作戦『グローレバンシーレン』 その6
連盟の共和国侵攻艦隊第一、第二艦隊が、帝国派遣艦隊とフソウ連合第一外洋艦隊に挟み撃ちを喰らって苦境に立っていた頃、共和国侵攻艦隊第三艦隊も苦境に立たされようとしていた。
フソウ連合毛利艦隊から発艦した第一次攻撃隊が、チュシュシ列島の一番西側の島であるシュパ島と本土の間にあるパルマ海域を進む第三艦隊に襲い掛かった。
第一攻撃隊の編成は、九九艦爆十機、九七艦攻改八機の十八機である。
フソウ連合とサネホーンとの戦いに比べればその規模は小さいものの、対空戦闘の貧相な連盟海軍艦艇にとっては、航空攻撃はかなり嫌な相手といえた。
また、毛利艦隊が運用している空母は、カタパルトのない大鷹型とカタパルト装備の大鷹改型である。
軽空母という事で運用機数は少なく、一隻当たりは予備機を入れても三十機にも満たない。
それでも追加派遣された分を含めると五隻が毛利艦隊で運用されており、中型空母二隻分以上の戦力だ。
さらに、普通と違い戦闘機はほとんど搭載されておらず、九九艦爆と九七艦攻改のみという構成は、パイロットの技量や機体の性能を除けば二航戦(第二航空戦隊、空母蒼龍、飛龍で構成される)以上とも言えた。
なぜ、戦闘機隊がいないのか。
サネホーンと違い、連盟では航空戦力がないと判っていたための実に思い切った構成である。
だが、その分、艦船及び地上攻撃に特化した航空戦力となっていた。
そして、その牙が、今や第三艦隊に襲い掛かろうとしていた。
「間もなく敵艦隊です」
馬場二等飛行兵曹がそう告げると、それを待っていたかのようにタイミングよく零式三座水偵が翼を振って離れていく。
「ほんと、ありがたいな。こうも毎回誘導がきちんとされると」
思わずといった感じで鳥山飛行兵曹長が呟くように言う。
戦いにおいて、敵の位置をきちんと把握できるというのは、とてつもなく重要な事であった。
なんせ、いくら飛行距離が長くても、敵を探し回るのには限度があるのだ。
フロート付きの水上機ならともかく、空母搭載の艦載機は海上では燃料がなくなったら墜落するしかない。
それを考えれば、スムーズな敵への誘導は、燃料の残りのことも考えれば本当にありがたい事であった。
「よしっ。各機に伝えよ。作戦通りにやっていくと」
鳥山飛行兵曹長の言葉に、馬場二等飛行兵曹が答える。
「了解しました」
そして、その命令を受け、第一攻撃隊は二つに分かれた。
雷撃攻撃をする九七艦攻改と急降下爆撃をする九九艦爆にである。
高度を上げて敵艦隊をいつでも急降下爆撃に入れる位置をキープする頃、九七艦攻改は一気に高度を下ろす。
それで敵艦隊は攻撃隊を発見したのだろう。
甲板上では、水兵達の動きが激しくなっている。
そんな中、まずは九七艦攻改の雷撃攻撃が始まった。
普段なら海面すれすれを飛行して雷撃攻撃を行うのだが、パルマ海峡の横幅は狭い。
その為、ある程度の高度から一気に高度を落として雷撃攻撃しなければならないのだ。
その難易度は高い。
勿論、前方からの攻撃も可能だ。
だが、それでも彼らは横からの攻撃を選択した。
それは、まず手始めに先頭の艦隊を魚雷攻撃によって足止めして、その後に九九艦爆による急降下爆撃を行うと決めていたからだ。
実際、この狭い海域で先頭の艦隊が被害を受けて足止めを喰らえば、後続の艦隊の動きは止まる。
そうなれば、より急降下爆撃の命中率は上がると考えての作戦であった。
左右から二機ずつペアを組み、攻撃を仕掛けていく九七艦攻改。
だが、自艦が集中的に狙われると判ったのだろう。
旗艦であり、先頭を進む高速戦艦シュペラーム・リンドルフィンに乗艦していた第三艦隊の指揮官であるラッドハイダ・ベントラチュー中佐は、予想外の攻撃に驚きつつも、柔軟に対応した。
まだ新しい兵器である飛行機に興味がわき、色々調べていたのである。
「いいかっ。ともかく避けろ。当たらなければ我々の勝ちだ」
装備されている大半の砲では飛行機に対して役に立たないと判断し、回避のみに専念するように指示を出したのである。
その判断は正しい。
だが、場所が悪すぎた。
パルマ海域は、余りにも狭すぎたのである。
その為、どうしても回避運動は制限されてしまう。
あまりにも自軍に不利なのはわかっていた。
だが、やるべきことをするしかない。
彼はそう考えたのである。
だが、それは攻撃隊もだった。
