会見 その4
「いつから貴公が交渉の権限を受けたのかな?」
開けられたドアの先にいたのは、ミッキー・ハイハーン少佐とクルッシュ・イターソン大尉の二人だった。
イターソン大尉が、驚くスルクリン男爵とその取りまきを睨みつけながら聞く。
しかし、その言葉はスルクリン男爵の耳には入らなかったようだ。
「な、なぜ貴様らがここにいる…」
スルクリン男爵がわなわな震える手を上げて二人を指差しながら叫ぶ。
「いや時間だから来たのだがね。少し遅刻したけどな。ほれ…」
そう言ってミッキーが部屋の時計を指さす。
確かに時間は十時少し過ぎになっていた。
「いやしかし、貴様らは…」
「眠っているとでも言いたいのかな?朝食にたっぷりと睡眠薬を入れるつもりのようだが、どうも盛られた感じはしなかったな。いつもどおりの少し焦げ目のあるベーコンとスクランブルエッグにトーストの朝食だったぞ。貴公も食べただろう?」
ニヤニヤと笑いつつそういうミッキーにスルクリン男爵は叫ぶ。
「そんな馬鹿なっ」
「馬鹿も何もここに我々がいる現実を受け止めたまえ。それとももう現実と妄想の区別がつかなくなってしまったのかな?」
ミッキーがそう言うと、今度はイターソン大尉が先ほどよりも大きな怒りを含んだきつめの声で聞く。
「もう一度聞くぞ。貴公はいつからフソウ連合と交渉する権利を誰から受けたのかね?」
「そ、それはっ…」
そう言いかけてスルクリン男爵は慌てて最も信頼している自分の取り巻きの一人を探す。
しかし、一緒にここに来たはずのその男はいつの間にかいなくなっていた。
おかしい。部屋に入る前までは一緒にいたはずだったのに…。
もしかして、部屋に入らなかったのか?
どうして…。
いや、決まっている…。
つまりは…。
「もしかして、彼を探しているのかい?」
ミッキーがにやりと笑いつつ、ちょいちょいと人を呼ぶゼスチャーをすると奥の方から一人の男が現れる。
貴族の間では、スルクリン男爵の腰ぎんちゃくと裏で陰口を言われている男だ。
その男が、ヘラヘラしながらも少し詫びるような表情で口を開く。
「へっへっへ。すみませんね。わたしゃ最初から男爵、貴方の監視として宰相閣下から指示を受けていたものです。あの方は、身内に特に厳しい方でね。男爵みたいに少しでも問題があると、私らみたいな連中を付けるんでさぁ」
「う、嘘だっ…。そんなっ…」
「嘘じゃねぇですよ。心配しなくてもしっかり男爵の不正や共和国に内通している証拠もすでに押さえていますから、ご安心ください」
そう言って丁寧に頭を下げる。
その発言でどう安心すればいいんだろうか。
ミッキーは心の中でそう突っ込むと、男の言葉を聞き、虚ろな目をして力なく崩れ落ちて座り込む男を見る。
そこにはもう貴族としての誇りも名誉も何もなかった。
すべてを失った惨めな男の亡骸がそこにある。
ただそれだけだ。
しかし、貴族院はかなりいろいろな国の勢力が入り込んでいるとは噂で聞いてはいたが、こいつもだったとは思いもしなかった。
確かに、完全な一枚岩にするつもりはまったくないし、いろんな意見があるのは歓迎すべき事だと思う。
だが、それも限度がある。
祖国に弓を引く行為、国に仇なす売国行為をする連中は排除すべきだ。
批判もされよう。
差別とも言われよう。
だが、それでも敵国の勢力が入り込まれて祖国がぐちゃぐちゃにされて迷走するよりはマシだ。
ミッキーは強くそう実感していた。
「連行していけ。後で事情聴取を行う」
イターソン大尉の命令に、彼直属の部下が男爵とその取り巻きたちを取り押さえて連れ出していく。
それを横目で見つつ、ミッキーは鍋島長官の前に進みでた。
「どうもお恥ずかしいところを見せして申し訳ありませんでした。また、ご協力ありがとうございました。おかげで祖国の中枢に入り込んでいる膿を少しは出せたと思います」
