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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十八章 共和国 対 連盟

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孤立

「くそっ。味方は何をしているんだっ」

段々と遠くになっていく戦いの音に、クラブス大尉は怒りの声を上げた。

戦いの音が遠くなっていくという事は、味方が遠ざかっていくという事に他ならない。

ここまでお膳立てをしてやっているのに何をやっている。

味方がここまで無能だったとは……。

心底そう感じ、怒りは諦めの色へと変わるのに時間はかからなかった。

彼らは知らなかったのだ。

航空機による支援攻撃で補給基地及び中継所と司令部の一部が攻撃され、前線の支援物資や補給の大半を行うバントコラ軍港が襲撃された事を。

その結果、蓄積していた補給物資の八割近くを失い、また補給手段である輸送船団もかなりの被害があった。

もしこのまま戦い続けて防衛ラインを突破したとしても、その後は補給不足で進撃できずにそれどころか反撃できないまま叩き潰される恐れすらあった。

軍という組織は、補給がなければ何も出来ないのである。

食糧がなければ兵を養えず、弾薬や弾がなければ攻撃どころか身を守る事さえできない。

その上、季節は十二月末。

寒さが本格的になってきているのだ。

衣服の準備もしなくてはならない。

実際、クラブス大尉の部隊は防寒着など最優先で支給されてはいたが、補給が滞り始めていた為に他の部隊はまだまだ支給が終わっていない部隊もあるのである。

深々と冷え込む季節、それも雪が降り積もる中、防寒着なしではとんでもなく兵の負担は大きい。

その上、凍傷などの事も考えねばならない。

戦闘力を保つのも大変なのである。

そう言った事もあり、断腸の思いで攻撃は中断されて撤退を始めたのだが、クラブス大尉の部隊には無線もなく、命令が届いていない。

その上、敵の攻撃に対しての被害を少なくするため、最後尾の防衛ラインを攻撃した後は、部隊を防衛ラインから離れた近くの森に移動させていた。

その判断は正しかったというべきだろう。

いくら不意を突いたとはいえクラブス大尉の部隊は少数であり、発見されある程度の戦力でごり押しされればあっという間に壊滅しただろう。

だが、移動して森の中に潜むことで部隊を温存し、敵の後方戦力の一部を長時間引き付けておくことが出来るのだから。

共和国側としても、後方に敵部隊が潜伏しているという事態では全戦力を前線に回すことはできない。

いつまた攻撃されて混乱させられてはたまったものではないからだ。

その為、かなりの戦力が離脱したクラブス大尉の部隊に対応している。

だから、クラブス大尉としては早く防衛ラインを突破した部隊と合流したかったのである。

しかし、事態はクラブス大尉の希望とは裏腹な方向に進み始めた。

森の入り口で警戒に当たっていた兵が報告してくる。

「不味いです。敵の部隊がこっちの方に向かってきます。数はざっとこっちの倍はいますかね」

その報告に、クラブス大尉は眉を顰める。

いくら森の中に隠れているとはいえ見つかるのは時間の問題であろう。

そうなると森の中にいるというのはある程度有利ではあるが、それだけだ。

恐らく近くに展開している敵部隊はそれだけではないだろう。

遠ざかっていく戦闘の音。

つまり、自分らは敵陣地の中で孤立しており、味方は救援には現れないという事を示している。

だがどうすべきか……。

クラブス大尉はしばらく考え、そして命令を下す。

「敵に発見されないように、森の中に下がっていくぞ」と。

彼は時間稼ぎを行う事を選択したのだ。

無能である味方がもしかしたら防衛ラインを突破してくれるのではないかという僅かな期待を持って。

それは本当にわずかな希望であり、クラブス大尉は神に祈るしかもう手は残されていなかった。



