日誌 第二日目 その3
資料を読み漁っていたら、打ち合わせ10分前になって三島さんがやってきた。
部屋に入ってみるとすっかり打ち合わせ準備ばっちりの僕と東郷大尉の様子に驚き、「えっと…遅れちゃった?」と聞いてくる。
「ああ、大丈夫ですよ。時間前です。さすがですね」
僕はそう言って立ち上がると三島さんを迎えた。
「ああ、よかったわ。一瞬、時間間違えたかと思ったから…」
「ああ、前の打ち合わせが早く終わったからね」
僕がそう言うと少し興味津々な表情で僕の顔を覗き込んでくる。
それを見つつ、僕は苦笑して口を開く。
「心配しなくてもいいスタッフがそろっていますからね。おかげでスムーズでしたよ」
それを聞いて安心したのだろう。
ほっとした表情で部屋の中に入ってきた。
「では、ソファーの方で…」
僕の言葉に、三島さんも苦笑してソファーに座る。
「今や貴方の方が偉いんだから、ふんぞり返ってもいいんだけどな…」
「いやいや。僕は名ばかりの責任者ですからね。ここの地域に関する手綱は三島さんがしっかりやってくれないと困りますよ」
「貴方がそういうなら、がんばらせてもらおうかな…」
そう言って僕を見て微笑んでいる。
「ええお願いします」
「ふふっ。お願いされちゃう」
そう言いながらちらちらと視線を動かしている。
どうやら後ろの東郷大尉を見ているようだ。
少し気になってちらりと後ろを見ると、なんか不機嫌そうな東郷大尉の顔があった。
なんかやったか、僕?
ともかく見なかったことにして、話を進めることにした。
「それで、本日の夕方には明日の午後に本会議のあるジョウトウ本島で賛成派の責任者と会合ということでいいんですね?」
「そうそう。それと中立派でもこっちよりの連中にも声をかけておくわ」
「うまくいくといいんだけど…」
「まぁ、今回の件は、準備期間が短いから、工作みたいなのをする時間もあまりないからね。だから、いかに納得させられるものを提示できるかにかかってると思うわよ」
「もちろんですよ」
「あら頼もしい…」
少し色っぽい感じて三島さんがそう言って笑う。
なかなか魅力的な笑顔だが、なんか背後の不機嫌オーラが増したような気がする。
なんなんだよ…。
いかん、いかん、今は話し合いに集中しなければ…。
「ところで、先方とは連絡取れているんですか?」
「ああ、無線で連絡してるから大丈夫だと思うわよ」
それを聞き少し驚く。
「えっ…鉄の船を作れないのに…なんで無線?」
僕の問いに、三島さんが笑いながら答える。
「もちろん、この島で作られたものを輸出してるの。通信機器と発電関係の一部やインフラ関係は、他の地域に提供してるわよ」
ああ、そうだった。
僕のジオラマの影響で、この地域、それもこのマシガナ本島を中心に歴史改ざんが行われてしまい、大きくこの地域だけ他のところと文化や技術レベルが違ってしまっているのを忘れかけていた。
「なら、一部には電気通っていたりするんですか?」
「各地域の本島のごく一部のみね。燃料なんかもうちから提供してて、その代わりに食料なんかを回してもらうって感じだね」
「なるほど…」
つまり、このフソウ連合の中で役割分担がきちんと出来ていて、鎖国しても周るシステムになっているということなのか…。
それを外の国からの圧力が壊そうとしているという事か…。
でも、ここで外の国の圧力を排除したとしてももう元のようにはならないだろう。
今までのシステムでは対応するのには遅すぎる。
つまりは…新しいフソウ連合の国のシステムを作る必要性があるって事か…。
だから、僕の口を開いた。
「僕がやろうとしている事、つまり今回の件で大きく状況は変化してしまうかもしれませんけど…それでいいんですか?」