そう言って頭を下げる。
それに恐縮してか、鍋島長官も頭を下げて言う。
「それはよかったですよ。部下からの報告でも、少しきな臭い動きがあるとは聞いていましたから気にしないでください。しかし、ですね…」
そこで言葉を止めて苦笑いをする。
「笑いを抑えるのにはかなり苦労しましたよ…」
そう言いつつさっきを思い出したのだろう。
苦笑がいつの間にかくすくす笑いに変わってしまっている。
「やっぱりですか…」
苦笑してミッキーがそう言うと、鍋島長官は少しすまなさそうな表情になった。
「貴方がたの怒りはわかるんです。祖国を裏切る行為であり、相手を貶めるのに罪悪感もない自分の事しか考えない行動。私が関係者なら、怒りで爆発してしまった事でしょう。ですけど、申し訳ないが第三者からしたらどうなるか知っている身としては、あんな得意そうな顔をされると…もうね…」
そこまで言ってまた思い出したのだろう。
鍋島長官は笑い出す。
「いや、それはわかりますよ。私だって、最初は怒り心頭だったんですけどね。あの場面の得意そうな声を聞いた後の入ってきたときのあの表情で、怒りなんて吹っ飛んでしまいましたから。もう後は、笑うしかないですよ、実際に…」
「そうですね。笑い飛ばしましょう。喜劇を楽しんだと言うことにしておけば、これからの交渉には関係ありませんからね」
鍋島長官は、そう言って手を差し出す。
要は、今回の交渉には関係ないですよという宣言だ。
それをありがたく思いつつ、その手をミッキーは握り返す。
すると、鍋島長官はまたクスクスと笑い出した。
「えっと、何か失礼だったでしょうか?」
「い、いえ、こちらこそ失礼しました」
鍋島長官はそう謝罪するも笑いが止まらない。
「えっと…」
どうすればいいのかわからずにミッキーがきょとんとしていると、何とか笑いの収まった鍋島長官がやっと口を開く。
「いやね、アッシュが…いや失礼。殿下と最初に出会った事を思い出してね」
「出会ったときですか?」
ミッキーが聞き返すと、にこにことうれしそうに鍋島長官が口を開いた。
「ええ、殿下と最初に出会っていきなりハグされてしまってね。あれ以降、王国ではあれが普通なのかと思ってたけど、少佐が普通に握手に対応してくれたから、その差にね」
「ああ、それなら納得しました」
そう答えてミッキーは苦笑して言葉を続けた。
「彼は気に入った相手には抱きつく癖みたいなものがありますから」
その言葉に鍋島長官は笑いつつ提案する。
「さすがに今から交渉といった雰囲気じゃありませんから、どうでしょう、少し早いですがランチでも…」
「話題は、殿下の事ですね」
「もちろん、その通りです。ぜひ聞かせていただきたい」
「わかりました。では、交渉は午後からと言うことで…」
「ええ。そうしましょうか」
鍋島長官は笑いつつ、女性の秘書官に変更を伝える。
「了解しました。ですが…場所はどうしましょうか?」
「そうだねぇ…」
考え込む鍋島長官に、ミッキーが提案する。
「肩書きなどは関係なく共通の友の友人としてランチをするのです」
そして、ニコリと笑って言った。
「アッシュの話ができて、美味いものが食べられればどこでも問題ありませんよ」
アッシュという言葉に、鍋島長官は笑顔を浮かべた。
「そういうことだそうだ。だから手配は任せるよ」
「はい。了解しました。準備が出来次第お知らせしますのでお待ちくださいませ」
そう返答すると女性秘書官は部屋を退出した。
そして、それを二人して見送った後、互いの顔を見る。
「さてと…少し時間があるようですね」
「ええ。待つ間、ここで少し話でもしましょうか。もちろん…」
二人そろって言う。
「「アッシュの事を…」」
どうやら楽しいランチになりそうだと二人は期待するのだった。




