補給線の戦い
共和国侵攻軍の前線への補給ルートは大きく分けて三つある。
一つは、この国の鉄道だ。
定期的に大量に物資や物を運ぶことが可能で、首都に繋がる鉄道で、バルハトン主線と呼ばれている。
もう一つは、海路である。
前線に最も近いバントコラ軍港で陸揚げし、そこから陸路を使って送るという方法だ。
だが、この二つは、今や補給ラインとしてはほとんど動いていなかった。
バルハトン主線と呼ばれる鉄道だけでなく多く鉄道が、共和国軍撤退の際に部分部分で爆破されてしまっていたのだ。
その上、汽車や貨物車などの鉄道車両や機材もほとんど引き上げられ、連盟の共和国侵攻軍が侵攻してきたときには何も残っていないという有様であった。
しかし、それでも鉄道での大量輸送は魅力的だ。
線路は修理すればいいし、汽車や貨物車、機材等も本国から取り寄せればいい。
最初、誰もがそう思ったが、しかしもう一つ問題があった。
共和国と連盟では、鉄道の規格が大きく違っていたのである。
その為、線路を修復して鉄道車両や機材を本国から持ってきた後、規格をこっちに合わせるか、線路を一から作り直し、本国から持ってきた鉄道車両や機材を使うかという選択に迫られたのである。
それは、間違いなくとんでもない時間と資材が必要となる。
それに一気に侵攻が進みすぎた。
このまま一気に共和国を陥落させられるという雰囲気もあったためだろうか。
その結果、鉄道に関しての問題は後回しとされてしまい、手つかずのままであった。
そして、二つ目の海路である海上ルートは、先の共和国海軍を始めとする支援国海軍で構成された連合海軍によるバントコラ軍港攻略戦により、港も被害を受け、溜めていた物資の多くも失うこととなってしまった。
また、輸送船団もその際に大きな被害を受けてしまっており、追加の補充がうまくいっていない。
理由としては、連盟は数多くの大型輸送船や大型商業船を保有していたが、大型中型の程度のいいものや新造船は、一気に海上戦力増加を狙った海軍によって仮装巡洋艦に改修されて軍に徴集されてしまっている為、本来の輸送で使用する艦船が不足気味であった。
三つ目の残されたもう一つの補給ラインは、道路を使った陸路のみであったが、ここも問題がある。
主要街道は広く、多くの馬車やトラックが行き交うのに問題はない。
だが、それでも鉄道や海路での補給に比べれば大きく劣ってしまうし、その途中にある橋は破壊工作で何度も壊され、森の中を通る場所は襲撃を受けることがしばしば発生する。
それらの工作は、各地に潜伏した共和国軍の残党と連盟軍に対してよい感情を持っていない多くの共和国国民によって引き起こされた。
勿論、連盟軍もただやられっぱなしではない。
本来なら王国侵攻を目的とした陸上戦力を、共和国侵攻に投入し、後方警戒に当たらせたのだ。
当初の予定より、かなり警戒は出来ていたし、対応できるはずであった。
しかし、そう予想通りとはならなかった。
王国侵攻軍には確かに王国に対しての地理や情報は与えられていた。
しかし、反対に共和国に関しての情報はほとんど与えられていなかったのである。
それは急に作戦変更になってしまった弊害であり、また二つの軍団は連携がとれてなかったのも大きかった。
その為、全てにおいて後手後手となってしまい、対応が大きく遅れていた。
その上、部隊の士気も高くなかった。
それはそうだろう。
王国の鼻をへし折り、我らの強さを示そうと意気揚々と戦場に向かったら、いきなり戦場ではなく、共和国侵攻軍の後方の警備に当たる事となってしまったのである。
それは面白くないだろう。
それに共和国侵攻軍が当初、とんでもない侵攻スピードで侵攻していた事も妬みとなっていた。
我々だって、本当なら……。
そういう思いは誰もが持っており、それは二つの軍のお互いへの軽視と敵対になるのに時間はかからなかった。
だから、表向きは強力な対応をしていたものの、裏では手を抜き、足引っ張ろうとしていたのである。
また、連盟軍内部の問題だけではない。
共和国国民の多くが連盟軍に対していい感情を持っておらず、共和国軍残党を裏で全面的に支援していたのも大きかった。
その為、被害はより大きくなり、その結果、連盟軍内部での前線と後方の対立もより大きくなっていく悪循環になってしまっていたのである。
「おい、目標だ」
双眼鏡を覗いていて男が、向こうの方からやってくる馬車の一団を発見して口を開く。
その報告に、隣で聞いていた兵が後方に向かって手旗信号で合図を送った。
すぐに反応が返ってくる。
「数はわかるか?」
