日誌 第二日目 その2
朝食を食堂で済まして長官室に戻ってきた僕らを待っていたのは、四人の男性だった。
一人は、参謀本部長の新見大佐だ。
そして参謀本部長の一歩後ろに並ぶ三人は始めて会う。
一人は新見大佐と年は変わらないくらいだろうか。
しかし、新見大佐が髭を生やしているのとは対照的に髭もなく、頭も坊主頭に整えられている。
そして、印象的なのはその目だ。
優しい感じの目なのに、その中にはぴーんと緊張が走っている。そんな感じだ。
まるで鞘に収まっている日本刀といった印象を受ける。
そして横に並ぶ二人は、一人目とは違い対照的に若い。
多分、年は二十代半ばか後半くらいだろうか。
一人は髪を短く刈り上げており、どちらかと言うとスポーツマンというか体育会系にいそうな感じの男性だ。
そして、もう一人は肉付きが良い少し太めの丸眼鏡をかけた男性で、軍服を着ていなかったら多分普通の人込みの中に紛れ込んでしまい、目立たないんじゃないかと思う。
だからこそ、そういう人物が軍服を着ているということで違和感みたいなものを感じてしまう。
「おはようございます。鍋島長官」
新見大佐が挨拶をしつつ敬礼する。
それにあわせて後ろの三人も敬礼しつつ挨拶をする。
「「「おはようございます」」」
僕も足を止めて敬礼しつつ挨拶を返す。
そして長官室のディスクに向かわずに、中央にあるソファーに座った。
四人が驚いた顔で僕を見ている。
横では東郷大尉が苦笑しているようだ。
「ああ、まずはソファに座ってくれないか?ほんの何日か前まではただの民間人だからな。ソファーの方が落ち着くんだよ」
僕はそう言いつつ、座るように進める。
四人はそれぞれの顔を見合わせた後、まず最初に新見大佐が少し苦虫を潰したような顔でソファーに座る。
そして、その後、年配の男性が楽しそうに目を細めて座り、慌てて若い方の二人が座った。
全員が座ったことを確認して新見大佐が何か言いかけだが、僕がそれを制して言う。
「もっと長官らしくしろってことだろう?わかっているよ。でもね、いきなりは無理だし、それにこれが僕流なんだ。もう少し長い目でお願い出来ないかな?」
ため息をわざとらしく吐き出した後、新見大佐は「わかりました」と短く答えた。
「それで、今日は艦隊人事の件についてかな?」
僕の問いに気分を変えたのか新見大佐は頷くとそれぞれを紹介し始めた。
「あ、立たなくていいからね」
立ち上がりかけたのでまずはそう言っておく。
「おほんっ…」
新見大佐がわざとらしく咳払いをして場を切り替える。
「では…。右から、山本平八准将。次が南雲石雄大尉。最後が的場良治大尉です。」
名前を言われるとそれぞれが頭を下げる。
それにあわせて僕も頭を下げた。
なんか少し驚いた表情をしていたが、まぁ、軍人らしくないという事なんだろうな。
それはスルーしておいてくれと願う。
そして、全員の名前が言われた後、バインダーが渡されて新見大佐が各自を紹介し始める。
僕はそれを聞きつつ、バインダーを開き、中身を確認する。
どうやら、各自の経歴や成績。
それに、この基地や艦隊の組織などの人事資料のようだ。
「山本准将は、長官が着任されるまでこの基地と艦隊を任されていた方です。ですから、今回の作戦の艦隊司令を任せられると思います」
「なるほど、そういう方なら任せてもいいと思う。ところで、今、この資料を見て気がついたんだが最高位が山本准将と言うのはどういうことかな?」
僕の問いに新見大佐が何か言う前に、山本准将が答える。
「一応、我々は唯一のフソウ連合の海軍ですが、正式に他の地区に認められたわけではありません。現状は、フソウ連合マシガナ地区海軍と言ったところですかな…」
「なるほど、だからあえて階級は抑えてあると…」
「そういうことです」
山本准将は楽しそうにそう答える。
つまりは、あくまで今の我々は地方軍であって国の海軍ではない為、もし国の海軍になった場合、階級を埋めてしまうと他の地区の人材が入れず、或いは将官ばかりが増えて兵が少ないといったトラブルになると考えているようだ。
確かに余裕があるにはこした事はないが、良くそこまで考えているものだ。
「これは誰が決めたのかな…」
「彼ですよ…」
新見大佐が苦笑しつつ、山本准将を見る。
山本准将は、僕の反応を待っているのだろうか。
じっと…まるで何が出て来るかワクワクしながら待っているような表情で僕を見ている。
多分、試されているのだろう。
しかし、ここは色々着飾った言葉はいらないと思う。
だから、僕は素直に頭を下げた。
「ありがとう。よくやってくれた。先の事を考えてくれる人物が傍にいるのはすごく頼もしいよ。これからもよろしく頼む」
「はい。光栄です」
僕の言葉にまんざらでもない表情で返事を返す山本准将。
そして言葉を続ける。
「一つ質問してよろしいでしょうか?」
「ああ、構わないよ」
「前夜あなたは一個水雷戦隊だけで敵を叩くとおっしゃいました。なのに、二個戦隊、二個水雷戦隊を出撃させるのは本当に念のためだけなのでしょうか?」
山本准将は僕の心の奥を覗き込むかのように僕を見据えた。
