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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十九章 大反攻戦

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鼠輸送の影で……

「大佐、こちらを」

副官が真剣な表情で鞄を渡す。

それを受け取り、センパラ・ラッテンコウ大佐は頷いた。

そして、鞄は予想よりも重い。物理的重さだけではない。人の思いがそう感じさせているのだろう。

「ああ。予定通りに……」

「はい。わかりました」

副官はそう言うと敬礼して言葉を続ける。

「我が祖国の為に」

「ああ。我が祖国の為に」

返礼してそう返すと、ラッテンコウ大佐は鞄を持って歩き出す。

その背中には迷いはなかった。意を決した強い意志だけが感じられる力強い後ろ姿であった。

「昨日出港した艦艇群は、予定通り少数に分かれ、目的地の港にそれぞれ向かっております。今のところ、まだ敵の索敵には引っかかっておらず、順調な滑り出しといえます。また、潜水艦部隊はトンダラント海岸に向かっており、こちらも問題ないと定期連絡が入っております」

その報告に、トラッヒが聞き返す。

「トンダラント海岸?」

その言葉に、報告者が答える。

「はっ。ヒュンゲルトの森の北側に広がる遠浅の海岸であります。こちらに潜水艦部隊は向かっているのです」

その答えにトラッヒは満足した笑みを浮かべた。

「そうか。そうか。孤立奮戦する彼らにという訳か。いいぞ」

実に楽しげに、気分よくそう言うトラッヒ。

ルキセンドルフ総司令官が提案した作戦が順調に進んでいるということに満足している様子だ。

ほんの一週間ほど前までの大荒れの様子は微塵も感じさせない。

もちろん、それだけではない。共和国軍の侵攻速度が一気に落ちたのも大きかった。

それにより、連盟軍は戦線の立て直しに成功しつつある。

特に旧王国侵攻軍は、戦線を徹底的に縮小し、防衛ラインの設置も間もなく完了する。

これが大きかった。

だが、その報告の後、別の報告者が恐る恐るといった感じで報告を開始する。

その様子からしてトラッヒが不機嫌になりそうだと判断し、会議に出席した者たちは身を固める。

もちろん報告する者の責任ではないが、とばっちりは間違いなく報告者に行くだろう。

彼の顔は真っ青を通り越して真っ白に近く、身体は小刻みに震えていた。

そんな報告者の様子に、トラッヒはつまらなさそうな表情をしていたものの、内心ほくそ笑んでいた。

要はそれだけ自分を皆恐れているのだと。

若かりし頃、散々馬鹿にされ、屈辱の日々を送ってきた私が、今や誰にでも恐れられる傑物になったという満足感があった。

だが報告を聞いた瞬間、それは霧散した。

「なんだと?」

ぎょろりとトラッヒは報告者を睨みつける。

その人を殺しかねないほどの殺気のこもった視線を受け、報告者は縮み上がる。

いや、もう縮み上がってはいたが、限界を超えたかのようにガタガタと震えが増していき、身体は引き攣ったようになって息をすることも忘れ、今にも倒れそうだ。

さすがに見かねたのだろう。ルキセンドルフ総司令官が助け舟を出す。

「閣下、閣下の怒りはわかりますが、落ち着いてください。そう強く言われては、誰も報告できません」

その問いかけに、トラッヒは視線の強さを弱める。

それでやっと息ができたのだろうか。報告者は深く息を何度も吐いて吸いを繰り返した。

「落ち着いたようだな。もう一度報告したまえ」

ルキセンドルフがそう問いかける。

「は、はっ」

報告者がぐっと身体を緊張させて再度報告する。

「はっ。敗退した共和国侵攻軍団の一部が軍から離反し、好き勝手に暴れまわっているらしいのです。また、共和国侵攻軍団の多くは旧王国侵攻軍団に協力せず、混乱を深めているという報告も上がっております。それに対しての対応をどうすればいいかと、旧王国侵攻軍団の総指揮官、パドラミ・トラッファーナ将軍から指示を待つという連絡が入っております」


トラッヒは、ルキセンドルフに言われたことで少し落ち着いたのか、怒りを抑えるようにふーと息を吐き出してルキセンドルフに視線を向けた。

要は、お前が処理して見せろということだ。

その視線を受けつつ、ルキセンドルフはどう言うべきかを考える。

彼らがそうなってしまった理由も分かるし、いま追い詰められているという現状も分かる。

だが、ここで甘いことを言っても始まらない。

軍というのは国の暴力装置であり、暴走してはならないのだから。

だから、淡々とした口調で話していく。

「まず、離反した連中は殲滅で処理すべきかと」

その情け容赦のない言葉に、トラッヒは怒りを忘れて見入った後、ニタリと笑みを浮かべた。

「ほほう。どうしてそう思うかね」

「はっ。確かに彼らにしてみれば、そうなってしまった理由も追い詰められた状況もありましょう。ですが軍規あっての軍隊であり、無法者は連盟軍にはいりません。彼らを許せば、多くの者たちは連盟軍のことを同じような目で見るでしょう。そうなれば占領地の統制にも影響が出ます。閣下、それが許せますか」

