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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第六章 夜霧の渡り鳥作戦

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凱旋

ウェセックス王国暦三百四十三年(フソウ連合暦 平幸二十三年)十一月二十五日。


ウェセックス王国とフソウ連合の講和と同盟条約、「ウェセックス王国フソウ連合二国間総合条約及び軍事同盟」が結ばれてちょうど一ヶ月が過ぎた。

そして、本日、王国首都ローデン直結のイスターニアン軍港は活気に溢れかえっている。

いや、溢れかえっていたどころではないといった方が正しいのかもしれない。

人、人、人…。

人がすし詰めになっていると言った方が正しい気がする。

まさに、今そこにはそれほどの人が集まっていた。

もちろん、結構の数の王国海軍軍人がいるが、しかしそれ以上に多いのは王国の民達だ。

イスターニアン軍港は軍港とは言っても一般人にも一部解放されていたから、噂を聞きつけた人々が集まったのだ。

そして、その噂とは、同盟相手のフソウ連合から譲渡された大型戦艦が今日入港するという噂だ。

すでに、帝国との戦いで、多くの艦艇を失ってしまった事は民達に告知されている。

それで多くの民達は不安を感じたことだろう。

しかし、それにあわせて報告されたフソウ連合との同盟と今までにない規模の大型戦艦の譲渡は、落ち込んだ民の士気を上げる効果を十分に果たした。

そして、それだけ話題になってしまえば、誰だって一度は噂の大型戦艦を見たいと思うだろう。

なお、この噂だが、民の支持の低下を抑える為にもちろんわざと流されたものである。

目論見通り、それが話題となって一気に広まり、結果としてこの混乱を巻き起こしているのである。

「参ったなぁ…」

アッシュがちらりと式典関係者の控え室の窓から外の光景を見て、ため息と一緒に呟く。

「確かにすごい混乱ですよね」

式典用軍服を着たミッキーが苦笑し、そう相槌を打つ。

「なあに、それだけ民が期待している事の表れだ。しっかり頼んだぞ」

そう言って、いろんな勲章をつけた式典用軍服に身を包んだ『海賊メイスン』こと海軍軍務大臣サミエル・ジョン・メイソン卿が笑っているとカッシュ中尉が少し不安げに言う。

「警備の方は大丈夫なんでしょうか…」

「ああ、下手な事は起きん程度にはしているが、スパイ全員を締め出すのは無理だな…」

メイソン卿は、海賊メイスンと呼ばれるに相応しい豪快な笑いをしつつ言葉を返した。

「えっ、それでいいんですか?」

あたふたと慌てるカッシュ中尉にミッキーは笑う。

「なあに、別にスパイに見られる程度なら問題ないぞ。いや、どうせなら、しっかり見ていって欲しいものだ。あれを見たら驚くどころの騒ぎじゃないからな…」

「ほほう、そんなにか…」

メイソン卿が興味津々で聞き返す。

「何言っているんですか。用意された艦のスペックと運営方法のマニュアルは、報告と一緒にそちらに行っているでしょう?」

ミッキーがそう言うと、メイソン卿はニタリと笑った。

「見とらんわ。やはり実物を見てきちんと判断して楽しみたいからな」

その答えにミッキーは苦笑する。

その行動はフソウ連合での自分達の行動そのままだったからだ。

「ええ。わかりますけど…」

「そうか、わかってくれるか。がはははは…」

バンバンと背中を叩かれるミッキー。

ごほっ、ごほっ…。

咽るミッキーに、「すまん、すまん」と言いながらもメイソン卿には悪い事をしたと言う自覚はないようで、「しかし、これくらいで咽るのはどうかと思うぞ」と言い出す始末。

さすがに目に余ったのか、カッシュ中尉が声を上げた。

「メイソン卿、やりすぎですっ」

階級に思いっきり差があるはずなのに普通に突っ込むカッシュ中尉。

その怖いもの知らずな行動にアッシュは苦笑するしかない。

もちろん、わざわざその程度で別にとがめられる事もなく、メイソン卿はきょとんとした表情をしている。

「うむ…そうか?」

「そうですっ。大体ですね、力が強すぎなんですよ」

それをミッキーが慌てて諌める。

なんのコントかと思うような光景が、今、目の前にある。

ほんの数ヶ月前までは考えられなかった光景だ。

自然とアッシュの笑いが漏れた。

それと同時に、アッシュは自分の中に気を引き締めねばという思いがある事を自覚する。

それはそうかもしれない。

今まで散々な目にあってきたのだ。

だから、これくらいで気を許してはいけない。

たかが、王位継承者序列三位になったくらいで…。

そして時間を確認すると口を開く。

「ハイハーン中佐。メイソン卿、そろそろ準備を…」

アッシュの声に、「うむ。そうだな」と言って姿勢を正すメイソン卿。

「ああ。わかっている」

ミッキーはそう言いつつ緩めていた顔の表情を引き締めた。

その姿は今までにない貫禄が感じられる。

わずか一ヶ月でここまで変わるのか。

アッシュはそう思うも、周りから見ればアッシュだってフソウ連合から戻ってくる前と戻ってきた後では思いっきり変わったと思われている。

もっとも、本人はまったく自覚はないようだが…。

二人はきちんと身なりを整えると、順番を待つ。

これから行われる式典の主役、それは入港してくる二隻の戦艦だけではない。

もう一人の主役は、ミッキーなのだ。

今回の同盟成立の立役者であり、中佐就任と同時に新型大型戦艦ネルソンとロドニーを中心にして今度増設される第203特別編成艦隊、通称「ミッキー艦隊」の指揮官としての就任が決定している。

