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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十九章 大反攻戦

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ヒュンゲルトの森攻防戦  その2

「くそっ、完全にやられたっ」

第七大隊の指揮官であるアンカー・ケッペテラ中佐は、報告を聞いて怒りをテーブルに叩きつける。

彼にしてみれば完全にやられたという心境なのだ。

敵は森の入り口、あるいは途中で仕掛けてくると思い込んでいた。

だからこそ、何事もなく間もなく出口という報告に、敵は街で待ち構えていると思っていたのである。

しかし、結果は違っていた。

間もなく抜けるというほっとした瞬間を狙ったかのような足止めと攻撃。

その結果、先行部隊は動きを止められ、周囲から攻撃を受けて絶体絶命の状況となっている。

「くそっ、くそっ」

何度もテーブルを叩き、何とか気を落ち着かせる。

完全に読み違えてしまった自分に怒りが収まらないのだ。

だが、時間はない。

指示が遅れることでより被害は拡大して多くの味方が失われるのだから。

「先行の部隊に連絡。急いで後退し、森から出るように伝えろ。恐らく、連中、森の中で偽装して待ち構えてやがる。今は出来る限り、森から出て、部隊を立て直すぞ」

それはかなり難しい事だとはわかっている。

だが、他に命令が出来ないのだ。

連中、恐らく冬の間に準備をしていたに違いない。

他の方面の報告とは違い、こいつらはとんでもなく手ごわい連中だと思い知らされた。

このまま力押しでいけると勘違いしたら間違いなく被害は拡大し、全滅に近い被害を受ける。

そう確信したのだ。

「それと本部に連絡っ。増援を回してくれと。いいなっ」

テントの中にいた通信兵が慌てて機械にかじりつくかのように操作している。

「それと恐らく森から出る時にも攻撃が来ると思われる。後方部隊は、味方の後退を援護する為、警戒に当たれ」

次々と命令が下される。

そんな中、副官が聞いてくる。

「後退の命令はわかりました。しかし、無傷で頓挫した戦車はどうしましょうか?」

30トンもの重さのものをそうそう立て直すのは難しい。

しかし、何があるかわからないし、新兵器を敵に奪われるのは面白くない。

だから、やることは一つだ。

「敵に渡すくらいなら、破壊して破棄するしかあるまい」

それは大隊の戦力の低下を意味する。

特に虎の子の戦車を三両を失うのはかなり痛い。

他の兵器と違って、戦車は完全にフソウ連合製であり、再度入手するには時間がかかるだろう。

それは裏を返せば、「失くしました。ではすぐに補充しましょう」とはならないという事であり、長い時間、戦力不足のまま戦い続けなければならないという事でもある。

反抗作戦が始まったばかりだというのに、実に頭が痛い。

だが、ぐずぐずしていればもっと被害が増えていく。

「急げっ。これ以上味方に被害を出させるな」

「は、はっ。直ちにっ」

今や作戦室代わりのテント内ではまさに修羅場と化していたが、それは先行部隊の方も変わらなかった。

「くそっ。くそっ。完全に包囲されてやがる」

そう吐き捨てて、二列目の三両のシャーマン戦車を指揮するトリスタン・バイイ少尉は、キュポーラの上に搭載している機銃を撃ち続けている。

そんな戦車長に代わって無線を担当していた装填手が叫ぶ。

「隊長っ、本部から命令ですっ」

だが、その声は銃撃で良く聞こえないのだろう。

「なんだって?!」

「だからっ、本部から命令ですっ」

戦車内に引っ込み、無線を代わる。

そして指示された命令を受けてバイイ少尉は吐き捨てた。

「後退しろだとぉ?!」

どう考えても、このまま抜けた方が近いのだ。

確かに前方に頓挫している三両の戦車が邪魔だが、完全に道を塞いでいるわけではない。

抜けようと思ったら抜けられる。

なのに……。

そう思考し、すぐにバイイ少尉は首を横に振ってその考えを頭から追い出した。

それは、まるで目の前にぶら下げられたエサのようだと判ったからだ。

もう少し、もう少しと思ってしまい、被害が拡大していく。

そして、もし突破したとしても、後続は断たれて孤立無援となる。

それがわかったのだ。

「糞ったれがっ。上は好き勝手言いやがって」

そう吐き捨てる。

だが、このままここにいていい状況ではないのも事実だ。

すぐに受けた命令を部下に伝える。

「後退命令が出たっ。我々は歩兵の壁になりつつ森の外まで後退する。いいなっ」

その指示に、装填手が言う。

「前方の戦車に人影があります。まだ味方が残っている可能性があります」

確かに破壊されたのは一両のみだ。

という事は搭乗員はまだ生き残っていると思っていいだろう。

「ちっ。手がかかるっ。リシュアンの野郎がっ」

口ではそう言いつつも、バイイ少尉の口調に、装填手だけでなく、砲手や操縦手も苦笑する。

先頭の三両を指揮していたリシュアン・アルノー少尉とバイイ少尉は喧嘩ばかりしていたが、どちらかというと悪友と言ってもいい間柄であり、それを周りの部下達もわかっていたからである。

