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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十九章 大反攻戦

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輸送作戦

会議室に響く怒声と破壊音。

テーブルに置かれていたカップが床に叩き落とされ、金切り声のような罵声が響く。

それとは反対に、机の端に残った茶が細く震え、誰も咳払いすらできない。

「なんだと!? また負けただと!?」

怒気の塊のような声を上げるのは、連盟の支配者であるトラッヒ・アンベンダードだ。

その顔には血管が浮かび、ぴくぴくと動いている。

もともと沸点が低くヒステリックな彼ではあったが、度重なる連盟軍の敗北に、日々、罵声と怒声が途切れることはなかった。

「い、いえ。負けたのではなく、戦力温存のために後退し……」

そう言い訳じみた言葉を発する報告者に、トラッヒは容赦なく吐き捨てる。

「それを敗退というのだ! 言葉でごまかすなど言語道断だ! この馬鹿どもが!」

そう怒鳴り散らかすものの、そう言いたくなる心境もわからなくはない。

威圧的な態度と沸点の低い感情、そして、いったん怒りに飲み込まれると数時間は続くであろう怒号と罵倒の連鎖。

そんなものを誰も味わいたくない。

だから「少しでも」と思う心が働き、結局はそれがかえって火に油を注ぐ結果となっていた。

そんな中でも、なんとか落ち着かせようと、連盟軍の最高司令官ルキセンドルフが口を挟む。

「閣下、補給が滞り、敵の新兵器に対応する術がなく、いったん引いただけであります」

「引いただと!? 占領地の三分の一を失ったというのにか?」

ギロリ。

人を呪い殺しそうな怒りの視線がルキセンドルフに向けられる。

それを受け、ルキセンドルフの背筋にどっと冷たい汗が流れ落ちる。

動悸が早くなり、口の中が乾く。

恐怖で思考が鈍り、『逃げろ』と警鐘が鳴る。

だが、それでも言わなければならない。

そうしなければならないという思いがあった。

なぜなら、ここ最近の敗戦続きで司令部の人事は半数近くが入れ替わっている。

別に好きで入れ替わったのではない。

不本意ながらそうなってしまったのだ。

そして、この場を去った者たちは、大きく二つに分けられる。

トラッヒの怒気に耐えられず辞任した者、あるいは怒りを買って更迭された者と。

もちろん、ルキセンドルフ自身も何度も辞任を考えた。

しかし、今の彼の最高司令官という立場ではそれは無理であったし、辞任したとしても無事でいられる保証はなかった。

それに、トラッヒのおかげで彼は軍最高司令官まで上り詰めたのである。

その恩もあるし、立場の旨味だってある。

それに何より、彼がこの立場に固執したのは、一国の軍事を自分が動かしているという感動と満足感。

そして、作戦成功時の達成感が甘美だったためだ。

この喜びと達成感が味わえるなら、これくらいやってやる。

そう、自分を思いとどまらせているのだ。

だからこそ、トラッヒの怒気にも震えながらも対峙できていた。

「確かにその通りであります。しかし、まだ戦力は七割近く残っているのですぞ。思い出してください。共和国には王国侵攻軍団もいるのです。そして、彼らはほぼ無傷なのです。補給さえうまくやれば、まだ十分に押し返せます。それに、閣下だってご存じでしょう。ランドチェイラ地区では、敵戦車の猛攻を凌ぎ、戦っているということを」

ルキセンドルフはゆっくりと、そして諭すように言う。

その言葉に、トラッヒは眉をつり上げ、顔を怒りにゆがめたものの、言われることは一理あると思ったのだろう。

どすっと椅子に腰を下ろし、続きを促すように首を動かした。

それを受けて、ルキセンドルフは言葉を続ける。

「補給さえあれば、戦える戦力は十二分にあるのです。それに、敵の侵攻が早ければ早いほど、連中も補給線が伸びて脆弱になり、進軍速度は落ちていきます。実際、以前に比べてかなり進軍速度は落ちてきており、間もなく補給限界点に達するのではないかという予想が出ております」