さらに、『海賊メイスン』や『鷹の目エド』からも期待される英雄という噂が広がっており、今や彼の名前を知らないものはいないと言うまでになっていた。

もっとも、本人曰く、「あの二隻の戦艦を理解していてうまく運用できそうなのが、階級が上の人間では私しかいなかったら選ばれたんだよ」と言って苦笑していたが、今の様子だとまんざらでもないようだ。

どちらにしても、大出世であり、彼がアッシュ派筆頭となる。

まだ派閥の力は弱いものの、『海賊メイソン』こと海軍大臣メイソン卿を始めてとする多くの海軍幹部は自分達の支持を表明してくれているし、『鷹の目エド』である宰相オスカー公爵も影ながら協力してくれている。

だが、気をつけなければならない。

擦り寄ってくる者たちのすべてが味方ではないのだ。

そういった連中に振り回されないようにしなければならない。

今はじっくりと力を蓄えていく時機なのだ。

だからこそ、慎重に進めよう。

そうこうしているうちに、人々のざわめきが大きくなる。

どうやら艦が入港してきたようだな。

ちらりと窓から外を見ると、大型の独特の形をした戦艦が二隻、ゆっくりと入港してくるのが見える。

「でかいな…。それに、あの砲門の配置…」

メイスン卿の呟くような声に、アッシュも釣られるように言葉を口にする。

「独特ですね。前面に全基配置とは…」

「おもしろい。不便もあろうが、あれはあれで利点があろう。それにあの逃げを考えないスタイル、実にわし好みだぞ」

メイスン卿はそう言った後、意味深にニタリと笑いつつミッキーに顔を向け呟く。

「うむ。どうせならわしの直属艦にすればよかったかのう…」

「何言ってるんですか。ただでさえ艦数が少ない第203特別編成艦隊から引き抜かないでくださいよ」

その通りなのだ。

『特別編成』の名のとおり、第203特別編成艦隊は特別な艦隊だ。


●第203特別編成艦隊(戦闘艦十四隻、支援艦十五隻)

 大型戦艦 ネルソン、ロドニー

 戦艦 アムストルーラ、クランスフォート、ミドルチニア

 装甲巡洋艦 アドモネルス 以下九隻

 高速巡洋艦 アクシュールツ

 支援艦 補給艦その他十五隻


どう見ても半個艦隊以下の構成なのである。

だから、数は少なく、あくまでもネルソンとロドニー頼りの実験艦隊と言う思惑が強い。

しかし、それでも、あの二隻の勇姿を見たものは思うに違いない。

これは王国最強の艦隊だと…。

そして、それはここにいるミッキーやアッシュたちだけではない。

二隻の勇姿を見た民衆が、海軍軍人が、思っている事ではないだろうか。

それを証明するかのように、一斉に歓喜の声があがる。

そして、その歓声の中、二隻の受領式とミッキーの昇進、それに彼が率いる第203特別編成艦隊の編成の発表が行われる。

それは、王国海軍が新しい時代に進んだと思わせるのに十分な式典となるだろう。


だが、全ての人々が歓喜に震え、喜びの声を上げていたわけではなかった。

スチュワート・エルドルソンもその一人だ。

彼は戦艦や巡洋艦の設計技師であり、今まで多くの王国艦船の設計に関わってきた。

しかし、彼は運がなかった。

派閥争いに巻き込まれ、支持してくれていたパトロンは、先の帝国の戦いで戦死。

そして、彼は今までの仕事を失った。

もちろん、彼の技師としての誇りもだ。

そんな彼は、入港する大型戦艦を見て舌打ちをする。

自分が設計したものが陳腐に見えてしまったためだ。

その悔しさが舌打ちという行為になっていた。

だが、目はしっかりと戦艦を捉え、メモに簡単な艦の略図と大きさなどの大まかな数値を書き上げる。

そして、感じた事、見て思ったことを簡単に記入すると、それを素早くポケットにしまって人込みの中を抜けた。

やっとの思いで港の外に出るとゆっくりと歩き出す。

道端には何十台と言う車やバス、馬車が並んで混雑していたが、スチュワートは迷うことなくいくつも並んでいる車の中の一つに近づいていく。

デザインは、周りの車と大差ないようなものだが、黒塗りで綺麗に磨かれた車は高級感を感じさせ、周りから浮いているように感じられる一台だ。

はぁ…。

スチュワートの口からため息が出るが、歩き続けて車の後部座席近くでやっと歩みは止まった。

それにあわせるかのように窓がずらされて声がかけられる。

「どうだった?」

「簡単な構造と大きさは大体わかった。あと、技術屋としての第一印象とかも書いてある。それ以上の事は、まだ後でだ…」

「わかった。気をつけろ」

言葉と同時に窓の隙間から分厚い封筒が差し出され、それをスチュワートは受け取るとさっき書いたメモを窓から中に入れた。

しばしの間のあと、窓は閉じられて車は動き出す。

それをぼんやりと見ながらポケットに無造作に入れた封筒の厚みを確認する。

もう少し、目立たないようにして欲しいが、金払いはいいんだよな…。

そんな事を思いつつ、スチュワートは歩き出す。

今日は、うまい酒がのめるぞと思いながら…。

そして、そんな彼の後ろに複数の男達が後をつけていることを彼はまったく気がついていないようだった。

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