どうやら僕の考えに気がついているようだ。
それに艦隊司令として頼むのだから話しておくべきだろう。
僕はその視線を受けつつ答える。
「もちろん、それだけじゃないさ」
その僕の言葉に新見大佐、山本准将はニタリと笑い、南雲大尉と的場大尉は興味津々と言ったところだ。
「敵がちょっかいを出してこなかったときは、艦隊を見せることで議会を説得するつもりだったんだよ。それに敵が動いてちょっかいだしてきた場合は、敵を倒した後にフソウ連合にもこれほどの軍事力があるというのを地域の責任者や関係者、それに国民に艦隊を見せ付けるつもりでいたからね。まぁ、そんなところかな」
「だから、戦艦や重巡まで引っ張り出したと…」
「そういうこと。ただ、全部出さなかったのは、昨日も言ったとおり、何かあったときの保険のためだよ」
僕の言葉を聞き、山本准将は笑顔を浮かべて敬礼しようとしたが、その手を止めると苦笑しつつ僕に右手を差し出した。
「あなたにはこっちの方がいいようですな」
その手を強く握り締めて僕は言う。
「公式の場は礼にのっとってやりますが、今は公式の場ではないのでありがたいですよ」
「面白い方だ、あなたは…」
そう言った後、手に力を入れて山本准将は宣言した。
「今から、貴方のために私も微力ながら全力を尽くしましょう」
どうやら、僕の言葉は彼の合格ラインを超えたようだ。
握手を終えると新見大佐が口を開いた。
「では、艦隊司令は山本准将にお任せするとして…」
そこで言葉を切って僕を見る新見大佐。
「直接戦う事になる水雷戦隊の司令官に二人を推薦したいってことかな?」
「はい。一応、予定としては第一水雷戦隊のみが戦う予定ですが、もしかしたら、第二水雷戦隊が戦う事もあるかもしれませんので…」
確かに。
敵が動く場合は、それに合わせていくつか網を張る必要はある。
そうなると一つの艦隊だけでは対応できない。
新見大佐が地図を広げる。
「連中が動かなければ問題はないのですが、もし動いた場合は二つのルートが考えられます」
そう言いつつ、地図に赤い色鉛筆で線を書き入れる新見大佐。
敵の進行ルートの予想らしい。
「敵はこっちの都市の位置関係は?」
「おそらく、あまりわかっていないと思われます。よって、私は海岸線を行くこちらのルートを予想しています」
そう言って、島の手前に書かれたルートをとんとんと鉛筆の先で叩く。
今まで鎖国でほとんど情報は持っていないということだろうから、新見大佐の意見は正しいだろう。
僕が艦隊司令官なら十中八九そうするだろう。
だが、そうしない場合だってゼロではない。
念のために沖の方を通る可能性だってある。
「動向をチェックしている二式大艇から連絡は?」
僕は後ろに立っている東郷大尉に声をかける。
食事の時に渡されたレポートをチェックし終わっていた大尉は、「今のところ動く様子はないようですね」と返事を返してくる。
早く動いてくれれば、こっちも動きが読めるのだが…。
「山本准将ならどうするね?」
「そうですね。この地域までは全艦隊で行動し、この周辺に入るときに第一水雷戦隊を海岸沿いに、第二水雷戦隊をもう一つのルートに向わせる配置でどうでしょうか?後の二戦隊は、会議のある街の沖で待機でしょうか…」
「敵が動かなかった場合は?」
「その場合はこの地点で第二水雷戦隊は待機し、予定通り第一水雷戦隊でお相手するということで…」
「そうだな。後は…現場の臨機応変にお任せするしかないな。それとどちらが第一水雷戦隊を指揮する予定だい?」
僕の問いに南雲大尉が手を上げる。
「自分が第一水雷戦隊指揮を任せられております」
「そうか。戦果を期待するよ」
「はっ、ありがとうございます」
そう言って敬礼しかけて…少しどうすべきか迷った後、頭を下げる南雲大尉。
なんか困惑してるな。
申し訳ない。
「第二水雷戦隊は今回は脇役となってしまうが、もし何かあった場合は、君が頼りになる。しっかり頼むぞ」
「はい。ありがとうございます。ご期待に沿えるようにがんばります」
そう言って的場大尉は頭を下げた。
「では、艦隊は早速出航してくれ。私は、こっちの用事を済ませて二式大艇で合流する予定だ。よろしく頼む」
そう言って立ち上がると敬礼する。
それにあわせて座っていた全員も立ち上がり敬礼を返してきた。
そしてそれぞれの命令に従って行動を始める。
それを目で少し追った後、東郷大尉の方を向いて聞く。
「次は三島さんとの打ち合わせだったね。時間大丈夫?」
「はい。問題ありません。少し余裕があるくらいです」
「まぁ、優秀な人たちばかりで思っていたより早く話が終わったからね」
僕がそう言ってソファに座りなおすと東郷大尉は何枚か持っていたボードの一枚を差し出す。
「三島さんとの打ち合わせの資料です。目を通しておいてください」
「ああ、ありがとう」
そう言って受け取りつつ、大尉の優秀さに驚いていた。
「事前に準備を?」
「ええ。少しでもお役に立てればと思いまして…」
うわー。
秘書としては実に優秀だ。
ありがたいなぁ…。
そんな事を思いつつ、僕は渡された資料に目を通し始めたのだった。