二人の約束
フソウ連合海軍第一海兵隊にあてがわれた宿舎の隊長室では、言い争いの真っ只中であった。
ついに発動された『楔』作戦の命令が届いたためであった。
その戦いの先陣を切るのは、新しく創設された海兵隊のうち、特に優秀な共和国海兵隊第一大隊である。
だが、いくら優秀とはいっても実戦は初めてである。
そのため、初めての本格的な上陸作戦に臨むにあたり、フソウ連合第一海兵隊の最前線での指揮が必要不可欠であった。
その結果、フソウ連合第一海兵隊は、共和国海兵隊第一大隊とともに最前線で戦う必要があった。
そのために起こった争いである。
「納得できませんっ」
強くそう言い切るのは、第一海兵隊の専属通訳として共和国側から配属されたフランチェスカ・ランファーナである。
もともと負けん気の強い、きつめの顔立ちが、いっそうきつく見える。
その剣幕に、文句を言われている杵島少佐はタジタジであった。
脳筋だの、鬼の杵島と言われようが、もとは思いやりのある男である。
そのうえ、ごつい体格も手伝って、ここまで言われることはまずなかった。
それも相手は若い女性である。いつものようにはいかない。
ただ、困ったような表情で眉をひそめている。どうしたもんか。
実際、これが妹や男ならどうとでもできる自信はあったが、勝手が違うためにいい案が浮かばない。
「しかしだな。今回の作戦は、とても危険なものになると予想されるんだ。そんなところに君を連れて行けない」
要は、最前線の上陸作戦だ。
そんなところに通訳の彼女は連れて行けないと言ったのだが、思いっきり反対されてしまったのである。
「前回は連れて行ってくれたじゃありませんか」
ここでいう前回とは、バントコラ軍港攻略戦のことであり、このときはほとんど敵はこの港から引き払っており、共和国海兵隊第一大隊だけでも十分対応可能であったため、後方で指揮を執るということで対応できた。
そのことを言っているのである。
「そ、そりゃ、前回は後方で指揮するだけだったからな。比較的安全だし、敵の戦力も大したものではなかったしな。
でも、今回は違う。情報では、かなりの敵戦力が展開しているらしい。奇襲するとはいえ、抵抗は激しいだろう。おそらく、損害もバカにならない。そんな中に突っ込むんだぞ。いくら上陸舟艇や海上・航空支援があるとはいえ、危険すぎる」
そう言ってますます困った顔をする杵島少佐。
「つまり、今回は最前線に出るってことですよね?」
はっきりと言い切られ、言葉を失う杵島少佐。
そして、それに畳みかけるようにフランチェスカは言葉を続ける。
「それにあなたの片言の共和国語がどれだけ通じるか考えてみてください。混乱して激しい戦闘の中、戦場こそ正確な指示を必要とします。
その指示一つで戦局は大きく変化する可能性がとてつもなく高いときに、聞き取りづらい言葉でどうにかなると思っていますか?」
正論だけに言葉に詰まる。確かにそのとおりである。
ほんの小さな指示一つでさえも、戦場では命取りになりかねないからだ。
普段ならほとんど見ることもないぐうの音も出ない杵島少佐の様子に、横から見て苦笑していた副隊長の東芝が口を挟む。
「杵島さん、負けてますよ」
「う、うっせい。ここからだよ、ここから」
そうは言ったものの、語尾は実に頼りない。
「ここからですね。では、反論をどうぞ。」
挑戦的に手を組み、胸を反らしてぐいっと睨みつけるフランチェスカ。
大きな胸が強く強調されるが、それを楽しむ余裕はない。
なんとかたどたどしく反論を試みようとする。
「いや、さっきも言ったように……」
「納得できる反論をお願いします」
言いかけたものの、そう言われて杵島少佐は言葉に詰まる。
これが軍人なら、命令で済ますことも可能だ。
だが、軍属とはいえ、彼女は民間人であり、互いに名前を呼び合う仲でもある。
命令ということだけで拒絶したくなかったし、できればお互いに納得できるようにしたかった。
だからこそ、こういう言い合いに発展してしまったのである。
要は、お互いに親しいからこそ、杵島少佐はやり方を誤ってしまったのだ。
そんな二人を見つつ、東芝は苦笑を浮かべるしかない。
隊長が彼女を連れて行きたくない気持ちもわかるし、彼女が隊長についていきたいという気持ちもわかるからである。
そのうえ、彼女は今までの女性と違い、根性もあるし、負けず嫌いだ。
あー、やっぱりこうなったか……。
なんとなくこうなる予想はしていた。
だから、ものの見事にこうなってしまった現状に、苦笑するしかなかったのである。
そんなことを東芝が考えている間も口論が続く。
まあ、口論というより、フランチェスカが一方的に攻め、杵島少佐は防戦一方である。
