日誌 第四十一日目 その3
「さてと…どんな答えを見せてくれるのかな…アッシュは…」
用意された資料を一通り見終わると、視線を窓の外に向けて僕は無意識のうちに呟いていた。
海上を飛んでいる為に景色はあまり変わらないが、波や海の動きを見ているだけでかなりの速度で二式大艇が飛んでいるのがわかる。
「きっといい答えだと思いますよ」
そう言ったのは、向かいの斜め前に座っている東郷大尉だ。
視線をそっちに向けるとにこにこと笑っている。
「だといいんだけどな…」
僕はそう答えて息を吐き出す。
「ご本人がおられないのはそんなに残念でしたか?」
「ああ。いくらアッシュの友人とは言え、初めて会う人には緊張するさ」
そんな僕の言葉に、東郷大尉はくすくすと笑う。
「そんな風には見えませんよ。まるで会えると思っていた友人に会えないとわかってがっかりしているとしか見えないんですけどね」
目を細め、楽しそうに言う東郷大尉。
そんなに顔に出ていたか?
そんなつもりはないんだけどなぁ…。
右手で口と鼻の下辺りを擦り、違う話題を振って誤魔化す。
「それはそうと…きちんと相手には失礼ない対応してるんだろうね?」
「ええ。きちんとやっていると聞いております。ただ、気になることもあるようです」
「気になること?」
「ええ。細かいところは到着次第報告するとのことだったので簡単にしか聞いてませんけど、どうもきな臭い匂いがするそうです」
「それって相手側の方で?」
そう僕が聞き返すと、東郷大尉が真剣な顔で頷いて答える。
「ええ。どうも胡散臭そうな連中がいるみたいですね」
「それは嫌だなぁ…。楽して済ませたいんだよなぁ…」
「それは長官次第だと思いますよ」
くすりと笑って東郷大尉にそう言われて苦笑する。
「皆、僕を買いかぶりすぎたよ。僕はただの素人だよ」
「でも、うまくやってきたじゃないですか」
「それはみんなが協力してくれたおかげの結果でしかない。それを僕の成果みたいに言われてもねぇ…」
そういう僕の膝上の手に、前に乗り出した東郷大尉の手が重なる。
「長官。長官はもう少し自信とか、うぬぼれを持ってもいいんじゃないかと思いますよ。それに、何かあったら私達が全力で支えますから」
東郷大尉の手はほんのりと暖かく、僕の手の方が大きいのに僕の手を包み込むかのような錯覚さえ感じさせる。
「わ、わかった。その時はよろしく頼むよ」
そう言って、誤魔化す為に窓の外の景色に視線を移す。
なんかドキドキして顔が熱いが気のせいだ。
そう自分に言い聞かせる。
「そ、それで、現地には何時頃着きそうだい?」
「そうですね。確認してきます」
東郷大尉の手が僕の手から離れて立ち上がるとコックピットの方に歩き出す。
その後ろ姿をなんか見送っていたら、後ろの席にいた見方大尉に笑われる。
「長官っ、なんかすごく名残惜しそうな顔してますよ」
「な、な、なにっ…。そ、そんな事はないぞ」
僕は慌ててそう言うと、再び資料に視線を落とす。
ただ、今度は、間違いなく自分の顔が真っ赤になっているのがわかる。
だって、耳まで熱くなってしまっているのだから…。
南部基地に到着したのは、夜になってからだった。
もうすっかり日が暮れて、周りは闇に覆われている。
もっとも、雲ひとつない天気の為、月明かりと星の光で、まったく何も見えないわけではない。
王国の使者達を刺激しないように、早めに着水し、結構距離の離れた埠頭に二式大艇を接岸させる。
タラップを降りるとそこには南雲少佐をはじめとする南方方面艦隊の幹部がそろって待っていた。
その歓迎を受けつつ、苦笑して言う。
「今、攻撃されたら南方艦隊は事実上機能不能になるな」
僕の言葉に、南雲少佐は一瞬きょとんとした顔をしたがすぐに苦笑した。
「恐ろしい事を言わないでくださいよ、長官。それにですね、ここで何かあったら、機能不能になるのはフソウ連合海軍全体ですよ」
「いやいや、それはないだろう。山本中将や新見准将もいることだし…」
僕がそう言い返すと、今度は僕の後ろからついてきた東郷大尉が言う。
「いいえ。お二人とも認識が甘すぎます。長官がいなくなったら、フソウ連合自体がガタガタになると思います」
その言葉に、南雲少佐は楽しげに笑う。
「そうですな。大尉の言うとおりですよ。そういうわけで、長官も少しは自覚を持っていただかないと部下として困りますので…」
なぜか最後には、僕の存在が国の命運をにぎっていると言う話になってしまう。
うーーん…。
ここ最近、そんな流ればかりなんだよな。
自覚か…。
でもなぁ。
頑張ってはいるんだけど、たいした事はやってないんだよな。
結果がいい方向に出てるだけで…。
うーーん…。
そう考えた後、諦める。
もういいか。流れに身を任せよう…。
そんな事を思いつつ、南雲少佐の案内で宿泊施設に向う。
ここに来たのは最初の停泊施設の工事視察以来だから、かなり間があいたことになる。
ざっと見た感じ、かなり工事は進行しているようだ。
「大体計画のどれくらいまで進行している?」
「ざっと五割程度でしょうか…」
「まだそんなものか?見た感じ、もっと進んでいるように見えるが…」
そんな僕の言葉に、南雲少佐は案内しつつ答える。
「地上の部分だけなら八割は終わってます。ですが、燃料タンクや備蓄施設といった地下施設の方がさっぱりで…」
「確かに。地下は見た目だけではわからんからな。まぁ、無理せずにやってくれよ?」
「了解しました。それと会場の件ですが…」
足を止めるとこっちを向いて南雲少佐が聞いてくる。
多分、今の基地では国賓に対応する施設がないといいたいのだろう。
だから安心させる為に、僕はその点に関しては手はまわしている事を話す。
「ああ。それは心配しなくていいよ。練習巡洋艦香取を先行させて出航させたからね。明日の朝方にはこっちに着くだろう。その艦で行おうと思う」
「香取…ですか?」
「ああ、南雲少佐は見た事がなかったね。ここ最近、竣工した艦で、士官育成の為に用意した艦船の内の一隻だよ」
「それは構わないのですが、なぜ、香取を?」
「香取は、練習艦として設計されたからね。居住区がかなり余裕がある造りになっているんだ。それに対外的な行事なんかにも参加して賓客をもてなす事が出来るように内装なんかも凝った造りをしている。だから、安心していいよ」
「そうでしたか…」
ほっとしたのだろう。
南雲少佐の顔から少し緊張が抜ける。
「ともかく、今は現状の報告と打ち合わせだ。なんかきな臭い匂いがするとも聞いているからな。出来る限りの事はしよう」
僕がそう言うと、南雲少佐は表情を引き締めて敬礼して歩きだす。
そして、僕達は会議室に向かい、打ち合わせを開始するのだった。




