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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十八章 共和国 対 連盟

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《聖戦》の発動  その1

「連盟の内部に入り込んでいる者から、『誘導できた』との報告がありました。また、教国も指示通りに動き始めたことを確認しております」

その報告を受け、老師は目を細め、顎髭を撫でた。

「ほう……やっとか」

小さく言葉が漏れる。

教国による《聖戦》発動は、もっと早くに可能だった。

しかし、何もきっかけがないままでは発動できない。

人々を突き動かす、強烈な理由が必要だった。

人は感情の生き物だ。

強く感情を揺さぶられれば動揺し、その感情を利用されることで簡単に先導されてしまう。

その“機会”が、ようやく訪れたのだ。

今回、連盟海軍は大敗し、陸軍の大攻勢も失敗に終わった。

多くの兵士が命を落とし、これ以上ないほどのきっかけとなった。

だからこそ老師は、準備を整えながらも、この時を待っていた。

人々の心が大きく揺れる瞬間――

そして、連盟が教国に近づかざるを得ない瞬間を。

裏で繋がっているとはいえ、まったく系統の異なる国同士を公然と結びつけるには、こうした事件が必要だった。

「これでトラッヒも、教国、ドクトルト教を無視することはできなくなったな」

老師は口元に笑みを浮かべる。

つまり、連盟内部にいるドクトルト教徒の動きを、もう規制しにくくなったということだ。

最終的に連盟そのものを教徒の手で支配するための布石が、打ちやすくなった。

老師にとってトラッヒなど、今の連邦をまとめるための駒にすぎない。

世界が思い通りに動いた暁には、失脚させるつもりでいる。

その準備が、より整っただけのことだ。

彼はさらに目を細め、ニタリと笑う。

前回は成し得なかった、ドクトルト教による世界統一と、神敵フソウ連合への鉄槌。

その計画が一歩、確実に進んだと確信していた。



その日、合衆国は休日だった。

多くの市民が思い思いに休暇を楽しもうとしていた。

合衆国は、共和国に次いでドクトルト教徒の多い国としても有名である。

休日の朝、熱心な信者たちは教会に赴き、神へ祈りを捧げる。

集会では賛美歌が歌われ、牧師や司祭の説話がある。

それは神を敬い、自らの生活に幸あれと願う、いつも通りの時間だった。

集会は昼近くまで続くことが多い。

この日も、最後にはラジオで教国の高位聖職者による話が流れるはずだった。

誰もがそう思っていた。

最初は確かに、逸話や教えを語る穏やかな内容だった。

しかし次第に、話の調子が変わっていく。

毎週のように集まる熱心な信者たちも、その違和感にすぐ気づいた。

「……おや?」

眉をひそめる者、首をかしげる者が出てくる。

沈黙して聞いていた人々の中にも、同じ疑念を抱いた者は多い。

その場にいた司祭や牧師の顔色も、徐々に変わっていった。

彼らは似たような経験を過去にしていたからだ。

まさか……。

やがて、長い前置きのあと、平和の為に今の世界は改革が必要ではないかという事が続けられる。

今もどこかで多くの人々が血を流している。

多くの人々の命が失われていく。と。

そして、その実例として、連邦海軍の大敗と起死回生の大攻勢の失敗の話が出る。

だが、それは真実ではないと言いたげな口調が続く。

まるで真実は違うのだ。

君達は惑わされていると言わんばかりの言葉。

それはまさに人々を誘導するかのような巧みさで話が続く。

洗脳か巧妙な詐欺のようだ。

恐らくそう思ったものもいたが、まさかドクトルト教の総本山である教国のラジオがそんな事を言うはずもない。

そう思うしかなかった。

だが、それでも心は落ち着かない。

そして、そんな人々の不安の中、その言葉が放たれる。


『今、我々は多くの幻によって真実を見失わされている。だが、ドクトルト教は迷わず、真実を追い求めなければならない。幻に惑わされ、間違った道へ進もうとする人々を導く光なのだ。だからこそ、ここではっきりと言う。我々は立ち上がらねばならない。今の世界は腐りきっている。だからこそ世界を改革せねばならない。そのためならば、何をしても神は我らを許すだろう。それこそが神の望みなのだ。さぁ立ち上がれ、ドクトルト教徒よ、同胞たちよ。世界を正しき道へと導くのだ。それは世界平和の一歩であり、豊かな生活の始まりである。今こそ、やる時だ。行動を起こす時だ。実行すべき時だ。よって私、ベンタカント枢機卿(カーディナル)が現教皇の意を受け、ここに《聖戦》の開始を宣言する!』


教会内は静まり返った。

誰一人として息をしていないかのようだ。

合衆国は、前回の聖戦発動時には内乱のため参加を除外されていた。

そのため、多くの信徒はその時何が起きたのかを知らない。

しかし、牧師や司祭は直接教国と関わっている。

その結果を知っている。

だからこそ、恐怖を覚えた。

視線が司祭や牧師に集まる。

《聖戦》――信徒にとっては何よりも優先すべきもののはずだった。

だが、多くは迷った。

経験がないため、全てを捧げてよいのか判断できなかったのだ。

集団心理というものは、一人が動けば雪崩のように広がる。

だからこそ最初の動きが肝心だった。

沈黙の中、一人の男がぽつりと呟く。

「聖戦って言われたって……何をどうすればいいんだよ?」

ほとんどの者が同じ気持ちだった。

再び牧師や司祭へ視線が集まる。

やがて、一人の司祭が口を開いた。

「全ては神の導きです。ですが、神の導きにも間違いはあります。だからこそ、私は皆さんの意思を尊重したい。今の生活を失っても良い方のみ、聖戦に参加してください。失いたくない方は、参加せず見守るのです。それもまた神が罰することはないでしょう」

つまり、今の生活に満足しているなら、そのままでいいということだ。

その道を示されたことで、多くは静かに頷き、集会は終わった。

だが、常識ある司祭や牧師がいる場所ばかりではなかった。

信仰心が過剰に強い地域や、前回を知らない若い聖職者のいる教会では、宣言を受け暴動や行動を起こす者もいた。

街によっては暴徒化した人々による暴力、差別、略奪が発生。

警察や軍が出動する事態となった。

政府内も混乱し、収まりかけていた内乱が再び激化していく。

それでも、アーサー・E・アンブレラは「まだ抑えられている方だ」と思っていた。

主要産業や重要施設の機能は保たれていたからだ。

軍と警察がまともに動けているのも、恐らく秘密結社の働きによると感じていた。

政府は収拾に追われる中、副大統領デービット・ハートマンは忙しげにしながらも、こちらを何度も見てくる。

お前が手を回したから、この程度で済んだのだな?

そう確かめたがっている。

だから、アーサーはこくりと頷いた。

デービットは安堵の息をつき、再び仕事に集中する。

忙しなく行き交う政府関係者を眺めながら、アーサーは思った。

もし事前に知らされていなかったらどうなっていたのだろうか。

その想像はあまりにも恐ろしく、背筋が震えるのを感じた。


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