会見 その2
その日の夕食にフソウ連合から差し入れられたものは、縦十五センチ、横二十センチ、深さ五センチのアルミ製の蓋のついた箱であった。
その箱がざっと三百ほど運び込まれる。
「あ、弁当箱は返却をお願いします」
納入を指揮した青木少尉はそう言って笑う。
「これは…なんなんでしょうか?弁当箱っていのうは?」
ミッキーは不思議そうな顔で聞く。
「あ、弁当箱っていうのは、このアルミ製の箱のことです。我々では、食事を持ち運ぶ時に使用するんですよ。中に料理が入ってます」
そう説明を受け、要は食事を入れるための入れ物のことだとわかったものの、今度はその中身が気になってくる。
我慢できなくなって中身を聞こうと思ってミッキーが口を開こうとするが、それを阻止するかのようにまた次の荷物が現れた。
高さ十五センチ、直径は八センチ程度の円筒の透明なガラスのコップのような入れ物にアルミで蓋が付けられた代物で、中身は透明な液体が入っている。
それがいくつかまとまって隙間の空いた枠だけのような木箱に入れられており、次々と運び込まれていく。
おそらく、弁当箱と同じ数ほどか、それよりも多めにあるのだろう。
それを指差しつつ、青木少尉が言う。
「せっかくですから、清酒の方も用意しました」
どうやらこっちの方は、酒らしい。
しかし、透明な水のような酒は初めてだ。
不思議そうに木箱から出したその円筒のガラスコップみたいなものを触っていたら、ここはこうして開けるんですよとレクチャーを受ける。
「あ、ありがとう…」
なんとかそういうミッキーに、青木少尉は笑いながら言う。
「十月二十八日ですから、中秋の名月は過ぎましたが、甲板で月でも見ながら飲む酒は格別ですよ」
そして、「ではお楽しみください」と言って笑いつつ立ち去っていった。
「どうしますか?」
カッシュ中尉が興味心身といった感じで聞いてくる。
「そうだな。まずは、弁当箱とやらの中身を確認するか…」
ミッキーが恐る恐る弁当箱の蓋を取る。
すると、中はアルミの板で三つに区切られており、それぞれに料理が盛られていた。
一つの区画は、衣をつけた鶏肉を揚げたものになにやらタレみたいなものと薬味と思われる緑色の野菜の刻んだものが振りかけられている。
そして、もう一つの区画は、野菜と肉を炒めたもの。
最後の区画には、生野菜のサラダとマッシュポテトだった。
「おおお…すごいですね…」
「これは…なかなか…」
弁当の中身を覗き見たカッシュ中尉とイターソン大尉が驚きの声を上げる。
それはそうだろう。
実にうまそうな二品と、生野菜を使ったサラダという贅沢な一品が一つの入れ物に上品に盛られているのだから。
特に本国において新鮮な生野菜は高価なものであり、さらに航海中は新鮮なものをまったく食べれない船乗りなら誰だって感嘆の声を上げてしまうだろう。
ただ、一人、スルクリン男爵だけが、弁当箱の中身を見た後、鼻を鳴らしてその場を離れる。
要は気に入らなかったらしい。
だが、そんな事はどうでもいい。
「よしっ。艦内にいる全員に告げる。せっかくの差し入れだ。皆でいただこう。動けるものは甲板に集まれ。酒宴だ」
ミッキーの号令が艦内で放送され、手の空いた兵や差し入れに興味がある者が甲板に集まった。
各自に弁当箱と酒の入った瓶が割り当てられる。
まずミッキーが教えられたままにコップの蓋を外す。
それを皆マネをして外していき、清酒独特のふくよかな香りが辺りに漂う。
全員が外し終わった事をミッキーは確認して口を開く。
「みんな、用意はいいかっ。まずは。無事フソウ連合につけた事を皆感謝する」
