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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十七章 胎動

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それぞれの動き

幾つかの蝋燭の灯りが浮かび上がる薄暗い部屋に老師が豪華な椅子に座って目を閉じている。

瞑想しているのだろうか。

リラックスした身体は、半分椅子に身を任せながらも背筋を伸ばしており、規則正しく吐き出され、吸われている息がそれを物語っている。

そして、その老人の前には、何人もの人影が佇んでいた。

その中の一人が一歩前に出ており、言葉を発する。

「以上を持ちまして、サネホーンのほぼ七割を完全に我々の支配下に置くことに成功いたしました」

その言葉に、老師は目も開けず淡々と答える。

「計画通りにうまくいったようだのう」

「はい。敗戦続きという事もあったでしょうが、やはり人ではないものに支配されているというのが大きかったのではないのでしょうか」

その言葉に、老師は少し口角を吊り上げた。

「ふむふむ。その通りよな。それで、巫女とやらは確保できたのか?」

「はっ。確保できました。しかし、残念ながら我々が踏み込んだ時には、魔術に関しての多くの資料や書籍等は破棄されてしまっており、ほんの一部しか回収できませんでした」

その報告に、老師の口角がピクリと動く。

「構わん。どうせ全部破棄処分する予定だったのだからな。それに巫女とその関係者も処刑しろ。公開処刑だ。サネホーンを迷わせた者達として」

その言葉に、人影の一つがビクンと反応した。

その反応に、老師は気が付いたのだろう。

「どうかしたかな、マローン」

そう聞かれ、マローン・リジベルトは慌てて返事を返す。

「い、いえ、何も……」

そうは言ったものの、魔術を探求する事にとって自分達の知らない異国の魔術に関する情報は喉から手が出るほど欲しいものだ。

それを完全に破棄し、関係者を処刑すると言われ、動揺したのである。

だが、老師の考えは絶対であり、どうする事も出来ない。

ただ、我慢するしかない。

そんなマローンの思考がわかるはずもなく、老師は聞き返す。

「ふむ……。そう言えば、次の召喚の準備は進んでおるのか?」

「はい。進んでおります。今度は一隻ではなくある程度の規模の艦隊を召喚しようと考えております」

「ほう……」

「一隻であのような戦いが出来たのです。これが艦隊を組んだとなれば……」

その言葉に、老師は目を開きニタリと笑った。

「ふむふむ。楽しみなことよ」

その笑みを見て、マローンは口を開く。

「つきましてはお願いしたいことがございます」

老師の右眉がピクリと動く。

「ほう……。なにかな?」

「はっ。よろしければ、捕獲できた巫女と関係者を我々に譲っていただけないでしょうか?」

老師は黙って、マローンを見る。

その視線を受け、マローンはブルりと背筋を震わせるものの、説明を求められていると判断して言葉を続けた。

「次の召喚は前回の比ではない多くの贄が必要になります。それで、その際に巫女とその関係者を使いたいのです。彼らは間違いなく強大な魔力を持っております。それを使う事でより儀式は成功する確率が高くなるでしょう」

その言葉は間違っていない。

魔術師を贄に召喚する。

それは帝国の魔術師ギルドでは普通に行われていた事でもある。

実際、帝国に召喚された多くの艦艇は、そうやって召喚されていた。

もっとも、前回は一般市民の命を贄にしたため、たった一隻を召喚するのに街一つの人命が必要であった。

これが艦隊ともなれば、どれだけの人命が必要になるかわからない。

だからこそ、魔力の高い魔術師をただ殺すのではなく贄に使うのは理に適っているのである。

しかし、理由はそれだけではない。

召喚儀式までには時間がかかる。

その間に、彼らから少しでも魔術の情報が得られたらという考えがあった。

いや、どらちかというとそっちの理由が大きいと言えた。

魔術の知識と技術は、長い年月をかけて蓄積されたものである。

それを考えなく破棄して潰すのは余りにも惜しいと思ったのだ。

そして、それらを手に入れれば、より自分の魔術の研究が進むという考えもあった。

だからこそ、何とかではあったが口を開いたのである。

それに、マローンには勝算もあった。

前回召喚した一隻の艦艇が、あのフソウ連合の艦隊と互角以上に戦えたのだ。

だからこそ、召喚の話が振られた時、これはチャンスだと思ったのである。

マローンの言葉に、老師は少し考えこむ。

だが、ふーと息を吐き出すと口を開く。

「よかろう。貴様に預けるとしょう」

そう言った後、ぎろりとマローンを見て言葉を続ける。

「ただし、必ず召喚の際に贄として使え。情を移すなよ」

要は、同情や巫女の色香に堕ちるなと言う事だ。

もっとも、女よりも魔術を優先させてきたマローンにしてみれば、そんな事はあり得ない。

だが、それをわざわざいう必要性はない。

だから短く答える。

「勿論でございます」

マローンは頭を下げる。

心の中でほっとして。

彼にしてみれば、勘違いされていた方がいいと判断したのである。

「ふむ。では話を戻そうか」

そう老師に言われて、報告していたものが報告を続ける。

「はっ。すでに教国によって各国の熱心な信者に手配の方が終わっております。後は、老師のご命令さえあればいつでも可能と言えます」

「いいぞ、いいぞ」

楽し気に老師はそう言って笑う。

「それで、いつ頃がいいかのう……」

老師はそう言って人影を見回す。

「老師が望む時がよろしいとは思いますが……」

そう前置きして一人の人影が口を開いた。

老師から『卿』と呼ばれている男である。

「今、連盟は共和国に苦戦していると聞きます。また、共和国側も反撃の準備を進めているとも聞きます。ですから、出来れば今少し待ってここぞという時に発動されたらよいのではないでしょうか」

