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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十九章 大反攻戦

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現実の祝福と呪い

挿絵(By みてみん)

戦車を先頭に進む。

今やそれが当たり前になりつつある。

そして、敵は戦車を見ただけで恐れ後退する有様だ。

実際、戦車は実に頼りになる。

なんせ、戦車は塹壕より硬いし、野砲より軽快に砲撃できる。

つまり、盾と矛を併せ持つ存在なのだ。

おかげでこっちは楽できる。

本当に、戦車さまさまだな。

そんなことを考えつつ、ドミニク・ルグロ軍曹は行軍している。

もちろん、周りを警戒しつつだが、それでもこんなことを考えている余裕さえある。

なんせ、最初の二日間こそ戦闘はあったが、それ以降はほとんど戦闘らしい戦闘がなかったのだ。

敵は撤退して姿を消していたか、わずかな抵抗があるのみである。

そうなるのもわからないでもない。

なんせ、普通の戦いでは、そうそう戦車を止められないのだ。

もちろん、地雷や攻撃でキャタピラを破壊されて止まったり、トラップによって足止めを食らう。

また、戦車は大食いで、燃料の消費も他の車両とは比べ物にならないが、今のところ補給はうまくいっているし問題はない。

下手したらこの新兵器のおかげで、一ヶ月もしないうちに連盟のアホ共を祖国から追い出せそうな気がしてくるほどである。

そして苦笑が漏れた。

いかん、いかん。

自分がこんな有様だから、部下たちはもっと浮かれていそうだ。

そんなことを考えて、部下たちを観察していく。

誰もが警戒はしていても、どこかのんびりした雰囲気がある。

釘の一つでも刺しておくか。

そんなことを考えつつ、鼻歌を歌いそうなほどご機嫌な兵に声をかける。

「おいおい。いまは警戒中だぞ」

その言葉に、ご機嫌だった兵は慌てて表情を引き締め直す。

だが、それでもニヤけが残っている。

すると近くにいた別の兵士がニヤリと笑って言う。

「軍曹、こいつ、さっきの街でうまくやりやがったんですよ」

「お、おいっ……」

慌てて機嫌良さそうな兵はそう言ったものの、まんざらでもない感じだ。

「なんだ?! 何かあったのか?」

さっきの街とは、半日前に解放し、補給と休息を兼ねて半日ほど滞在した街のことだろう。

確かに敵との戦闘もなく、慌てて撤退したのか多くの補給物資や兵器を残したままで、後方からついて来ていた物資や弾薬の管理をしている補給部隊の同僚は、えらく喜んでいたな。

それに街の住民の歓迎がすごかった。

まさに解放されたという感じでお祭り状態だった。

もちろん、我々が主役で、熱烈歓迎された。

おかげでいい休息になったし、軍にいてあれほど歓迎されたのは初めてだ。

しかし、それでうまくやったとはどういうことだろうか?

