュは身軽だ。逃げることに専念すれば、逃げ切るのは難しくない。
でも、ゲッシュがこの場を去れば、少女は捕まるか殺されるだろう。
少女の横顔をゲッシュは思い出した。彼女はゲッシュの初恋の女性に似ていた。
名前も知らない少女のために命をかける。それも悪くないな。と、ゲッシュは思う。
追ってきた騎士たちを撒いた後、ゲッシュはこっそりと少女たちの所に戻った。
少女は二人を倒していたが、既に馬を失っている。
現場に残っている敵は十人で、そのうちの五人は馬に乗っている。
状況はよくない。はっきり言って絶望的だ。
ゲッシュは、生まれて初めて、スキル発動を本気で願った。
そのとき、思いがけないことが起こった。
騎士の一人が何かを叫びながら、自らの剣で首を切って倒れた。
これがスキルの効果か?
ゲッシュは別の騎士に意識を向け、心の中でスキル『絶望』の発動を願った。
すると、その騎士も自殺した。
短い時間の間に九人の騎士が倒れた。スキル『絶望』の力によるものに違いない。
残るは一人。だが、その騎士は倒れなかった。スキル『絶望』は万能ではないようだ。
最後に残った騎士は馬に乗っている。
ゲッシュは騎士に意識を向けた。
スキル『絶望』は馬にも効果を発揮し、馬は後ろ脚だけで立ってから暴走し始め、騎士を振り落とし、走り去った。
少女が騎士を倒した。
ほっとしたのか、彼女は膝をついた。
ゲッシュを追っていた騎士たちは、そのうちに戻ってくるはずだ。
ゲッシュは黙って立ち去るつもりだったけど、そうすれば少女を見殺しにすることになる。
「早く逃げて! もうすぐ、奴らは戻ってくるはずだ」
「ご助勢ありがとうございます。でも、もう逃げられそうにありません」
少女は微笑み、すぐに気を失った。
少女は右腕以外に大きな傷はない。疲れ切っているのだと、ゲッシュは判断した。
ゲッシュは自分自身に初歩的な回復魔法をかけることは出来るが、他人を回復させることはできない。
戦うか、逃げるか?
戦って勝てる可能性は大きい。
でも、スキル『絶望』が通用しない相手がいれば、少女とゲッシュは死ぬことになるかもしれない。
では、逃げるのはどうか。
残りの敵の中に『探索』のスキルを持っている者がいれば、逃げ切れるものではない。
でも、『探索』持ちがいなければ、ゲッシュには逃げ切る自信がある。
いったん、ゲッシュは逃げることにした。
少女が乗っていた馬の死体から荷物を外す。
一番元気そうな馬に少女と荷物を載せ、落ちないように手持ちのロープで固定。
それから、スキル『絶望』が通用しなかった相手の長剣を手に取った。ゲュシュには魔剣かどうかは分からないが、かなり良さそうな剣だ。
ゲッシュは長剣と鞘を自分の物にした。
ゲッシュは二番目に元気そうな馬に乗った。
残りの馬も連れ、王都の市街地に向かう。