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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十八章 共和国 対 連盟

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春を迎える準備

二月は実に表向きは変化のない月であった。

それは連盟対共和国だけではない。

サネホーン対フソウ連合においてでもある。

その原因は、冬という季節、大きな戦いの後という事が関係していた。

冬という季節は、雪や凍結による流通の悪化が起こりやすく、物の動きが停滞しやすい時期だ。

もちろん、それは物だけではなく、兵の移動も関係している。

また、寒さ対策なども十分に必要である。

要は、戦闘力を維持し、効果を発揮するための最低条件が他の季節よりも高いという事である。

そして、大きな戦いの後という事は、多くの損害が発生していることが多い。

ほとんど被害なしの戦いなど、あり得ない。

また、例え損害がなくとも、多くの物資を失っている事には変わらない。

軍という組織は、ただでさえ大飯喰らいの浪費家なのに、そこに被害という上乗せが来る。

また、失った兵力を補充しても、以前と同じレベルとは限らない。

そうなってくると、鍛え直さねばならなくなる。

つまり、元に戻すにはとてつもなく多くの物資と時間が必要となってくるのである。

だから表向きは変化が大きく表れない。

だが、裏ではかなり大きな動きがあった。

補給や訓練はまだ見える。

しかし、次の戦いに向けての情報収集や作戦立案などは表に出る事はほとんどなかった。

だが、見えないものほど、実は重要だったりするのである。



「ふむ。では、その洞窟は使えるというのだな?」

ビルスキーア総司令官がそう聞き返すと、諜報部の責任者であるサルバドラ・リカンバトリー少将は頷いた。

「はい。前回の大攻勢の際、こちら側に奇襲を仕掛けた部隊の指揮官から情報を引き出しております。あの洞窟の位置や存在を連盟軍は正確に把握できていません。それに一部の部隊を使い、確認も済ませました。間違いありません」

その報告に、ビルスキーア総司令官はニタリと笑みを漏らす。

「そうか。なるほどな」

そう言うと、テーブルに広げてある地図に視線を落とす。

その地図は、最前線周辺の地図であり、なにやら色々な書き込みがされている。

「それで、敵の動きは?」

その問いに、最前線で指揮を執るマクトーラ中将は笑いつつ言う。

「はっ。バントコラ軍港攻略戦の成果ですな。多くの備蓄と大規模な補給ルートを失い、この冬を越すのがやっとという有様です。また雪と凍結の為、まるで冬眠しているかのように動きがありません」

そして、情報統括部のタンド・キリラス大佐が言葉を続ける。

「現地の協力者からの情報では、防寒具も不足気味で、凍傷や体調不良で動けなくなる者も多いと聞きます。また、兵の士気はとても低く、春先まではろくに動けない有様のようです」

そう言いつつも、キリラス大佐は苦笑して言葉を続ける。

「もっとも、我々もこの雪の中、戦いたくはありませんけどな」

その一言に、その場にいたほとんどの者が苦笑を漏らす。

いくら物資が敵よりも潤沢で余裕があるとはいえ、動くとなるとそれなりに物資が必要となる。

それに先の敵の大攻勢で失った戦力の補充や反転攻勢の準備も完全とは言えない。

だが、教国の『聖戦発動』宣言によって、こちら側に風が吹いているのも事実である。

連盟の占領している各地で反乱や暴動が起こり、各地に駐屯している連盟軍はかなり手を焼いているという。

それに合わせて駐屯している部隊の物資の消費もかなりのものであり、また補給ルートでの襲撃も増えたという事もあって、前線に届けられる補給物資は段々と減ってきている。

さらに、植民地での反乱も派遣された帝国軍によって鎮静化しつつあり、また、教国から派遣された艦隊も、毛利中将率いる多国籍艦隊によって撃退された。潜水艦の脅威はまだあるものの、共和国領海の八割近くを取り戻しつつあった。

それらを考慮すれば……。

ビルスキーア総司令官はしばらく地図を見つつ考えた後、情報統括部のキリラス大佐に聞く。

「確か、三月の初めくらいから寒さは落ち着き、雪もほとんど降らなくなるのだったな」

「はっ。統計的に見れば、その可能性がとても高いと」

実際、予想外の時もあるにはある。

季節の変わり目は特にそうで、毎年同じではない。

だからこそ、こう言った言い方をしているのだ。

「ふむ。完全な雪解けは四月初めだったな」

「はっ。その通りです」

そう言われてビルスキーア総司令官は再度考え込む。

完全な雪解けが始まれば、最前線の近辺は雪が解けて地面はぬかるみ、泥沼と化す。

しかし、まだある程度の寒さがあればそうはならないだろう。

ならば……。

ビルスキーア総司令官は決断する。

「三月三日。この日を大反攻戦の開始とする。作戦名は『春の訪れ』だ。地面がぬかるみ始める四月までの間にどこまで進めるかがこの戦いを左右する。皆、心して準備を進めてくれ」