その場をなんとかしたものの、状況はますます悪化しているのがクラブス大尉もわかった。

夕方を過ぎ、夜の帳が降りようとしている頃になると戦いの音はほぼ聞こえなくなったのだ。

「どうします?」

副官がそう声をかけてくる。

彼としても不安なのだろう。

それは言い変えれば、兵達はより不安だという事に他ならない。

「各自、携帯食を取って順に休ませろ。火は起こすなよ。それとだ……」

そこまで言った後、クラブス大尉は一旦言葉を止める。

それは躊躇しているという事だ。

しかし、ふーと息を吐き出した後、言葉を続けた。

「明日になっても味方が辿り着かないようなら降服する」

それは断腸の思いであった。

うまくいっているという思いから一転、孤立無援という絶望の状況に落とし込められ、クラブス大尉自身ももう手がないと思っていたためである。

「しかし、降服するのはいいのですが、戦わずにですか?」

副官が思わずといった感じで聞いてくる。

「ああ、ただし、明日の状況を見てからだ」

あくまでもそう言う。

彼とて降伏はしたくない。

彼らは侵略者だ。

その上、共和国人と連盟人の憎しみや確執もある。

いくら国同士の取り決めで捕虜に対しての対応も決められているとはいえ、多々としてそうならないことはいくらでも想像できたし、話も聞いている。

だが、死ぬよりはマシだ。

その思いがあるからであった。

ほとんどの指揮官は、最後の一兵までとか言い出すだろう。

部下の命を、兵の命を軽く見ている指揮官が多いのだ。

そんな中で、自分が死にたくないだけかもしれないが、それでも降服を選択する。

そして、その判断をしたクラブス大尉に副官はこの人の部下で良かったとつくづく思う。

「はっ。了解しました。夜間は出来る限り見つからないように警戒させておきます」

夜間の戦闘は、視界が遮られる分、降服を示してもわからない場合がある。

だからこそ、夜間の戦闘は避けたいという思いがあった。

「ああ。その方がいいな」

クラブス大尉は副官の思考を読み、そう告げる。

こうして、クラブス大尉が率いる部隊は、夜の森の中で息を潜めて身を隠し続けたのであった。



「まだ敵は発見できないのか?」

共和国防衛ラインの統括総指揮官であるマクトーラ中将にそう聞かれ副官はただ眉をひそめて首を横に振る。

「くそっ。うまく隠れてやがる」

そう呟く。

フソウ連合の航空支援とバントコラ軍港攻略作戦のおかげで何とか防衛ラインをギリギリで死守できた。

その上、敵は後退を始めている。

恐らくかなり後方に下がるだろう。

補給が滞っていては、戦いにもならないはずだからだ。

だが、それでも後方に敵が残っているのは今後の事を考えれはなんとしても排除すべきであった。

それにどこから後方に回り込んだのか調べなければならない。

連中は、ポンとそこに生えてきたわけではないのだから。

恐らく我々が知らない侵入ルートがあるはずである。

そこを突き止めなければならなかった。

だから、マクトーラ中将は副官に厳守させるように指示を出す。

「いいかっ。発見してもすぐに戦闘に入るな。絶対だ。距離を置き、じりじりと追い詰めておくだけでいい。連中には聞いておかなければならない事があるからな」

「しかし、がむしゃらに攻撃した時はどうしましょう?」

副官の言葉に、「ああ、その時は仕方ねぇ。皆殺しにはするなよ」とだけマクトーラ中将は返事を返す。

彼にしてみても、そうなる可能性は高いと思っていたのである。

だが、それでも状況を読める指揮官ならば、戦闘よりは降服を選択するだろうと思っていたのだ。

ましてや、敵の裏をかき、後方から奇襲をかけてくるような指揮官ならばと。



そして、翌日、十五時三十二分。

クラブス大尉率いる部隊は、警戒していた共和国軍に発見されるとすぐに降伏したのであった。

その際、まったく戦闘は行われず、一発の銃声も響くことはなかった。

それは、双方の思考が一致した結果でもあった。

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