一つの失言が招いた負の連鎖
連盟軍司令部の一番小さな会議室の一室で、二人の男が難しそうな顔で唸っていた。
いや、正確に言うと唸っているというより頭を抱えてしまっており、唸るような音を漏らしていたというのが正しいだろう。
一人は連盟海軍洋上艦隊司令バルべ大将であり、もう一人は連盟陸軍司令ハウエッセン将軍である。
「なんであんなことを言ったのかね」
じろりとハウエッセン将軍がバルべ大将を睨みつけるような視線を向けて言う。
あんなこと。
それは、トラッヒの剣幕に押され、鼠輸送作戦の戦果を被害なしの水増し報告をしてしまった事を指していた。
「し、仕方あるまい。貴官なら、きちんと言えたのかね?」
そう言われ、ハウエッセン将軍が苦虫を潰したような表情になった。
しばしの沈黙の後、振り絞るように言う。
「……。しかしだね……、それは陸軍の作戦ではないから……」
要は、自分には関係がないと逃げる発言。
それは言えないという事でもある。
「なら、なぜ、否定しなかった?」
「そ、それは……」
そう口にしたものの、結局言葉に詰まってしまう。
その様子にバルべ大将は鼻で笑う。
ほれみろ。
その表情はそう語っていた。
その表情を前に、ハウエッセン将軍は何か言いたげになるも、ぐっと言葉を飲み込む。
確かに失言したのはバルべ大将であり、巻き込まれた形になってはしまったが、今更どうこうできない事態になってしまったのは間違いなかった。
巻き込まれたくなかったら、否定するなら、あの話の時にするべきだったのだ。
今更、あれは嘘で、私は関係ありませんと言っても通用しないだろう。
それどころか、なぜ私を騙すような真似をすると、とばっちりを喰らうのは目に見えていた。
あのトラッヒならやりかねん。
そうハウエッセン将軍は思ったのである。
だから、もう遅いのだと。
ふうと息を吐き出した後、ハウエッセン将軍は思考を切り替える。
このままお互いに色々言っていても、状況は変わらない。
それどころか、悪化していくだけだと思ったからである。
「わかった。いまは現状をどうするか。それだけを考えよう」
そのハウエッセン将軍の言葉に、優越気味な視線を向けていたバルべ大将の表情は、すぐに険しい顔に戻った。
その通りだと気がついたのだ。
どうやっても、逃れられないなら、どうにかするしかない。
そう、彼も切り替えたのである。
「で、どうする?」
バルべ大将のその問いに、ハウエッセン将軍は聞き返す。
「我々だけでなく、潜水艦隊司令のガルディオラ提督を巻き込めないかね?」
その問いに、バルべ大将は益々渋い顔になった。
その表情から、察したのだろう。
ハウエッセン将軍はため息を吐き出した。
二人の間の溝が思った以上にデカいと再認識したからである。
もっとも、そう言いつつも、自分自身にも溝はあるなと思い出したが……。
どちらにしても、無理か。
ふー。
息を吐く。
二人でどうにかするしかあるまい。
結局、そういう事になってしまう。
そして、意を決してハウエッセン将軍は言う。
「しかし、今の補給物資の備蓄では、精々一週間程度しか進軍できんぞ」
普通に防衛に使うだけなら、もっと持つだろう。
しかし、進軍するという事は、それ以上の消耗と損失がある。
それを考えるとその後の守りも考えてそれぐらいが妥当なラインだと判断したのである。
「ふむ。それが精一杯か……」
「補給はもっと出来ないのか?」
その言葉に、バルべ大将はしばし考え込んだ後、口を開く。
「仕方あるまい。現状では、これ以上戦力は回せん。本国の海上戦力がスカスカになってしまう」
ただでさえ色々と本国戦力は引き抜かれてしまっており、また、植民地での独立運動が強くなりつつある現状では植民地に派遣している艦隊戦力は戻せない。
その上、今残っている輸送に使っている商船を改造武装化して回すことも難しい。
実際、大抵の大型、中型商船は片っ端から武装化して艦隊戦力に回してしまっており、これ以上商船を武装化して艦隊戦力にすると今度は植民地と本国を結ぶ補給や輸送が滞ってしまうだろう。
あれ程の数を誇っていた連盟の輸送船団は、今や影も形もない有様と言ってよかった。
どうすればいい……。
しばしの沈黙。
だが、バルべ大将は思いつく。
「仕方あるまい。再建中の旧王国侵攻艦隊の残存戦力を鼠輸送作戦に回す」
