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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十九章 大反攻戦

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傭兵たちの決断

合衆国、北部に位置する街、ボルトン。

そこは、いくつもの工場が立ち並ぶ工業地域だ。

そんな街の中にある酒場で、二人の男性がつまらなさそうにテーブルで向かい合わせに座ってビールを飲んでいた。

真昼間という事もあり、酒場は誰もいない。

もっとも、数日前まではデモやらなんやらでとんでもなくにぎわっていたのだが、警察や軍が介入し、今は収まってしまって閑古鳥が鳴いている有様だった。

もちろん、一部貧民街で暴動があって商店が襲われたというところがあったものの、この辺りは工場勤めで裕福な層が多いためか、どちらかというとデモという感じで程度で済んでいる。

そのためか、酒が飛ぶように売れたのだ。

それこそ、景気づけに一杯という感じだろうか。

祭りの感覚に近いものである。

彼らは、別に『聖戦』発動で触発されたわけではなく、最近溜まっている社会や企業に対するストレスや不満を発散させるために行ったという感じだった。

そのため、暴力沙汰にはならず、警察と企業の説得に応じて、今日からは平常状態に戻っていた。

そして、カウンターでは、店の主人が当てが外れたというような表情でグラスを磨いている。

昨日の状況から今日も期待して、いつもより店を早めに開けてしまったのである。

ある意味、暴動が発生している地域に比べれば、実に平和的ではある。

もっとも、当てが外れたと思っているのは、店主だけでなく二人の客もであった。

「駄目だったみたいですね」

一人の、どちらかというと神経質そうな感じのする中年男性が、じーっと目の前に座っている中年男性を見る。

その顔にはいくつもの皺があり、苦労していますよという感じの顔だ。

実際、彼は苦労の連続であった。

元々彼は『勤労の小人達』という傭兵団の事務員として雇われた一事務員に過ぎなかった。

なのに、今はその組織の団長という代表役として働いている。

「なんでこうなっちゃったんだろうなぁ……」

思わずという感じでそんな言葉が出る。

その言葉に、神経質そうな男はため息を吐き出すといつもの言葉を返す。

「仕方ないでしょう。元団長の遺言なんだから……」

元団長の遺言。

それは仕事の中の不慮の事故で団長が亡くなり、その残された遺言では自分が何かあったら彼に傭兵団を任せると書かれていたのであった。

あまりにも信じられずに唖然としていた彼であったが、彼の人なりや仕事ぶりを知っている傭兵団の連中からも反対意見がなく、また彼は傭兵団お抱えであった中堅商人の三男であり、小さなころから子供のいない団長にかわいがられ、自分の商会ではなく傭兵団の事務員として働いていたため、雇い主である彼の父親からも承認されてしまい、今に至るのであった。

「そうなんだよなぁ……」

ため息を吐き出して目の前のジョッキをあおるように飲む。

別に飲んだからどうこうならないのはわかってはいるが、逃避したい心境なのだ。

「で、どうするんですか?」

「資金の方は?」

「切り詰めれるだけ切り詰めて、ざっとあと三ヶ月ってところですか」

その言葉に益々ため息が漏れた。

傭兵団『勤労の小人達』は、傭兵団としてはその名の通りの仕事ぶりであり、派手さはないが任務を確実にこなすという感じでかなり評判はいい方なのだが、それでも仕事がないのである。

「連盟を出たのは失敗だったかな……」

思わずという感じで言葉が出る。

「連盟を出たのは仕方ないじゃないですか。軍人にはなりたくないって皆言ってたんですし」

そうなのだ。

元々『勤労の小人達』は、連盟のとある中規模の商人お抱えの傭兵団だったのである。

そして、トラッヒの革命で、多くの商人が投獄され、財産を没収されていく中、商人お抱えの傭兵団も選択を迫られたのだ。

トラッヒの誘いに乗って軍人となるか、連盟を出るかの二者選択である。

そして、多くの商人お抱えの傭兵団が、軍人となった。

だが、その選択をしない者達もいたのである。

トラッヒの行動に暴力と恐怖を感じ、今までの自由な生活を失いたくないと。

その者達の多くは、合衆国を次の移住先に決めた。

王国や共和国、帝国を選んだものはほとんどいない。

王国は法的制限が厳しく、傭兵団を維持するのはかなりの苦労が伴うだろうし、共和国は連盟出身者との仲がよろしくないどころか、一部の人間は差別さえ公然と行っている有様であり、うまくいきそうになかった。