僕の言葉の意味がわかったのだろう。
ニコリと微笑みながら三島さんは頷きつつ口を開いた。
「私はあなたについていくだけだけどね」
「いや…ついてきてもらうだけだと困りますよ。一人ではとても無理ですから…。せめて手伝ってくださいよ」
「もちろん。手伝わせてもらうわよ…」
そう言った後、三島さんが視線をずらす。
後ろにいる東郷大尉に視線を向けたのだ。
「もちろん、大尉もよね?」
その言葉に、東郷大尉が気合の入った声で返事を返す。
「もちろんです。私は最初からそのつもりでしたから」
「ならいいわ」
何が楽しかったのかわからないが、三島さんはカラカラと笑っていた。
三島さんと今日午後に会う他の責任者との会合の打ち合わせを終わると、僕は三島さんと東郷大尉、それに護衛の見方大尉をつれて港に向った。
港の広場には、ずらりと軍人が並ぶ。
そう。出発する艦隊の関係者だ。
前の台の上に上がり、全員を見回した後、口を開く。
今作戦における激励の言葉だ。
それを口にする。
緊張するが、それ以上にひしひしと責任を感じる。
実際に大海戦を指揮した提督や長官に比べれば、たいした事はないのかもしれない。
それでも、僕はその重みに潰されそうになっていた。
今まで人生で味わった事のない責任の大きさと重みに。
しかし、ここで潰れるわけにはいかない。
彼らは、下手をすれば、死ぬ恐れさえあるのだから。
だからこそ、僕は自分を奮い立たせる。
この程度で潰れてなるものか。
そして、最後に僕の思いを込めて叫ぶように言う。
「絶対に死ぬな。生きてまたここで会おう」
そして、その言葉の後、全員がまるで一体になったかのように同時に敬礼を返してくれる。
それを見て、僕も力いっぱいの敬礼をした。
「それでは各自解散っ。行動に移れ」
その掛け声と共に、そこに集まっていた者達はそれぞれの動き始める。
そんな中、一人の軍人が僕の前に来た。
山本准将だ。
「なかなか白熱した演説でしたな」
笑いつつそう言う山本准将に、僕は苦笑した。
「いえいえ。まだまだだと思いましたよ」
そんな僕の言葉に、山本准将は頷く。
「たしかにまだ演説の技術だけを見れば未熟だとは思いましたが、それ以上に貴方がいかに責任を持ってやっているかが伝わってきました。その熱意はひしひしと伝わったと思いますよ。それに…」
そう言って、ニタリと笑う。
「死んでも任務を全うしろだの、死して救国の鬼となれなんていう輩が多いのに、あなたはそういう連中とは違う。そういう事を感じさせられました。そして、何より貴方の最後の『絶対に死ぬな』っていうのには最高にしびれましたよ」
「僕は思ったことを言っただけだから…」
「はははは。いつまでも今の貴方でいて欲しいですな…。では」
そう言って山本准将は敬礼する。
それにあわせ、僕も敬礼を返す。
「艦上でまた会いましょう」
「はっ」
艦隊の出航を見送った後、僕は資料をバッグに詰め込み、すぐに二式大艇に乗り込む。
三島さんや東郷大尉、護衛は見方大尉と彼の部下が4人が一緒だ。
他の幕僚達は、本島に残ってもらう。
何かあった時の為だ。
ゆっくりとプロペラが回りだし、そろそろ動き始めようとした時になって、こっちに走ってくる人影が目に入った。
「ちょっと待って…」
気がついた僕がそう言って、搭乗口を開くと若い兵士が慌てて飛び込んできた。
慌てて敬礼をすると荒い息でなんとか言葉を口にする。
「はあっ、はあっ、で、伝令…で…ありますっ…はあっ、はあっ」
そう言って一枚の小さな紙を差し出す。
僕はそれを受け取り、視線を下ろす。
その紙には、短くこう書かれていた。
『テキ、ウゴク』と…。