その言葉に、ハウエッセン将軍は驚いて聞く。
「いいのか?当初の計画では、再建した艦隊を使って共和国領海の制海権を奪取するのではなかったか?」
「仕方あるまい。今のままではどうしようもない。それにだ。未だ艦隊の再建には時間がかかる。だから、早く修理が終わった分を鼠輸送作戦に回すだけだ」
「そうか。そうするしかないか」
ハウエッセン将軍は渋々頷く。
すでに後手後手に回ってしまっている以上、使えるものは使わねばならないという有様である。
もっとも、二人とも気がついていない。
ただ、問題を先送りにしている事に。
それどころか、より不利な状況に自分らを追い込んでいることに。
ただ、今の状況を何とかしよう。
その一点のみが彼らを突き動かしていた。
「ともかくだ。私の方としては、鼠輸送作戦に動員する艦船を増やし、少しでも補給を増やして作戦時間をより伸ばせるようにする」
バルべ大将がそう言うと、ハウエッセン将軍は仕方ないという感じで答える。
「わかった。こっちも現地の軍を動かして少しでも反攻作戦が出来る形にしておく。それに情報では、敵の侵攻が止まったとも聞く。連中とて補給路が限界に達している様子だ。息を整えたいだろう。その時を狙って攻撃をすれば、うまくいくかもしれん」
「ああ、それでいくしかあるまい」
二人はそう言って頷き合う。
だが、気がついているのだろうか。
あくまでも、きちんと裏付けされていることが一つもないことに。
参加艦船を増員して、果たしてどれだけ備蓄の量が増えるのか。敵の進軍が止まったという情報の理由が、本当にそれなのかと。
あくまでも、そうあって欲しいという願望が生み出した事でしかない事に。
「本国は何を考えているというのだっ」
共和国侵攻部隊を統括する侵攻軍司令部で命令を聞いた多くの者達は、その余りにも無理な注文に激怒していた。
ただでさえ、現状維持を行うのに苦労しているというのに、少ない備蓄を使って侵攻せよとは、自分で自分の首を絞める悪手としか思えなかったのである。
「連中、俺らを何だと思っているんだっ」
一人の幕僚がそう吐き捨てる。
実際、彼らは本国の無茶ぶりに振り回されてきた。
彼らは本来なら、王国侵攻をするはずの部隊であった。
だが、王国との艦隊戦で負け、上陸を断念。
その結果、本国に戻るかと思いきや、休みも情報も与えられずに共和国に回された挙句、今や瓦解した共和国侵攻軍の尻拭いをさせられている。
まさに、上の傍若無人ぶりに振り回される現場という有様で不平不満が溜まってしまっており、文句や愚痴が漏れるのは仕方ないといったところだろうか。
もっとも、会社員のようにそれで嫌気がさして辞表を出して辞めたと言えないところが軍人としては辛いところではある。
それに今抜け出したとしてもここは敵地である。
旧王国侵攻軍のように、軍や民間に駆り出され、悲惨な目に遭うのはわかっていた。
まさか自分がそんな目に遭うとは旧王国侵攻軍の離反兵を狩る時は思ってもいなかったが、今なら自分らもそうなりえると判る。
そして、それは不安と恐ろしさをいっそう強めていた。
あんなのはごめんだと。
では、どうするか。
一人の幕僚がため息を吐き出して言う。
「やるしかないか……」
結局行き着くところはそこしかないのである。
「旧王国侵攻軍兵士達が中心の部隊がいくつかありますから、それを最前線にして、突破を試みましょう」
「しかし、連中は従うだろうか?」
「従わせるんですよ。連中だってわかっているはずです。かつての仲間だった離反兵がどんな悲惨な目に遭うかを。それに連中の後ろには、我々に忠誠心の高い部隊を配備します」
そこまで言って何が言いたいのかわかったのだろう。
疑問を口にした幕僚がため息を吐き出す。
「督戦隊としてか……」
呟きのような言葉。
だが、誰も反対しなかった。
誰もが自分の部下を失いたくはないのだ。
だから結局言うしかない。
「そうだな。そうするしかないか」
そして、そのまま作戦案が作られていく。
まるで人の命など、ただの数字でしかないと言わんばかりに。
だが、そうなのかもしれない。
人の命など、戦争という出来事の中では、実に軽く、些細なものだと。
そして、失言から始まった負の連鎖は、上から下に堕ちていく。
より悲惨なものになって。