その上、共和国と連盟は戦争を始めており、共和国にいたらかつての知り合いと戦闘になる可能性はかなり高いだろう。

それを考えれば、選択しなかったのは間違いなかったと思う。

あと、帝国は元々内乱続きで入国が厳しく、また稼げるかと思っていた内乱も、今は終結し落ち着き始めていた。

つまり、選択肢は合衆国以外なかったのである。

だが、そんな中、一部の幸運な連中がいた。

傭兵団『飢えた狼達の巣』や傭兵団『死にぞこないの虎』のツテでルル・イファン人民共和国へ勧誘されたのだ。

もちろん、元々連盟の植民地であったから、声をかけられたのは厳選された者達だけで、この地で余計な仕事をしていないこと、それにこの二つの傭兵団団長と親交がある信頼できる連中に声がかけられたのである。

実は、『勤労の小人達』も声をかけられたのだ。

だが、ルル・イファン人民共和国での仕事は長期間になり、その間は自由に動けないという事。また報酬は安くもないが高くもないという相場だったため、お断りしてしまったのである。

「あの時、断ったのは拙かったかなぁ……」

「今更仕方ないでしょうが」

そうは言ったものの、落ち込んでいる団長を見て罪悪感がわいたのか、呟くように言う。

「仕方ないですね。条件は落ちるかもしれませんが、こっちから『死にぞこないの虎』の方に連絡を入れておきましょうか」

実は、神経質そうな男は、『死にぞこないの虎』の幹部と仲が良く、誠実な仕事内容と対応、それにその事もあり誘われたのであった。

その言葉に、団長は必死な表情で神経質な男の方を見た。

まさに懇願するという感じだ。

「デッダ、頼むよ」

「ただし、あまり期待しないでくださいよ。向こうも定員とかあるだろうし」

「ああ。わかっているよ」

それでもほっとした表情をする団長。

その様子に、デッダは心の中で苦笑する。

本当に世話のかかる男だよ。

そう思ってかつて一緒に事務仕事を熟していた頃を思い出す。

デッダと団長は、同期であり、親友と呼べる間柄であり、彼が団長に就任した際、彼の傭兵団の経営の右腕として抜擢されたのである。

だが、そんな思考を遮られた。

「それは困るなぁ……」

二人の方に歩いてくる男がそう声をかけてきたのである。

その声に、団長もデッダも声の方を振り向く。

「よう。久しぶりだな、ランカー、デッダ」

手をひらひらさせて笑っている男。

「おいっ。ベンダミンじゃねぇか。久しぶりだなぁ」

そう言って立ち上がって団長ことランカーはベンダミンに抱きつく。

軽く抱擁を返しつつ、ベンダミンはデッダに視線を送って笑った。

どちらかというとへらへらとした頭の悪そうな軽い笑いだったが、この男いつもこの笑顔だったなと思い出して、デッダも苦笑で返す。

相変わらずだと。

こうして久しぶりの再会を果たしたベンダミンはビールを注文し、二人のテーブルの空いている椅子に座った。

「しかし、本当に久しぶりだな」

「ああ。連盟を出て以来じゃないか?」

ランカーの言葉に、ベンダミンは少し考え込み答える。

「ああ、そんなになるのか」

その言葉に、今度はデッダが聞く。

「そうなりますね。今何やってるんですか?あなたの方はうまくやっているのですか?」

「ああ。お陰様でね、うちの方はうまくやっているよ」

ベンダミンのその言葉を聞き、二人はため息を吐き出した。

「羨ましい限りですね」

「本当だ」

二人のその言葉に、ベンダミンは苦笑するしかない。

で、しばらく互いの近況報告みたいな話が続き、ある程度情報交換が終わってからデッダが話題を変える。

「で、さっきの言葉、どういう意味なんです?」

そう、第一声の『それは困るなぁ……』という言葉に対しての問いだ。

「そのままの通りだよ」

「そのままの通りって?」

思わずと言った感じで、ランカーが聞き返す。