そう問われてトラッヒは笑った。

「うむ。その通りだ。私の軍に軍規を守れぬ不届き者はいらんな」

「次に、共和国侵攻軍団ですが、まずは閣下のお言葉で王国侵攻軍団の指揮下に入るよう命じてください」

「しかしだ。理由をつけて拒むことも考えられるぞ」

トラッヒは楽しげにそう言い返す。おそらく、この問答が楽しくて仕方ないのだろう。

「その場合は、命令に従わない共和国侵攻軍団の上層部を一掃すればよろしいだけです」

ルキセンドルフの言葉に、トラッヒはますます楽しそうだ。さっきまでの怒りは、今やもうない。

「ふむ。その通りだな。実に素晴らしい。君を総司令官に推した私の判断は、今さらながら正しかったと実感しておるぞ」

そう言ったあと、トラッヒはニタリといやらしい笑みを浮かべて聞く。

「それでだ。離反した連中を殲滅、と言ったが――方法はどうするのかね?」

「そうですな。まず、離反した連中は我々とは無関係であると敵味方を問わず知らせておく必要があります。そのうえで占領地の民衆に、連中に賞金をかけると告知しましょう。密告、あるいは殺害した者には報奨金を支払う、と。そうすれば民衆が彼らを追い詰めますし、その情報は共和国軍にも届きます。彼らも動かざるを得ません。あとはじわじわと追い込めばよろしい」

「そうか、そうか。それはいいな。裏切りどもにはそういう末路がお似合いだ。味方の軍だけでなく、民衆や敵の軍からも追い立てられていく。実に惨めじゃないか」

トラッヒは本当に楽しそうに高らかに笑った。

だが、周りはそう笑えなかった。

確かにその通りだが、そう笑っていいのだろうかという思いが強かったからだ。

静まり返った会議室の中、トラッヒの笑い声が響く。

そんな中、会議に出席していたラッテンコウ大佐はちらりと時計を見た。

そろそろか……。

口の中にたまった唾をごくりと飲み込む。

落ち着かせるため、静かに息を吐き出して深呼吸を繰り返す。

そして、時間になった。


トントン、と会議室にノックの音が響く。

ドアの方に立っていた士官が、ちらりとルキセンドルフの方を見る。

頷くルキセンドルフ。

士官は少しドアを開けて外の者と会話をした。

会議室に集まっていた者たちは、何事かとドアの方に視線を向けていた。

トラッヒも笑うことを止めてやり取りを見ている。

さっきまで笑っていたせいだろう、不機嫌そうなそぶりはない。

ただ、興味本位の視線を向けていた。

そして士官はドアを閉めると、ラッテンコウ大佐の方に来てメモを見せる。

それをちらりと見て、ラッテンコウ大佐は深刻そうな表情を作った。

それは迫真の演技と言ってよかった。

いや、そうならざるを得ない、というべきだろうか。

「どうしたのかね、大佐」

その問いに、ラッテンコウ大佐は恭しく頭を下げる。

「はっ。どうやらトラブルのようです。それも最優先で進めている『鼠輸送マースハントパウス』用の潜水艦の改造計画で……」

今月受け取る潜水艦二十隻の改造計画は、受領し次第すぐに専用の改修を行うため、急ピッチで進められている。

そのため、トラブルによる遅延は計画全体に大きな影響を及ぼしてしまう恐れすらあった。

だからこそ、慌てて報告してきたのだろうと誰もがそう思った。

トラッヒだけでなく、ルキセンドルフもである。

「ふむ。それは問題だな」

「はっ。そういう訳で一度現場に戻ってもよろしいでしょうか?」

ラッテンコウ大佐は汗をかきつつそう告げる。いかにもトラブル発生に焦っている様子に見えた。

だからだろうか。トラッヒは「ふむ。仕方あるまい。すぐに対応に動きたまえ」とだけ言う。

それを聞き、ラッテンコウ大佐はちらりとトラッヒを見て頭を下げると、立ち上がって退室していく。

焦った様子で。

そして、退室していった後、しばらくしてラッテンコウ大佐の隣にいた会議の出席者が気が付く。

ラッテンコウ大佐が鞄を忘れてしまっていることに。

彼は苦笑し、大佐にしては珍しいなと思った。

それは裏を返せば、それだけ慌てていたということなのだろう。

だから彼は鞄を手にする。

そして士官を呼び、鞄を手渡した。

ラッテンコウ大佐の忘れ物だと。

そして親切に告げる。

彼の元に届けてやってくれとも。

それを受け、士官は頷き、鞄を持ったまま扉へ向かう。

そして扉をわずかに開けて、外に待機していた兵に鞄を渡そうとした。

挿絵(By みてみん)

鞄が兵の手に移る、その瞬間――


ドンッ。


爆発が起こった。そう、鞄に仕込まれた爆弾が爆発したのだ。

吹き飛ぶ人々とテーブルや椅子。爆心地に近い者ほど即死し、ただの肉片へと変わり果てていた。

そして、それは会議室という隔離された空間にも大きな影響を与えた。

その場にいた多くの者が死亡し、誰もが傷を負った。

だが、そんな中、分厚い会議用のテーブルと隣席の将官の身体が盾となって、唯一無傷の男がいた。

部屋の一番奥にいたトラッヒである。


そう、トラッヒ暗殺計画は――失敗したのだ。

いつも読んでいただいてありがとうございます。

今回の話はどうだったでしょうか?

私的な事で更新が遅れがちになる可能性が高いですが、のんびりお待ちください。

後、感想やリアクションいただけるとありがたいです。

また、もしブックマークとか評価がまだな方は、そちらもよろしくお願いいたします。

作者の更新へのモチベーションUPに必要不可付けな要素の一つですw

どうぞ、よろしく。

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― 新着の感想 ―
某美大落ちた髭の人みたく、変なところで運が強いな... 輸送潜水艦ってガワUボートの中身三式潜航輸送艇な感じかな
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