『鼠輸送(マースハントパウス)』作戦
昨夜の二つの会談の余韻も冷めぬうちに、連盟軍総司令本部に到着したガルディオラ提督は、すぐに小さな会議室の一つに案内された。
そして、二十分前だというのに、連盟軍最高司令官であるルキセンドルフはすぐに会議室に現れた。
それもかなり友好的な態度で。
そして、その半歩ほど後ろには、新しく海上艦隊司令となったツェーザル・フォン・バルべ大将がいた。
新しい階級章を誇らしく見せびらかすように。
ガルディオラ提督はこの男が大嫌いであった。
確かに以前の艦隊司令であるマクダ・ヤン・モーラとも犬猿の仲と言われるほどであったが、この男はそれ以上に嫌悪していた。
典型的な卑怯者で、弱みを見つけて相手を貶め、格上や強い者には尻尾を振り、格下や弱い者は徹底的に見下し潰していく。
だが、モーラがいたからこそ、奴は大人しかった。管理されていたというべきだろうか。
だが、モーラが失脚し、押さえつける者はいない。
ついにこの男が海上艦隊司令になったか……。
ガルディオラ提督は心の中でため息を吐き出した。海上艦隊司令部に人材はいないのかと。
だが、すぐに思考を切り替えた。
いや、これはわざとか?と。
そして合点がいく。
要は、ルキセンドルフが自分の使い勝手のいい駒として、バルべをわざわざ大将に昇進させて海上艦隊司令に据えたのではと思いついたのだ。
確かに前司令であるモーラは、ルキセンドルフの良き相棒であったが、細かな所ではかなり衝突もあったと聞く。
それ故に、この機会に一気に自分の手駒になりやすい人物に変えたのではないだろうか。
ふう……。気をつけねばならない。
次に狙われるとすればこっちということだからだ。
気を引き締めなおす。
もちろん、表情は微笑みを浮かべてだ。
「いやいや、すぐに対応していただきありがとうございます」
挨拶のあと、テーブルについて最初に口を開いたのは、ルキセンドルフであった。
もちろん、にこやかな笑顔を顔面に貼り付けてである。
今までこんな笑顔を浮かべて対応されたことがあっただろうか。
親しくもなく、どちらかというと塩対応されたことが多かった。
そのせいか、とてつもなく笑顔が胡散臭く見えてしまう。
だからだろうか。
かというと憮然とした対応をしてしまう。
「いえ、命令ですので」
その態度に、早速バルべ大将が噛みつく。
「総司令閣下が労ってくださるのだぞ。それを……」
言葉を継ぐ前に、ルキセンドルフが手で制した。
そうそう。飼い犬は、ちゃんと繋いでおけ。もっとも、こいつは“狂犬”の類いだが。
ガルディオラは心中で毒づく。
そして、ルキセンドルフはこっちに視線を向けると作戦指示書を手渡した。
その表紙には、すでに連盟軍総司令部とトラッヒ・アンベンダードの認印が押してある。
要は決定事項というわけだ。
ちっ。相変わらず蚊帳の外というわけか。
自分がどれだけ煙に巻かれているということがよくわかるというものだ。
そう思いつつ、作戦指示書に目を通していく。
武装艦艇の輸送作戦。
今の現状なら仕方ないと言ったところだろうか。
だが、かなりの損耗は覚悟せねばならないと言っていいだろう。
あと、無駄も多くなりがちだ。
戦闘に入れば、その輸送物資は戦闘の足を引っ張るお荷物になりかねない。
だから、投棄せざるを得なくなることが多くなるからだ。
まぁ、輸送船団で運んでも沈められるとなれば、まだマシとは言えるかもしれんが効率が悪いのは仕方ないという判断なのだろう。
それに海上艦隊は、管轄ではないから知ったことではない。
ただ、もう一つの潜水艦を使った作戦では、潜水艦隊司令として文句を言わねばならない。
あまりにも現場を考えない作戦であり、こっちの通常任務に支障をきたす恐れすらあったからである。
現在、潜水艦隊は外洋での敵輸送船団との戦いに明け暮れており、余裕がないというのが現状だからだ。
特にIMSAとの戦いは、下手すれば潜水艦の方が狩られる立場になりかねない圧倒的不利な戦いである。
