ドライブに行こう その5
暖かい日差し、少し強めの海風、そしてカモメの鳴き声。
そんな中、波止場の先に立ち、風で流れる髪抑えて海原を見る東郷さんの姿。
それは一枚の絵のようにぴったりとはまってしまい、僕はただそれを見つめ続けるだけだった。
最初の出会いから、美人だとは思ったけど、今更ながらにすごい美人が僕の傍にいるんだなと再度実感してしまう。
それも、同じ屋根の下で…。
なんかドラマなんかみたいだな。
そう思って苦笑する。
大体、魔法のある世界と繋がってしまうって時点でドラマや小説みたいな展開なんだ。
それを考えれば、東郷さんみたいな美人が傍にいるっていうのは、それほどすごい事じゃないのかもしれない。
そう思ってみたものの、でもやっぱり傍にいてくれるのが東郷さんでいてよかったと思う。
真面目で、テキパキ出来て、それでいてどこか抜けてたり、パニックに弱かったり…。
いい点も悪い点含めて、東郷さんが傍にいる事で僕は何とかやっているんだと思う。
感謝しかないな…。
もちろん、東郷さんだけが僕を支えてくれているわけではない。
地区管理をやってくれている三島さんに、常に僕の安全を気にかけている警護の見方大尉。
新見准将らの幕僚の皆に、作戦実施をしてくれる山本中将や南雲少佐に的場少佐、それに現場の海軍軍人の皆…。
それに、僕に協力してくれる地区の責任者や領民の皆さん。
いろんな人が僕を支えてくれている。
でもその中でも、東郷さんの支えがとても大きいような気がする。
仕事だけでなく、私生活も、全てにおいて僕を支えておいてくれる。
そう言えば、「僕を支えてくれているのは、仕事だから?」といった事を聞いた事があったっけ…。
あの時は、はぐらかされたけど…。
本当は…どうなんだろうか。
仕事だからといわれたら…少し寂しいと思ってしまう自分がいる。
なんだろうな…。
この気持ちは…。
そんな事を思って、どれくらいぼんやりと東郷さんの姿に見入っていただろうか。
気がつくと海を見ていた東郷さんが、僕の方を見て少し困ったように微笑んでいる。
ドクンッ。
その姿に胸の奥で何かが強く跳ねたような感覚が走った。
東郷さんが、ゆっくりとこっちに歩いてくる。
髪やスカートが風で揺れ、なんだろう…、すごくドキドキする。
「鍋島さん…。私…」
頬を染めてこっちを見ている彼女の綺麗な唇が動く。
多分、僕も真っ赤だろう。
耳が熱い。
「え、えっと…なんだい?」
なんとも唾を飲み込み、それだけいうのが精一杯だ。
鼓動が早くなっていく。
息が苦しい。
なんだ?なんなんだ。この感じ、この感覚は…。
「えっと…恥ずかしいんですけど…」
少し恥らいながらそういう東郷さん。
その瞬間…
ぐーーっ。
お腹が鳴った。
えっ?
今の音は僕じゃない。
と言う事は…。
真っ赤になる東郷さん。
「えっと…お腹すいたの?」
「いえ…そんな訳はないんですけど…」
しかし、身体は正直である。
ぐーっ。
必死で否定する東郷さんの意思を裏切り、正解を述べる。
そう言えば、東郷さん、昼食の時あまり食べていなかったな…。
普通なら気がついてすぐに聞いたんだろうけど、あの時はドライブに行く事で頭が一杯だったからなぁ。
いかん、いかん。
僕は慌てて聞く。
「お昼あまり食べていなかったけど、調子でも悪いの?」
「い、いえ…。そういうわけではないんです」
歯切りが悪そうに言う東郷さん。
「でも…」
僕がどう言えばいいのか迷っている間に、彼女はおずおずと口を開く。
「えっと…ですね。実は…ダイエットをしようかと思って…」
真っ赤になりながらそう告げる東郷さん。
思わず全身を見て、僕の正直な感想を言う。
「ダイエットって…。東郷さん、今のままでもすごくスリムで綺麗だと思うけど…」
出てるところは出てるし、引っ込んでるところは引っ込んでるし…。
それにすごく魅力的で僕の好みだ。
とはさすがに言えないけどさ…。
「そうでしょうか?こっちの雑誌のグラビアでしたっけ?あの写真の女性とかすごく…その…」
それだけでわかってしまった。
どうやら、グラビアアイドルなんかの公式情報なんかに載っている体重と身長を見てショックを受けたようだ。
いや、あれ、全部が全部嘘とは言わないけど、なんか怪しいの多いんだよなぁ。
それに聞いてまわったわけではないけど、アイドルみたいな体重の女性に会った事なんてない。
確かに体重維持の努力は必要だが、無理してのダイエットは考えものだと思う。
特に今の仕事は激務が続くから、最後は体力勝負だし…。
「ああいうのはね、見栄で軽く載せていることが多いんだ。それにさ、東郷さんのその…スタイルなら…問題ないと思うんだけどな。さっきも…その…」
さすがに言えない。
見とれてしまっていたって…。
だから、言葉を誤魔化す。
それが気になったのだろう。
「えっ?えっと…最後の方、よく聞こえなかったんですけど…」
聞き返してくる東郷さん。
「だから…」
「だから?」
「つまりは……だね。東郷さんは今のままでもすごく綺麗でスタイルもいいから、無理なダイエットは必要ないって言いたかっただけなんだ」
なんとかそう言うと、ほっと息を抜く。
ちらりと東郷さんの反応を見ると、安心している反面、少し残念そうにも見える。
なんか僕、言い方間違えただろうか。
だが、そんな表情も一瞬だった。
すぐに東郷さんは苦笑する。
そして笑いながに言った。
「鍋島さんがそう言ってくださるのなら、鍋島さんを信じます。ダイエットはもう止めます」
「ああ、それがいいよ。僕が責任を持つからさ」
僕がそう言うと、彼女はくすくすと笑う。
「じゃあ、鍋島さんには責任を取ってもらっちゃおうかな、そのうちに…」
「えっと…それはどういう意味かな?」
思わず聞き返す僕に、どうとでも取れる微笑を浮かべて彼女は言った。
「お腹すいちゃいました。何か食べましょう」
「あ、ああ…」
なんか納得できなかったが、東郷さんに手を引っ張られる。
行き先は、港の入口にあったお店だ。
フェリーや観光客目当ての売店が並んでいる。
「イカ焼き食べましょう。イカ焼きっ…」
楽しそうに言う東郷さんに、僕は苦笑しつつも、これでよかったと思うことにした。