その言葉に、トラッヒの顔から怒気が薄れていく。

「ふむ。つまりだ。我々がそうであったように、連中もそうなりつつあるということか」

「はい。いまだに多くの港は封鎖状態。鉄道の整備は急速な進行に間に合っていない。主要陸路は戦いの余波で荒れている。そんな有様です。今は、被害を少なくして後退し、敵を懐深く誘い込み、自軍の補給と整備を行って反撃の準備を進める必要があると思っております」

その言葉に、トラッヒは考え込む。

さっきまでの怒気はもうない。

二人のやり取りを見ていた他の幕僚たちは、ほっとしたような表情を浮かべていた。

それと同時に、多くの者がルキセンドルフに尊敬の眼差しさえ向けている。

あのトラッヒをよくぞ落ち着かせたと。

間違いなく、ルキセンドルフの人望はどんどん高まりつつあった。

もっとも、本人はそんな自覚はなかったが……。

しばらく考え込んだのち、トラッヒはぎろりとルキセンドルフを見る。

「なるほど。確かにその通りだ。しかしだ……」

そこでいったん言葉を切ってねめつけるようにルキセンドルフを見て、トラッヒは言葉を続けた。

「それは、補給が潤沢に行き届いての話であろう? 今の状況で、それができるとでも思っているのか?」

その言葉には、「言葉巧みに俺を謀るなよ」という脅しが強く込められていた。

だが、それでもルキセンドルフは引かなかった。いや、引けなかった。

ここで引いてなるものか。ここで引けば、更迭されるだろうという恐怖が強かった。

だからこそ、まだ構想段階であった作戦を口にする。

「おっしゃる通りです。今の我々の海軍戦力では、失った制海権は早々取り戻せません。それに、修理中の戦力の復帰もまだまだ先です。よって、輸送船団を率いての補給は難しいでしょう。そこで私は二つの案を考えております」

ぴくりとトラッヒの眉が動く。

それは興味があるという感情の表れでもある。

よし。いいぞ。

ルキセンドルフは心の中でふーっと息を吐き出す。

そして、言葉を続けた。

「一つは、武装商船や特務巡洋艦による海上輸送です。改造しているとはいえ、もともとは商船ですから、以前に比べれば積載量は大きく落ちますが、それでも補給物資の輸送には使えるでしょう。それに、護衛の戦艦や装甲巡洋艦にも物資を載せるのです。そうすれば、より確実に物資を送り届けられるかと」

挿絵(By みてみん)

その発言に、トラッヒは面白そうな表情を見せ、幕僚たちも感心したそぶりを見せている。

「なるほど。輸送船を使わず、戦闘艦艇や護衛が直接補給物資を運ぶということか。確かにそれならば、うまくいく可能性は高いか。それで、もう一つはなんだ?」

「はっ。以前、潜水艦で機雷を運び、敵の港内でばらまき、敵の港の機能を凍結したことがありましたよね」

そこまで言われて、トラッヒは笑った。さっきまでの怒りが嘘であったかのように楽しげに。

「そうか。潜水艦による輸送か」

「はっ。量は微々たるものしか送れませんが、潜水艦の甲板だけでなく、曳航という手を使えば、それなりの量が運べるのではないかと思っております」

そう言い終わらないうちに、トラッヒは楽しげに笑う。

「なるほどな。さすがだ。いい目の付け所だ。すぐに実行に移せ」

「はっ。ありがとうございます。もちろん、艦隊戦力の編成が整いましたら……」

「わかっておる。艦隊戦力で制海権を取り戻したら、次は大量の輸送船団でだな」

トラッヒは口角を釣りあげてそう言う。

「はっ、その通りであります」

「よし。すぐに作戦立案書を提出したまえ。すぐに承認しよう。それと、潜水艦部隊の指揮官であるガルディオラ提督を呼びたまえ。この件で詳しく話をするとよい」

「はっ。ありがとうございます。すぐに手配を行い、成果をご覧に入れます」

その言葉に、トラッヒは満足そうにうなずいた。

こうして、急遽、連盟軍による輸送作戦が開始されることとなり、この作戦は、皮肉なことに旧日本軍が用いた作戦名と同じ『鼠輸送マースハントパウス』と命名された。

いつも読んでいただいてありがとうございます。

今回の話はどうだったでしょうか?

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作者の更新へのモチベーションUPに必要不可付けな要素の一つですw

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