その言葉に、老師は笑った。

「なるほど、なるほど。トラッヒの小僧めに我らの力を見せつけるのだな?」

「はっ。戦いの後のパワーバランスを考えれば、これくらいはやっておいた方がいいかと」

「よかろう。その手でいこう。教国の傀儡どもにはいましばらく待てと伝えよ」

「はっ。了解いたしました」

卿と呼ばれた男は手に胸を当てて深々と頭を下げる。

そして、老師は再び目を閉じる。

「で、他には?」

「今のところは……」

影の一人がそう言う。

「ならば、今日はここまでじゃな」

その言葉と同時に「「「はっ」」」という言葉がいくつも響き、人影が部屋から消えていく。

それらを感じつつ老師は、ニタリと微笑んだ。

ゆっくりとゆっくりと自分の望む世界が近づいていることに喜びを感じて。



「しかし、よろしいのですか?」

一人の大司祭(アーチビショップ)がベンタカント枢機卿(カーディナル)の「現状を維持つつ時機を待て」という言葉にそう反論したのだ。

その言葉に、枢機卿(カーディナル)は渋い表情だ。

それはわかっている。

だが、そう言われてもどうしょうもない。

我々に選択肢はないのだから。

それにすでに準備は終わってしまっている。

頭では、愚行ではないかとわかっている。

しかし、それを口に出せば、私でさえ簡単に闇に葬られるだろう。

教皇(ポープ)がそうだったように。

「仕方あるまい」

そして、枢機卿(カーディナル)は囁くように言う。

「死にたくはないだろう?」

その言葉に、聞いてきた大司教(アーチビショップ)は黙り込む。

もちろん、その場にいた者達もだ。

彼らは、言われるままに準備をしつついいのかとずっと思ってきた。

これはドクトルト教の品格を落とす行為ではないかと。

だが、命に代えてもそれを拒否するようなものはいない。

それを拒否するような強い心を持ったものは、今や姿を隠したか、牢獄或いは棺桶の中であった。

その結果、ここにいる者は、ただ流される者か、自分の利益で動く者達ばかりだ。

その為だろうか。

「しかし、時間が経てば、我々の動きが漏れる恐れがあると思うのです。やるならば、急ぐべきではないでしょうか」

そう言いだす者さえいた。

どうせやるなら、利益を得て成功率の高い今こそその時だと思ったのである。

実際、戦争が各地に起こり、経済は混乱し、人々はそれに不安し、恐怖している。

それ故に、人心に付け込むなら今だということだろう。

また、やるならさっさとやってしまえと言う気持ちもある。

要は、どう考えても宗教の根源となる魂の救済とはいえない今回の事に嫌悪感があり、誰もがさっさと終わらせたいのだ。

だが、そんな気持ちも思いも、枢機卿(カーディナル)の冷たい言葉で突き放す。

「駄目だ。まだ駄目だ……」

そのやるせない表情に、誰もが黙り込む。

誰もが今や道を間違えてしまった事に気が付いていた。

だが、もう途中で降りる事は出来なくなってしまっていた。

そう、死して降りること以外は……。




リンダート大司祭(アーチビショップ)の元に二つの手紙が届けられた。

今や表舞台から姿を消して潜んでいる彼の元に届けられるという事は、協力者、それもかなりの権力を持つ者からという事である。

一通は、教国の彼の古き友人からのものであり、もう一つは合衆国の協力者からであった。

教国の手紙には、もう決起の準備が終わり、いつでも聖戦が発動できる状態である事。それに教国上層部は、完全に操り人形の様になってしまって駄目だという事が書かれており、合衆国からは、今後の事を見据えて協力するという事とその際の条件が書かれていた。

その二通を読んで、リンダート大司祭(アーチビショップ)は深いため息を吐き出した。

どちらにしても、教国の未来はとてつもなく暗いという事には変わりがない為である。

聖戦がうまくいったら間違いなく世界はとんでもない事態になることはわかっていたし、その結果、教国は間違いなく大きく変貌してしまうだろう。

そうなると、もう今のようなドクトルト教によって人の魂の救済を行うという事は脇に追いやられ、権力を求める者達による争いの場とより化すに違いなかった。

また、合衆国の協力を受ければ、今の教国という形は瓦解してしまい、以前のような国としての力を失ってしまうだろう。

だから、どちらにしても未来はない。

だが、そこでふーと息を吐き出して考え直す。

果たして、宗教に国としての力が必要なのだろうか。

下手な権力、国としての力があるが故にこんなになってしまったのではないかと。

そして、リンダート大司祭(アーチビショップ)は決意する。

もうそろそろ幕を下ろすべきではないかと……。

そして、彼はペンを取った。

合衆国の協力者に返事を送る為に。

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