予想外のことは起こるもの
四月十六日。
その日は、少し肌寒いながらも春の日差しが差す一日だった。
平和なら、何事もない当たり前の一日。
そんな予感さえさせるその日――だが、それを乱すように砲撃が始まる。
連盟軍の侵攻が始まったのだ。
補給物資不足のため、作戦は一週間限定の反攻作戦である。
本国の命令を無視できない共和国に派遣された部隊は、苦肉の策として期間限定の反攻作戦を立案し、実行した。
形だけでも反攻作戦を行い、本国の命令には従ったことにする。
そして、軽く敵の反撃を受けたところで、手痛い打撃を受ける前に後退する、そういう作戦であった。
砲撃の後は、当初の計画どおり旧王国侵攻軍団の部隊を前面に出して攻撃を仕掛ける。
もちろん、旧王国侵攻軍団の多くの部隊は内心煮えくり返るほどの怒りを抱いていた。
だが、特戦隊が後方に並び、睨みを利かせる現状ではどうしようもなく、必死になって突撃を開始した。
――こんなところで死んでたまるか。
その思いだけが彼らを突き動かしていた。
もちろん、逃げ出した者も数名いたが、その者たちは皆の見ている目の前で蜂の巣となり、ただの肉片と化した。
それは間違いなく効果があった。
だが、それは猛毒でもあった。
今に見ていろ。
自分らの後ろに並び、安全圏でぬくぬくとしている特戦隊に対して、彼らは怒りを溜め続けていったのである。
そうして始まった連盟軍による期間限定の反攻戦ではあったが、すぐに反撃を受け、作戦終了となるという予想が大きく崩れていった。
攻撃を開始した前衛が簡単に共和国最前線を突破してしまったのである。
もちろん、反撃はあった。
だが、それは微々たるもので作戦中止にいたるほどのものではなく、予想外の戦果に、連盟軍は戸惑い、混乱することとなったのである。
「お、おい、嘘だろう?!」
その報告を聞き、共和国侵攻部隊を統括する侵攻軍司令部の幕僚の一人が唖然とした口調で言葉を漏らした。
だが、それはその幕僚だけの思いではなかった。
その報告を聞いた者すべての思いでもあった。
だが、数時間もしないうちに最前線に近い街の再占領に成功し、それ以降も大して被害を受けていないという報告に、幕僚たちは唖然とした。
当初、前面に出した旧王国侵攻軍の部隊が被害を受けたら、さっさと損切りで撤退するつもりが、それができなくなってしまったのである。
それどころか、気持ちいいぐらいに進軍が進んでいるのだ。
「お、おい、これって……」
「まさか……」
「信じられん」
だが、そんな言葉が出てしまった。
それほどまでにこの結果は侵攻軍司令部を混乱させていたが、それ以上に現場は混乱してしまっていた。
「なんだよ、これ……」
最前線で侵攻する旧王国侵攻軍団の兵士たちの表情は、誰もが唖然としていた。
それはそうだろう。
必死な思いで、それこそ、死んでたまるか、生き残ってやるという思いが肩透かしを食らった形になってしまったからだ。
もちろん、侵攻はしていたが、あまりにも簡単に行き過ぎる現実に、半信半疑であった。
それは、後方で動いていた特戦隊も同じである。
こんなはずじゃなかったという思いが強い。
だから、慌てて気持ちいいくらいに先行して進む旧王国侵攻軍の部隊についていく。
それはまるで後ろから煽られているかのような錯覚を、旧王国侵攻軍の兵士たちに与え、より侵攻速度が上がっていく。
もちろん、抵抗があればそれは収まるだろう。
だが、抵抗がろくにないのだ。
引っ張られるように戦線は拡大していく。
まさにブレーキを失った車のようだ。
次々と入る報告によって、補給関係の幕僚の悲鳴が上がった。
「このままでは、止められないぞ」
その言葉に、混乱していた者たちが慌てふためいた。
彼らは気が付いたのだ。
このままのペースでいけば、準備した補給物資が一週間も持たない恐れが出てきたのだ。