そう言ってミッキーがコップを掲げて叫ぶと、「「「おおおーーっ」」」とその場に集まっていた兵たちもコップを掲げて叫ぶ。
「それとこれからの交渉の成功を祈ってっ…」
そして、皆一斉に叫ぶ。
「「「「万歳っ!!」」」」
そしてそれぞれ思い思いに清酒を口に含む。
口の中に独特のさらりとしながらも力強い味が広がっていく。
「おおおっ…うまいぞ」
「これは変わった味だ…」
「見た目から感じるよりアルコール度数がきつい感じだな」
飲んだ兵士達からいろんな感想が口に出る。
エールやビール、それにスコッチといった母国の酒とは違う味を味わう。
そして、次に口に運ぶのは料理だ。
「むっ…こりゃ、揚げた鶏肉に甘辛いタレが絡まって実にいいぞ。酒のつまみには最適だ」
「おう。だが、こっちの肉と野菜の炒め物もいいぞ。ピリ辛だが、これも実に酒に合うじゃないか」
「うまい、うまいぞ」
「しかし、この生野菜のサラダ…。こんなのは初めてだ」
「当たり前だ。生野菜なんて新鮮なものは、ある程度金持ちじゃないと食えないからな。それをこうも惜しげもなく使うとは…」
「このマッシュポテトもいい味じゃないか」
どうやら料理の方も皆楽しんでいるようだった。
ミッキーも酒と料理を味わい、空を見上げる。
そこには、雲ひとつない夜空が広がり、星の光と月明かりがあたりを照らしている。
実に幻想的だ。
「いいな…こういうのも…」
「ええ。なかなか粋な計らいですな」
イターソン大尉がそう声をかけてくる。
「そう思うかね?」
「ええ。よく相手の事を考えていると思いますよ。長い航海で疲れ、何が起こるかわからない地で不安でいるところに、酒と料理の差し入れですからね。そりゃ、兵士達からしてみれば、ホッとできる瞬間でしょう。それに…」
そこまで言ってイターソン大尉が苦笑する。
「こう言ったら何ですけど、『同じ釜の飯を食った』感がするじゃないですか」
「確かに。彼らも今頃は同じ食事を食べているかもな…」
ミッキーの言葉にイターソン大尉が豪快に笑う。
「それだとますます親近感が沸きますな。仲間といった感がして明日の交渉が問題なく進むような気がしますぞ」
酒が入っているためか、普段は寡黙なイターソン大尉が実に饒舌だ。
普段のとっつきにくそうな態度と違い、酒の席では実に話しやすくて親しみが持てる。
一度、本国に帰ったら一緒に飲みに行ってみるか。
そんな事を考えつつ、ミッキーは「ああ、そうなって欲しいよ」と言って頷いた。
だが、その酒宴に全員が参加したわけではなかった。
「なんだ、あんなものに騙されよって」
「本当だ。何をやっているのか」
「相手は敵だぞ。それを…」
それぞれ文句をいい、その光景を艦内からスルクリン男爵と彼の仲間達が憎々しげに見ている。
「ふんっ。あんな男が代表では、相手の思うようになってしまうぞ」
取り巻きの一人が呟くように言う。
「そうだ、そうだ」
「やはり、代表はスルクリン男爵でなければ…」
その場にいた全員の視線がスルクリン男爵に集まる。
満更でもない表情を見せた後、スルクリン男爵はニタリと笑う。
「そうだな。あの男では、うまくいくまい。我こそがこの件をうまくまとめて見せようぞ」
その宣言に、その場にいた者達がわっと盛り上がる。
「しかし、どうやって?」
「何、ちょっとした小細工をするだけよ」
そう言って、スルクリン男爵はポケットから小瓶を取り出し、皆の前で見せてみせる。
「まさか…毒殺を?」
「いいや。まさかそこまではしない」
そう言いつつ、ポケットに瓶をしまう。
「だが、交渉の場にいなければいいだけのことよ」
くっくっくくっ…。
スルクリン男爵は、含み笑いをすると仲間達に計画を話し始めたのだった。