最初から低空飛行で接近できず、ある程度の高度から一気に低空に入っての雷撃攻撃は難易度が高すぎた。
角度を見余って魚雷が深く沈んでいったり、うまく投下できたとしても大きくズレてしまう。
次々と放たれる魚雷。
だが、一発も当たらず、足止めにもなっていない。
「やっぱ、付け焼刃じゃダメか」
鳥山飛行兵曹長がその様子を見て呟く。
多くがまだ経験不足のものばかりであったからだ。
だが、そんな中、最後の攻撃が始まる。
九七艦攻改を率いた隊長機とそのペアの攻撃だ。
二機は他の機体と違って動きが機敏で、滑るような軌道をしている。
「あれ、諏訪飛行兵曹長ですか?」
馬場二等飛行兵曹の言葉に、鳥山飛行兵曹長は同意を示す。
「おう。相変わらずいい腕してやがる」
諏訪飛行兵曹長は以前は瑞鶴に搭乗していたものの、負傷の為に一度離艦し、毛利艦隊追加派遣艦隊編成の際に招集された数少ない実戦経験のあるベテランの一人であった。
「あいつならやりそうだな」
そう思わず呟く鳥山飛行兵曹長。
最期の二機は、突起に低空に入ると魚雷を投下して左右に分かれて離脱した。
二発の魚雷は、まるで追い込めるかのように敵艦に向かって突っ込んでいく。
必死になって回避行動をする敵艦。
だが、それを嘲笑うかのように完璧な位置と角度。
まさにプロの仕事といえただろう。
そして、二発とも命中した。
どっちか一発は受ける覚悟で割り切ればよかったのだろうが、欲を出して両方避けようとしたのか、あるいは迷ったのか。
どちらにしても最悪の結果であった。
艦首と艦尾に一発ずつ魚雷が命中し、その爆発によって高速戦艦シュペラーム・リンドルフィンは艦の前から四分の一程度の所で折れ、また艦尾の魚雷は機関部と舵を吹っ飛ばした。
流石に場所が艦首と艦尾の為、弾薬庫に誘爆はしなかった為に沈没は免れたものの、高速戦艦シュペラーム・リンドルフィンは足を失い、大きくその場に前方に傾き動きを止める。
それによって続く後続艦艇の動きも止まったり、鈍くなる。
「よっしゃっ。俺らの出番だっ。ここまで場を作ってくれたんだ。外したアホには罰を与えてやるからなっ」
楽し気に鳥山飛行兵曹長が叫ぶ。
「えっと今の、他の機体に伝えます?」
「もちろんだっ。来週支給される甘味は没収だ」
娯楽の少ない船乗りにとって、食べる事は楽しみの一つであり、特に甘味は煙草以上に価値がある。
煙草を吸わないものは結構いるが甘味を食べない者は実に少数で、だから、煙草を吸わないものは支給された煙草を甘味に変えたり、ちょっとした賭け事の掛け金代わりに使われたりしていたのであった。
「そ、それはきつい……」
馬場二等飛行兵曹が思わずといった感じで呟くが、それを聞き、鳥山飛行兵曹長は笑った。
「ようは当てればいいのよ。当てればよ」
そして、後部座席の方をちらりと見て言葉を続けた。
「もちろん、お前も外すなよ」
甘味があまり好きではない鳥山飛行兵曹長と違い、甘いものに目がない馬場二等兵曹にとってその罰は余りにもきついものであった。
「くっ。やりゃいいんでしょうがっ。鳥山さんこそ、下手せんでくださいよっ」
「くはっ。言うようになったな」
益々楽しげに笑う鳥山飛行兵曹長。
だが、すぐに表情を引き締めると、次々と攻撃を仕掛けていく九九艦爆を見て言う。
「よしっ。俺らは最後に行く。いいな、びしっと決めるぞ」
「もちろんですっ。なんせ、次の支給は、保存のきく羊羹なんですからっ」
その無駄に気合の入った口調と熱意に、鳥山飛行兵曹長は苦笑したのであった。
そんな中、次々と九九艦爆がそれぞれ狙った獲物に攻撃を仕掛けていく。
もちろん、前回の作戦で取り付けたサイレンを付けたままだ。
急行が爆撃の際に生じる風を受けて辺りに響く甲高い音。
それはまさに悪魔の叫び声のようだ。
キィィィィィィィィィィィィィィンッ。
連盟の兵達は恐怖にかられ、立ちすくむ。
空の点が段々と大きくなっていき迫ってくる。
それはまるで神話の神の怒りの鉄槌のようであった。
「ひいいいいっ」
あちこちで悲鳴が上がり、座り込む者、神に祈りを捧げる者、うずくまって震える者。
そんな兵の姿に、叫び声を上げる指揮官。
「戦えっ。戦えーーっ」
だが、彼とてどう対処したらいいのかわからない。
今や、先頭を足止めされ、サイレンの音に晒されて急降下爆撃を受ける第三艦隊になす術は無く、回避運動さえも行える状況ではなかったのである。