ニタリとベンダミンは笑みを浮かべて口を開く。

「実はな、仕事の話だ」

「仕事……ねぇ」

すーっとランカーの顔が無表情のものになる。

さっきまでの感情豊かだった表情が、無機質な感じに変わったという感じだ。

そんな事には気もかけず、ベンダミンは話を続ける。

「実はな、今、ある所の仕事を受けててな、人数が足りなくて困ってんだよ」

「そうか。それでか……」

「ああ、お前らを探してたんだよ。『勤労の小人達』の手を借りたくてな」

「ふーんっ。で、仕事内容と条件は?」

「まぁ、条件は間違いなくいい。報酬は、通常の二倍をベースってところか」

その言葉にデッダが驚く。

普通は、通常の相場かあるいは値切る事はあっても、最初から二倍、それもそれをベースにという事は上乗せもあるという事だ。

そんな好条件は聞いたことがない。

デッダが驚きの表情をする。

それとは反対にランカーの顔は厳しいものになった。

「最初に破格の条件を言うってことは、仕事内容がやばいって事なんですかね?」

淡々とそう言い返す。

その口調は、まるで鋭利な刃のようだ。

「相変わらずだな。その通りだよ」

ベンダミンは苦笑してそう言う。

だが、すぐに言葉を続ける。

「まぁ、ヤバいというより秘密裏にっていう部分がね。だから雇用主スポンサーも明かせないし、間違いなく長期の仕事になる」

はっきりとそう言われて、ランカーはふーと息を吐き出した。

「うちは、そういうのは……」

「わかってる。お前の所は本当に身内に対しての事で慎重になるっていうのはわかってる。だが、お前んところの傭兵団の力を貸してほしいんだ」

しばしの沈黙。

だが、最初に口を開いたのは、ランカーだった。

「お前さんがそこまで言うっていうのはよほどの事なんだな?」

「ああ。そうなんだ。お前さんたちの裏の力を借りたいんだよ」

その言葉に、ランカーはつまらなさそうな顔になった。

その事実を知っているのは、決して多くない。

だが、いくつかの傭兵団の団長だけがそれを知っている。

傭兵団『暁の雲海』の団長であり、ランカーの友人であるベンダミン・ストラカシスもその一人であった。

傭兵団『勤労の小人達』はただの傭兵団ではない。

独自の諜報網を持つ諜報組織という顔を持っている。

もちろん、政府の組織に比べればその規模は小さいが、それでも潜入工作、扇動、誘導などの裏工作はそういった組織に見劣りしない、あるいはそれ以上の働きをする。

つまり、今度の仕事は、そういったことが必要という事だ。

実にきな臭い。

相手が友人であったとしても、いや友人だからこそより慎重に警戒するに越したことはない。

ランカーはそう判断したのである。

だが、そんなランカーにデッダが声をかける。

「折角だから、話だけでもきちんと聞こうよ」

そう言った後、視線をベンダミンに向けた。

「まぁ、ここではそうこみ入った話は出来ないからさ。うちの事務所で詳しく話そうじゃないか」

デッダとしては、背に腹は代えられないし、ベンダミンがそれほど無茶苦茶な仕事をやるとは思えなかったからだ。

それはランカーも思ったのだろう。

すぐ返事を返した。

「そうだな」

その返事に、ベンダミンは少しほっとした表情になって言う。

「わかった。場所を変えよう」

「じゃあ、うちの事務所で」

こうして三人は酒場を出る。

傭兵団『勤労の小人達』が借り切っている建物の一階の事務所に行くために。



一週間後、傭兵団『勤労の小人達』の主要の面々は合衆国を離れる。

もちろん、身分を偽装して、それぞれ別ルートで。

行き先は、今や王国や共和国と戦争状態になってしまった教国。

決して表には出ない裏の戦いの始まりでもあった。

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