その為、じわじわと戦力を喪失し、それを何とか新しく新造された潜水艦で賄っているという有様であった。
「前者の武装艦艇によって輸送作戦に関しては、私にはどうこうする権限もありませんので何も言いません。ですが、潜水艦を使った作戦に関しては、言わせていただきます」
そう前置きした後、言葉を続ける。
「あまりにも現場がわかっておられない。今、この作戦に回す予定の艦艇はありません。我々は外洋での敵輸送船団やIMSAとの戦闘で手一杯という有様です。それなのに、どうやってこの作戦に戦力を回すというのですか?それとも、外洋での通商破壊工作を免除していただけるのですかな」
そのきつい物言いに、ルキセンドルフの眉がぴくりと反応する。
しかし、それでも微笑みは失われなかった。なんとか保っている。
もっとも、控えているバルべ大将の顔は怒りに満ち、肩を震わせていたが。
「確かに、貴官の言う通りだ。通商破壊工作は、潜水艦隊の重要な作戦だ。それを無視することは出来んし、それがなければ、一気に共和国が息を吹き返しかねない。しかしだ……」
そう言いかけたルキセンドルフの言葉を遮るようにガルディオラ提督は言う。
「それだけではございません。確かにやり方によっては潜水艦でも輸送はできるでしょう。ですが、その量は微々たるものです。それに曳航という手は、潜水艦の能力を大いに制限しかねないとしか思えません。あまりにも効率が悪く、悪手では?」
その問いに、ルキセンドルフはにこやかに対応する。
「その通りだ。しかしだね。微々たるものでも今の補給を欲している味方にとっては十分すぎる恩恵があると思わんかね?」
要は、量的には少なくとも、兵士の士気を維持し向上することはできるということか。
確かにそれは一理ある。
補給が滞り、敵地に残る兵士にしてみれば、孤立と見捨てられたという心境はとんでもなく重いものだろう。
だからこそ、少量ではあるが補給を行うことで孤立していない、見捨てられていないということを知らせるという意図が大きいのかもしれん。
ふむ。ガルディオラ提督は少し考えこむ。
確かに無理して協力するつもりはなかった。
ましてや、上司ではあるがいいようにこき使ってやろうという意思が垣間見れるルキセンドルフや狂犬であるバルべ大将のいうことなどどうでもいいとさえ思っていた。
だが、それはここでの話だ。戦場の兵士たちには罪はない。
彼らの為と言われれば、強い拒絶はできない。
しばしの沈黙の後、ガルディオラ提督は息を吐き出した。
「わかりました。ですが、そちらに協力できる艦艇はこっちで制限をかけさせていただきます」
「勿論だとも。通商破壊工作の方が疎かになってしまっては、本末転倒だからな」
ルキセンドルフは満足そうな顔でそう言葉を返す。
「で、どれほど回してくれる?」
その問いに、ガルディオラ提督はすぐに答える。
「五隻ですな。なお、この五隻ならすぐに作戦参加が可能です」
その言葉に、ルキセンドルフは眉をひそめた。恐らく、もっと欲しいのだろう。
それはそうだ。たった五隻だけでは、輸送船一隻にも満たない量しか運べない。
だが、それ以上戦力を回すつもりはないし、回す五隻も潜水艦隊の動きを探る為に乗組員や艦長が司令本部や海上艦隊司令部の息がかかった者達とわかっている連中ばかりだ。
失って惜しくない、いや清々する面子ばかりであった。まさに在庫処分といったところか。
しばしの沈黙が辺りを包み込んだ。
もっとも、バルべ大将の歯ぎしり音が響いていたが、どうやら新しい飼い主の手前、抑え込んでいるようだった。
いいぞ。そのままお座りだ、狂犬。
ガルディオラ提督は心の中でそう思考しせせら笑った。
そしてしばらくの沈黙の後、ルキセンドルフは仕方ないという表情になった。
「では、それでお願いしましょう。ですが……」
そう言ってきて、ガルディオラ提督は心の中で身構えた。恐らく何かしら条件は付けて来るだろうと予想はしていたのだ。
「一つ条件があります。今、ダルヌシス社を始めとする各社で建造されている今月そちらに回す潜水艦二十隻をこっちに譲っていただきたい」