それに、味方を見捨てないという事がわかって、ほっとした部分もあったからであった。

「よしっ。左右の二両は壁となって待機。本車両は前方に接近し、救助するための壁となるぞ。何人かでいい。歩兵も続け」

その命令を受けて、バイイ少尉の搭乗するシャーマン戦車がゆっくりと前進する。

その陰に隠れるかのように歩兵が六名続く。

そして、その動きを援護する為か、残った歩兵の射撃が激しさを増して二両のシャーマン戦車の75mm戦車砲が続けざまに火を噴く。

勿論、狙ったものではない。

しかし、その激しい砲火に、森の中からの攻撃が弱まる。

「今だっ。急げっ」

頓挫した戦車の近くまで来ると戦車の陰に隠れていた歩兵が、頓挫した戦車の方に走り寄る。

バイイ少尉もキュポーラの上に搭載された機銃を撃ち、森に潜む敵を牽制した。

被弾していないで頓挫している戦車に歩兵が取り付き、救助を開始する。

そして、戦車の近くで身を潜めていた生き残りの兵もそれに協力した。

次々と戦車の搭乗員が救出されていく。

「全員救助を終わりましたっ」

「よしっ。少しずつ後退して合流する。いいなっ」

「はっ」

幸い、搭乗員達は、怪我はしているものの、自力で動けないものはなく、なんとかゆっくりと後退し始める。

そして、後ろの二台と合流し、命令を下す。

「前方の二台を破棄する。破壊して敵には何も渡すな」

その命令を受け、砲塔が動いて森に向いていた75mm戦車砲が味方の頓挫した戦車に火を噴いた。

「ちっ……」

バイイ少尉の口から舌打ちの音が漏れるが、誰も気が付いていない。

だが、多分、皆同じ気持ちではないだろうか。

味方の戦車を攻撃し、破壊しなければならないなんてと。

だが、このまま無傷に残す危険性はわかってはいる。

だからこそ、仕方ないと自分に言い聞かせる。。

そして、二台の戦車が爆発して再起不能になったのを確認すると、バイイ少尉はふうと息を吐き出して気持ちを切り替える。

これからの事を考えれば、こんな些細な事に気を回す余裕はないからだ。

味方の戦車を攻撃し、それを破壊した事によってだろうか。

敵の攻撃が一旦止む。

しかし、それは長く続かないことはわかっている。

退路はあるにはあるが、偽装された敵によっていつ攻撃されてもおかしくない圧倒的に不利な状況が続いているのだから。

「各自、これより森から後退する。遅れるなっ」

警戒し、牽制しつつ部隊は後退していく。

ジリジリとまるでアリの行軍のようにしか進まない。

行きが警戒しつつも順調だったのとは対照的な状況だ。

そして、それは気が遠くなるような道のりであった。

行きの時は何事もなかった場所も、待ち構えているかのような偽装された野砲と敵兵の攻撃が断続的に実施されたからであった。

その攻撃に、第七大隊先行隊の兵士達の精神がすり減らされ、疲労がたまっていく。

人は本来は長時間緊張できるようにはできていない。

だが、緊張が切れ、散漫になった瞬間、その兵の待ち構えている運命は、死のみだ。

それ故に気を緩める事は出来ず、緊張は続けば続くほど疲労はより増していく。

その中でも特にバイイ少尉率いる三両の戦車とそれに追随する歩兵の疲労はとんでもなかった。

なんせ、殿を務めているのだから。

実際、どんな戦いも撤退戦での殿の有能さの差が被害を大きく左右する。

それを考えれば、彼は途轍もなく有能と言っていい部類だろう。

全滅になってもおかしくない状況からなんとか部隊を生還させたのだから。

だが、被害が全くなかったわけではない。

途中の待ち伏せにより、戦車二両が失われ、追随していた車両も多くが失われ、戦いに参加した歩兵三百名の半数近くが戦死してしまったのである。

だが、それを第七大隊の指揮官であるアンカー・ケッペテラ中佐は責めなかった。

それどころか、労い、休むように伝える。

それは、今回の戦いの敗因は、自分の作戦ミスであり、新兵器の運用がうまくできなかったと思っているからであった。

「くっ。まだまだという事か……」

ケッペテラ中佐はそう言うと下唇を強く噛む。

そんな中、副官が恐る恐る被害報告をする。

虎の子の戦車五両と配備されたばかりのフソウ連合製のトラック五台を損失、戦車二両は要修理、また歩兵百五十八名死亡、重軽傷者八十三名という有様で、第七大隊は増援が到着するまでの間、森の外で足止めを喰らう事となったのである。

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