弾薬や食糧はまだいい。
あまり消費していないから。
だが、問題は燃料だった。
あまりにも早い進軍に、トラックを始めとする車両の燃料の消費が一気に跳ね上がったのである。
もちろん、馬車も多い。
だが、それでも車両による輸送は全体の半分を超える。
それらが燃料不足に陥ると、前線への補給が滞る可能性がある。
あまりにもずさん過ぎる管理だが、元々本国から急遽送られた命令によって、その場しのぎとして考えられた作戦である。
また、すぐに反撃を食らって終わるとさえ考えられていた。
だからそんなに事細かく計算されたものではなかったのである。
「このままではすぐに燃料が枯渇するぞ」
「しかも、侵攻は順調だ。なのにそれが止まったとしたら……」
その後は言葉にはならなかったが、その場にいた誰もが想像できた。
「こ、こうなったら現状を説明し、もっと補給物資を送ってもらうようにしてはどうだろうか」
慌てて一人の幕僚がそう口にした。
それを聞き、誰もがそれはいい案だと納得した。
これでうまく補給物資が届けば、まだ戦いを続けられるし、届かなくて侵攻が止まった場合は、本国の連中の責任だ、とすればいいと気が付いたからである。
「よし。すぐさま、本国の軍総司令部に連絡だ。『作戦成功し、侵攻は順調。ただ、物資不足が予想より大きい。潤沢な補給を要請する。補給がない場合は、侵攻を一時的に停止するしかない』――と添えて」
その言葉に、その場にいた誰もが頷いた。
いい案だ、それは。そう思ったのである。
なぜなら、作戦が失敗した時は、補給を潤沢に送ってくれない本部が悪いことにできるし、作戦成功の暁には、こっちの手柄にできるということだからだ。
「それはいい」
「確かに」
すぐに誰もが賛同した。
なんせ、美味しいところ取りができるのだ。
また、今まで上の好き勝手に使われてきた彼らにとって、鬱憤を晴らせる機会でもある。
だから誰も反対しなかった。
あまりにもうまくいきすぎている現状に、疑問も持たないままに。
「あの連中めぇっ」
ハウエッセン将軍の口から、怨嗟の声が漏れる。
もっとも、そこまでさせたのは上のあまりにも身勝手な命令ではあったが、得てして加害者はそうは考えない。
しかも、すでにこの報告はトラッヒの元にも届いており、握りつぶすこともできないという状況であった。
「落ち着け。どっちにしてもこうなっては仕方ない。このままやるしかないのだ」
バルべ大将が悔しそうに言う。
多分、第三者が見たら首をかしげる光景だろう。
なんせ、自軍が勝利――それも大勝しているというのに、悔しがっているのだから。
ともかく、二人は湧き上がってくる怒りを抑えつつ、建設的に話を進めようとする。
「この件は、もうトラッヒ総統の耳にも入っている。要請を無視するわけにはいかん」
「だが、要求されたこの物資の量は……」
二人は黙り、しばし沈黙が辺りを包んだ。
その量は、とてもではないが今の鼠輸送作戦でカバーできるだけの量ではなかったのである。
しばしの沈黙。
そんな中、ため息を吐き出してバルべ大将は口を開く。
「やるしかないでしょうな」
「だがどう考えても無理な量ですぞ」
ハウエッセン将軍が焦って言う。
それを宥めながらバルべ大将は答える。
「しかし、これで躓いたら我らは……」
その言葉に、ハウエッセン将軍は黙り込んだ。
「そこで、一つ考えたのですが……」
バルべ大将はそう言って、思いついた案を口にした。
それは、本国艦隊をある程度動かし、その情報をわざとリークして敵の艦隊をその方面に引きつけ、その間にかき集めた輸送艦と準備していた旧王国侵攻艦隊の復旧艦艇をまとめた輸送船団で、一気に必要な補給物資を送るという作戦であった。
「しかし、本国艦隊と敵艦隊が戦闘になり被害が出れば……」
ハウエッセン将軍が心配そうな顔で言う。