あー、終わらんなぁ、これは……。
心の中でため息を吐き出すと、東芝は提案する。
「では、こうしましょう。私はいったんここを出ますので、二人きりで心を開いて話し合ってください。私がいたら言いたいことも言えない場合もありますから」
そう言うと東芝は退室しようとドアに向かう。
「お、おいっ……」
見捨てられた子供のような表情で、杵島少佐は呼び止めようとする。
しかし、そんな杵島少佐をちらりと見て、「では、ご武運を」と言って頭を下げると東芝はスタスタと退出していく。
内心、まさに「鬼の目にも涙」ってやつだな、と思いつつ。
こうして、隊長室は二人きりになった。
そんな中、フランチェスカはぐいっと顔を近づけて言う。
「では、彼がいて言えなかったことを言ってもらいましょうかっ」
完全に喧嘩腰である。
それは裏を返せば、それだけ気を許しているともいえた。
だからこそ、ここまでズケズケと言えるのだ。
顔をくしゃくしゃにし、ふーっとため息を吐いて天井を見上げる。
そして意を決したのだろう。
今までにない真剣な表情で、杵島少佐は口を開いた。
「確かに君は、並みの共和国海兵隊の兵よりもたくましく、頼もしい。そして、たぶん、俺についてこれるだろう」
「なら……」
そう言いかけるフランチェスカの言葉をジェスチャーで黙らせる。
そして言葉を続ける杵島少佐。
「だが、戦場では何があるかわからない」
「それはわかっています。でも、私はあなたの役に立ちたい。あなたの側にいたいんです」
その真剣な表情と物言い。
それは彼女の本心であった。
困ったような、嬉しそうな顔をする杵島少佐。
「だからだよ」
「え?!」
「最前線では、絶対必ず君を守れるとは言えない。この俺でも自分を守るのに精いっぱいの時もある。部下が苦しんでいる横で、何もできない苦しみを何度も味わってきた。水を欲している部下に水を与える事も出来ず、それどころか死にかけの部下を見守ることさえできない時もあった」
淡々と話すその思いが籠った言葉に、フランチェスカはごくりと唾を飲み込む。
その言葉に経験したものしか発する事の出来ないとてつもない重みを感じたからだ。
そして、じっとフランチェスカを見つつ、杵島少佐は口を開く。
「そして、そんな思いを君で味わいたくない。それに、君を失いたくないんだ」
予想外の言葉。
その言葉に、唖然とするしかないフランチェスカ。
「それって……」
思わずといった感じで口から言葉が漏れる。
その言葉に、杵島少佐はぐっと身体中の筋肉を緊張させて、そして意を決したのかぐっとフランチェスカを抱き締める。
「君のことが好きだ。だからこそ、君を失いたくない」
優しく、それでいて強く抱きしめつつ耳元で囁くように杵島少佐は言う。
「えっと……それ……本当?」
今までの剣幕が嘘のように、唖然とした顔でただ抱きしめられているフランチェスカ。
「ああ。今回の命令で、はっきり自覚してしまったんだ」
真っ赤になりながら杵島少佐はそう言葉を続ける。
その言葉に、フランチェスカはクスリと笑った。
「そっか。ふふふっ」
そして、フランチェスカは笑って杵島少佐を抱き締め返す。
「嬉しいです。私も、あなたが好きです」
そして、二人は笑い合う。
それは、お互いにずれていた認識が、やっとかっちりとかみ合った瞬間であった。
二人はしばらく抱き合い、やがて自然にスーッと離れた。
互いに顔を見合わせる。
思いは通じた。だが、問題は解決していない。沈黙が辺りを支配する。
ふーっ。
息を吐き出した後、フランチェスカは諦めたような表情を浮かべる。
「わかりました。あなたの負担になりたくないので、後方であなたの帰りを待っています」
その言葉に、杵島少佐はほっとした。安堵の表情。
しかし、フランチェスカはニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべる。
「でも、条件があります」
その言葉に、「えっ?!」という表情を浮かべる杵島少佐。
「作戦開始までに、簡単な命令をきっちり共和国語でしゃべれるようになること」
その言葉に、杵島少佐は露骨に嫌そうな顔になった。
もともと脳筋であり、そういったことは苦手なのだ。
「そ、それは……」
文句を言いそうになる杵島少佐。
だが、その口をキスで塞ぎ、口を離した後、囁くように言った。
「無事に帰ってきてくださいね。私の愛しい人」
その言葉に、杵島少佐は奮起するしかないと思ったのであった。
要は、男は実に単純であるということだ。
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