「いやね、こいつ、街の娘と楽しんできやがったんですよ」

そう言われて苦笑する。

わからないでもないなと。

毛嫌いする国の者たちが占領したのだ。

誰もがその反動で何をされるかわからないと警戒している中だし、特に若い娘は気を付ける必要がある。

なんせ、兵士たちの性欲の標的になりやすいからな。

もちろん軍規というものがあり、そうならないようにしている。

だが、軍規は絶対ではないし、立場は連中のほうが上だ。

それを考えれば、目立たないように息を潜めて生活していたはずだ。

多分、その娘も常に警戒し、身を隠すような生活から解放されて高ぶっていたんだろう。

偶然、そのおいしい恩恵を手にしたといったところか。

実に羨ましい限りだが、一言言わねばならない。

「おいおい、無理やりじゃないだろうな」

そう言われて、慌ててニヤけていた兵士が言う。

「も、勿論ですっ。ほら、休息していた我々に飲み物と食べ物を配っていた娘たちがいたじゃないですか。そのうちの一人の子に誘われたんですよ」

確かに、街に到着してトラップや敵兵がいないかの確認の後にそんなこともあったな。

もっとも、俺は街の責任者に呼ばれてすぐにその場を去ったからな。

そうか。そんな美味しいことがあったのか。

ということは、その恩恵を受けている兵たちはこいつ以外にもいるということか。

実に羨ましい限りだ。

ここ最近は、ご無沙汰だったからな。

そんなことを思いつつ話を聞く。

「いやね、建物の裏に誘われて、こう抱きつかれてですね。で、キスされて……」

あー、こいつの話を聞いているとなんか腹が立ってきた。

「わかった。わかった。もういい。だが、ほどほどにしておけよ」

「はい。勿論です。また、あんな歓迎があったら、軍曹にもおすそ分けしますから」

軽く言われて頭をこづく。

「馬鹿野郎。そういう時は、まず先に俺に譲れよ」

笑ってそう言うと、周りで聞いていた兵たちも笑った。

おっと、このままじゃいかん、いかん。

「ともかくだ。もっと気を引き締めてやれ。美味しい思いをしたいならな」

その言葉に、兵士たちは笑って頷く。

そんな中、笑うこともなく、ただ前方を見てはやる気持ちを抑えるかのように歩いている若い兵士がいた。

年は、まだ二十になっているか、いないかだろうか。

まるで何かに取りつかれているかのようだ。

「あいつ、どうかしたのか?」

少し気になって近くにいた兵士に聞く。

すると、表情を引き締め直して歩き始めた兵士の一人が言う。

「あ、次の街、あいつの故郷らしいんですよ」

それを聞き、納得した。

「なるほどな。なら、次の街に着いたら、少し休憩時間を延ばすようにしておいてやるか」

その言葉に、兵士の一人が聞き返す。

「いいんですか?」

「ああ、あまりにも進軍スピードが速すぎるからな。なんせ後ろが悲鳴を上げていたし」

その言葉に、聞き返した兵士は笑った。

「あー、確かに。敵の残していった物資の整理もしなきゃいかんって言ってましたね」

「ああ。上もその件は懸念していたからな」

「なら、今度も少しゆっくりできるってことですかね」

期待する顔でそう聞かれ、苦笑して答える。

「問題がなければな」

そして半日後、まもなく夕方になろうかという時間に次の街が見える場所まで到着した。

いや、正確に言うと、街だった場所といったらいいだろうか。

だんだんと街に近づくごとに、不穏な雰囲気が漂う。

遠くから見えるいくつもの煙。

街道脇にある荒らされた畑や壊された小屋。

死体こそないものの、まるで盗賊に襲われたかのような有様だ。

まさか……。

そう思ってしまうほどに。

ルグロ軍曹は気になってちらりと若い兵を見る。

ガタガタと震えており、顔面は真っ青だった。

手に持っていた銃がぽとりと地面に落ちる。

いかん。

「そいつを行かせるなっ!」

すべてを投げ捨てて駆け出そうとしている若い兵士を、周りが慌てて拘束する。

すると後方のほうから命令が来る。

どうやら、後方の連中もただならぬ街の様子に慌てたようだ。

『進軍を止めて、少数の兵士による偵察を行え』ということらしい。

「アパラ、ドンヘー、ライチ、ついてこい」

ベテランの三名を指名して、偵察に向かおうとする。

すると、一人の兵士がちらりと取り押さえられた若い兵士を見て聞いてくる。

「あいつをどうしましょう?」

「絶対に一人にするなよ」

「了解しました」

そう言って三人の兵士を率いて、先行偵察に向かう。

だんだんと街に近づくにつれて、街の状態が見えてくる。

焼き焦がれて崩れた建物の壁がいくつも並び、崩れた瓦礫だらけの道。

そして、辺りには、煤と焦げた真っ黒な塊がいくつも転がっている。

漂う焦げた匂いと腐敗臭が容赦なく鼻の奥を刺激する。

「ひでぇ……」

警戒しつつも、あまりの惨事にアパラが呟く。

ベテランである彼でさえも、そう声を漏らす惨状がそこには広がっていた。

そしてすぐに気が付く。

いろんな形になっている真っ黒な塊は、間違いなくかつて人だったものだと。

敵がまだ残っている可能性もあり、陰に隠れつつ街中に入っていく。

もっとも、こんな場所で待ち伏せしたくはないなと思ってしまうが……。

そして、街中に入ってわかる。

もうこの街は死んでしまったのだと。

街の中には動くものはなく、風でひん曲がった看板が空しくキイキイと音を立てているだけの瓦礫の山。

黒と灰色が支配する街。

いや、街だった場所だ。

もうそこには人の住んでいた痕跡がわずかに残っていたものの、人の姿はまったくなかった。

すでに傾き始めた太陽が、見たくないものから逃げていくかのように沈んでいく。

その真っ赤な――そう、一際真っ赤な光が、まるで血の色のように黒と灰色の世界を塗りたくった。

まるでその場の惨劇を表現するかのように。

「ふーっ」

息を吐き出して、ルグロ軍曹は空を見上げる。

あの若い兵士にどう伝えるべきかと……。

だが、それに答えるものはない。

ただ、不快感を増す臭いをまとった風が吹き抜けるだけであった。

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