「ご心配なく。あくまでも敵艦隊戦力の牽制です。本国艦隊は撒き餌です。食いつかせる気はありません」
「なるほど。それはいいかもしれませんな」
ハウエッセン将軍は大きく頷く。
その様子には安堵感さえあった。
「ええ。ある程度、復旧艦艇の準備は終わっていますから、三日もあればすぐにでも出港できるはずです」
「それはいい。さっさと終わらせましょう。そして、その先を我々は考えねば……」
ハウエッセン将軍がほくそ笑む。
すべてはそれで解決だと言わんばかりに。
そして、バルべ大将も同意して笑うのであった。
まるで、このまま問題なくすべてがうまくいくかのように。
「その情報は間違いないのだな?」
アルホフ大佐の報告を聞き、ガルディオラ提督はそう言って確認した。
そして、「間違いない」という返事を聞き、深々とため息を吐き出した。
あまりにも先が見えていない。
ルキセンドルフ総司令官かマクダ・ヤン・モーラ提督がいれば、こうはならなかっただろう。
しかし、今その二人は総司令部にいない。
一人は辞任し、もう一人は暗殺未遂で負傷して病院にいる。
本当なら、自分が動くべき。
そうは思うものの、自分に非がないことで動きたくない。
和解したモーラ元提督とは後のことを引き受けるということを約束はしたものの、それさえも反故にしたいほどだ。
特に、あの二人のためというのが大きい。
介入したとしても、連中は感謝することはなく、余計なことを恨みさえ持つ恐れが高かった。
そんなガルディオラ提督の思考が読めたのだろう。
アルホフ大佐はぼそりと言った。
「無理にしなくてもよろしいのではないでしょうか」
そう言った後、しかめっ面で言葉を続けた。
「連中の尻拭いをしてくれとは頼まれてませんので」
その淡々としたもの言いに、ガルディオラ提督は思わず笑った。
「確かにな。その通りだ」
そして、笑いつつ言葉を続けた。
「だが、こっちが巻き込まれないようにはしてくれよ?」
「もちろんでございます。我々の息のかかった輸送部隊や補給船団には手出しをさせないように手を打っておきます」
「ああ。頼むよ」
その言葉に、アルホフ大佐は強く頷いた。
「しかし……」
思わず、といった感じでガルディオラ提督の声が漏れた。
それを聞き、アルホフ大佐が聞き返す。
「いかがなされましたか?」
そう聞かれて、ガルディオラ提督は苦笑した。
「いや何、あまりにもうまく運びすぎているな、と」
「確かにその通りですな」
アルホフ大佐は少し考え込む。
先の戦いにおいても、今回のことにおいても、あまりにもいいように共和国側にあしらわれている――そう感じてはいたのだ。
だが、アルホフ大佐はどちらかというと諜報畑であり、なおかつ自国の新型暗号機の性能に自信があったため、そこまで踏み込んでは考えなかったのである。
そして、アルホフ大佐は口を開いた。
「では……」
「ああ。暗号が筒抜けの可能性があるということを踏まえて、鎌をかけてくれ」
ガルディオラ提督の言葉に、アルホフ大佐は頷く。
確かに新型暗号機は早々解読できないという自信はある。
だが、それは絶対ではないとも思っていたからである。
「了解しました。こちらでいろいろとやって確認してみましょう」
「ああ。情報が筒抜けというのは、あまりにも拙いからな」
その言葉に頷き、アルホフ大佐は聞き返す。
「で、そのことを?」
「言うわけないだろうが。まだ確信ではないしな」
「了解しました」
そう返事を返すと、アルホフ大佐は首都にある潜水艦隊司令部に戻っていく。
それを見送りながら、ガルディオラ提督は、潜水艦部隊だけでも暗号機の改良を行っておく方がいいのかもしれんと思い始めていたのであった。
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