その場にいた全員が立ち上がり敬礼をする。

「「「はっ」」」

その表情に浮かぶのは、やっと反撃できるというやる気と、祖国から連中を追い出すという使命に満ちた表情であった。



こうして、共和国が動き始めた。

表向きは何もないかのように装いながら。

もっとも、それでも物資や兵の移動などの些細な情報を調べれば、敵が反撃の準備を進めているという事はわかる。

だが、それでも攻めているのは我々だという思い込みがあるのだろう。

大半の連盟軍は、物資の使用量を抑え、冬を越える事を優先していた。

実際、備蓄の量からギリギリの部隊が多かったからだ。

だが、そんな中でも、一部の部隊は自分が駐屯する街や都市、地区に防衛ラインを構築し始める。

正確に言うと、元々簡素なものはあった。

だが、侵攻速度が速く、また立ち止まることはほとんどなかった為、今の足止めも一時的なものと考え、簡単な防御しか構築していなかった。それをより強化し始めたのである。

そこにはもう派閥といったものはない。

一部の者達にはわかるのだ。

自分達が今ここにいるのは、冬という季節のおかげだと。

そして、冬という季節が終われば、今度は我々が追い立てられる番だと。

ヴァスコ少将もその数少ない一人だった。

彼は考えていた。

一度後ろに下がってしまえば、一気に押し戻されると。

実際、侵攻速度が速すぎて、通り過ぎた後方の防御ラインはほとんど構築されていない。

本当なら後方に回されている元王国侵攻軍団の仕事だろうが、彼らは補給路と占領地の掌握のみを行い、今また活発化した反乱や暴動をなんとか抑え込むのに必死だ。

だから、そんな余裕はないと思っていいだろう。

ならば、自分の身は自分で守るしかない。

そう判断し、自分の部隊が駐屯している地域の防衛ラインの強化を少しずつ進めていたのであった。

しかし、作業は遅々として進まない。

凍結した地面は、まるでコンクリートの塊のような強度を発揮し、作業を困難にしていたからだ。

また、天候の悪化もそれに拍車をかける。

実際、今もそれほどひどくはないものの吹雪であった。

「糞ったれがっ」

駐屯する地域の周辺地図を見つつ、遅々として進まない防衛ラインの現状に彼は愚痴を吐き捨てる。

そんな中、作戦室のドアが叩かれる。

「誰だ?」

「はっ。連絡をお持ちしました」

「わかった。入室を許可する」

「はっ。失礼します」

そう言って防寒着を着込んだ連絡兵が入ってきて敬礼する。

「うむ。この寒い中、ご苦労であった」

「はっ。ありがとうございます」

そう言って腰の部分に取り付けていた防水バッグから、ヨレヨレになった封筒を取り出すと差し出した。

それを副官が受け取り、差出人や危険物がないか確認してヴァスコ少将に手渡す。

受け取った封筒を開け、手紙を広げて中身を読み出すヴァスコ少将。

そして読み終わると楽しげに笑った。

副官が驚いた表情でヴァスコ少将を見ている。

その視線を受けてヴァスコ少将は笑いつつ言う。

「アベリッツのやつもこっちと考えは同じらしいな」

そう言って手紙を副官に手渡した。

それを読み、副官が驚く。

「これは……」

「つまりだ。こっちと合流するという事だ」

「ですが……向こうは……」

副官が信じられないといった顔で呟く。

それはそうだろう。

周囲は派閥の関係もあり、また性格を鑑み、二人の関係を水と油だと認識していたからである。

だが、以前の会議の際に意外と話をきちんとしたら分かり合えるのではないかと思い、その後何回か手紙のやり取りをしていた。

その結果、今の現状の認識がほぼ同じであり、意外と馬が合う事がわかったのだ。

そして、一ヶ月の間、戦線が膠着している間も、意見や今後の事での相談が続いていたのである。

「向こうの駐屯している街は、防衛には適していないからな。どうせなら、有利なところで戦いたいというのは普通だぞ」

「しかし……」

「それにだ。これで兵力は約二倍だ。その上、出来る限り補給物資をこっちに移すと書いてある。いいことずくめじゃないか」

実際、アベリッツ少将の駐屯する街周辺は穀倉地帯であり、食料の備蓄はこちらよりも何倍も恵まれている。

それを考えれば、兵力の増加以上のメリットがあると言っていいだろう。

「ですが……」

それでも言い淀む副官に、ヴァスコ少将は笑った。

「別に仲良くしろとは言わん。だが、仲間であり、戦友であるのは間違いない。まもなくこの地は荒れる。それを乗り切るために、味方は多い方がいい。そう思え」

「……了解しました」

「あと、他の者にも徹底させろ。いいな?」

そう念を押されて、副官は渋々という感じで返事を返す。

こうして、春の訪れが再びこの地に戦いの嵐を引き起こそうとしていた。

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