その言葉に、ガルディオラ提督はそう来たかと心の中で返事を返す。
予想していた中でももっともきつい条件だからだ。
だが、向こうの提案を蹴ることは、現状から見てより困難な結果を生み出しかねない。
どうこう言いつつも、向こうは上司であり、本当なら有無を言わさず服従させることもできるからだ。
もっとも、その際は思いっきり抵抗はするが……。
ともかく、今月引き渡される補充の二十隻を手に入れられないのは痛いが、今月の分は外洋向けのものではなく小型、中型の部類であり、入れ物だけということなら妥協は出来なくもない。
「ふむ。乗組員はそちらで用意されると?」
「ああ。育成マニュアルはありますからな。それに、こちら所属とすれば、艦艇を改修して搭載量を増やすことも可能ですからな」
その言葉を聞き、ガルディオラ提督は少し考えこんだ後、口を開いた。
「では、来月竣工する分は、こっちでよろしいのですな?」
「勿論ですとも。無理を言っているのはこっちなのですから」
それを確認した後、ガルディオラ提督は頷く。
「わかりました。そういうことなら、こちらも協力いたしましょう。ですが、その前にきちんと確約という文章をいただきたい」
その抜け目ない言葉に、ルキセンドルフは苦笑する。
「ええ。わかりました」
そう言って右手を差し出しつつ言う。
「今日中に首都の潜水艦隊司令部に送ります」
「わかりました」
そう答えて握手をするガルディオラ提督。
こうして、会談は終わり、ガルディオラ提督は用事は済んだとばかりにさっさと首都にある潜水艦隊司令部に戻るために建物から出て車に向かう。
そんなガルディオラ提督と副官を窓から見ているルキセンドルフ。
なんとか手は打てた。
その心境はかなりほっとしたものであった。
今、ガルディオラともめるのは得策ではない。そう考えていたためだ。
もし潜水艦隊を仕切る彼がいなくなってしまえば、間違いなく潜水艦隊は今のように機能しなくなるだろう。
そうなれば、何とか抑えている現状が大きく崩れ、植民地各地から送られる潤沢な補給物資でますます共和国軍は勢いを増し、手を付けられなくなることは明白だ。
領海権を失いそれでも未だに何とかなっているのは、派手な活躍を見せてはいないものの、潜水艦隊の活躍があってこそだとルキセンドルフはわかっていた。
だからこそ、穏便に済まそうとしたのである。
だが、それがわかっていない者もいた。
バルべ大将である。
「あの男、前々から気に入らなかったのですよ。あのままでいいのですか?」
鼻息を荒々しくそんなことさえ言ってくる始末だ。
都合がいいから後任にしたが賞味期限が切れたら挿げ替える必要があるな。
ルキセンドルフはそう考えつつ答える。
「かまわん。ダルヌシス社を始めとする各社には、こっち優先で潜水艦を建造するように圧をかける」
要は、ドックの数は決まっている以上、いくら急いだとしても建造できる潜水艦の数はそうそう増えることはない。
だから、潜水艦隊司令部用のものを減らしてこっちに回すように各社に圧をかけていくということだ。
流石に全部が全部というわけにはいかんが、半数はもらうぞ。
「さすがですな。これであの男も少しは自分の立場をわかればいいのですが」
満足げにそう言うバルべ大将。
本当に底が浅いなこの男は。
どうせなら、ガルディオラ提督のような人物が手元にいれば……。
そんなことさえ思ってしまう。
だが、今はこれで良しとすべきだ。
まだ好かれているとはいえんが、間違いなく敵対はしていないのだから。
ルキセンドルフはそう自分を慰めたのであった。
こうして、『鼠輸送』は決定からわずか五日後には作戦を開始する。
その第一弾は、海上艦隊から作戦参加したのは、武装商船五隻、装甲巡洋艦五隻、戦艦二隻で、それぞれ一、二隻ずつの少数で動き、潜水艦部隊からは予定通り五隻が参加して、夜間を利用して共和国の主力艦隊である連合艦隊の監視の目を掻い潜り補給を開始した。
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