その問いに、「ちょっと待て」と双眼鏡ほ覗いていた男が言った後、言葉を続けた。
「大体だが、大型馬車十。護衛は騎馬六、歩兵は十二ってところか……」
その情報もすぐに後方に知らせられた。
その情報を受け、共和国軍第303遊撃隊を指揮をしているタッタラード・メイペラン大尉はニタリと笑みを浮かべた。
「獲物が来たな。各自油断するなよ」
その言葉に側にいた副官がニヤリと笑う。
「勿論でさぁ」
二人共、いや、第303遊撃隊のほとんどが髭の手入れなどをしていない為だろう。
また軍服を着崩している為、どう見ても山賊にしか見えない。
だが、それは髭の手入れをのんびりするほどの余裕がないという事でもあった。
だが、それでも彼らの部隊の士気は高い。
祖国の為、仲間の為、家族の為。
色んな理由があるだろうが、彼らは使命に燃えていた。
それに、メイペラン大尉はこういった戦いを得意としており、今までの戦いでの手際の良さと勝利を知っているだけに兵達も安心して信頼しているのも大きかった。
「罠の方は?」
「ばっちりでさぁ」
その物言いに、メイペラン大尉は眉を顰める。
「おい。いい加減、その物言い止めろ。まるで山賊みたいじゃないかっ」
「いや、でもやってること山賊みたいなものですよね?」
その副官の笑いつつ言われた言葉に、メイペラン大尉は苦笑する。
今の自分らの格好や作戦を考えれば似たようなものと感じたのだ。
「まぁ、似たようなものだな」
そう言った後、楽しげに笑う。
「しかしだ。我々は私利私欲のためにやっているのではない。その点は大きく違うぞ」
「じゃあ、義賊って感じですか」
「ふむ。いいな。それ」
そんな会話をしていると、また信号が送られてくる。
「どうやらそろそろのようですね」
副官がそう言って表情を引き締める。
「ああ、連中に一泡吹かせてやるぞ」
そう言って、メイペラン大尉は楽し気に笑ったのであった。
メイペラン大尉の指示を受けて、兵士達は表情を引き締める。
そして、街道沿いの森の中で待機し、攻撃を今か今かと待っていた。
余裕のある手慣れた様子からもう何度も成功させているのが感じられる。
そんな待ち伏せがあるとは知らず、警戒しつつではあるが輸送隊が近づいてくる。
そして、森の中を突き抜けるような場所にさしかかった時だった。
先行の三機の騎馬が通り過ぎた後、大きな音が辺りに響く。
戦闘の馬車がひっくり返る音だ。
三機の騎馬の後に、地面に埋められていた罠が発動したのである。
ただ両脇からロープを張るだけのシンプルな罠。
しかし、ロープは地面に埋められ偽装されており、また張られるタイミングが絶妙だった。
まず、ロープに引っ掛かって馬が倒れ、その勢いに引っ張られる形で馬車の方も変な方向に力が入り倒れてしまったのだ。
先頭の馬車が倒れて、後ろに続く馬車が慌てて止まる。
それと同時に兵士の声が響く。
「敵襲だーーーっ」
兵士達が周りを警戒するがそれよりも早く周りから銃撃か始まった。
次々と襲い掛かる銃弾に、馬車と並走していた歩兵や騎馬は反撃する暇もなく次々と倒されていく。
先行していた騎馬が慌てて戻ろうと踵を返すも、それを狙って前方の斜め前から別動隊の攻撃が始まった。
その為、先行していた騎馬三騎もあっけないほど倒されてしまう。
そんな中、最後尾の馬車が逃げようとしたものの、今度は後方の斜め前から別動隊が襲い掛かった。
つまり、袋の鼠となってしまっていたのだ。
そして、戦闘は十分もしないうちに終わった。
「よしっ。こっちの被害は?」
「一人軽傷ですが、それ以外は被害はありません」
副官の報告に、メイペラン大尉は苦笑する。
「そうか。当たったやつは災難だったな」
そう言った後、「生存者がいないか確認。あと、物資はいつも通りだ」と命令する。
いつも通り。
弾薬や武器関係はこっちで没収し、必要な分の物資以外は、すべて近辺住民に渡せと言う事だ。
「了解しました」
そう言った後、ほっとした表情で副官が言う。
「これで、あの村の連中、冬を越せるめどが立ったんたじゃないんですかね」
「ああ。そうだといいな」
メイペラン大尉はそう言うと難しい顔をした。
あの村とは近くにあるライホラブという村のことであり、連盟軍の現地調達という名の略奪によって冬が越せるかどうか怪しい状況に追い込まれていたのだ。
これで安心というわけではないが、少しはマシになっただろう。
そして、そんな事が繰り返されていき、いつしか第303遊撃隊は、ルパーデンフ地区を主に戦場として活躍した為に『ルパーデンフの義賊』と呼ばれるようになっていたのであった。




