突破作戦
当たりに響く砲撃の音。
それはまるで雷が幾重にも落ちてきたようだ。
それに合わせるかのように揺れる地面と降りかかってくる土。
そして、辺りを包み込む爆雲。
塹壕に籠っているとはいえ、絶対に安全ではない。
塹壕に当たれば、いや直接ではなく近距離でも間違いなく簡単に死ぬだろう。
命とは実に軽くてあっけない物だという事を実感させられる。
簡単に命は死神に狩られ、身体は肉片に代わって血の雨が降る。
だが、それがここでは日常茶飯事であり、別に驚く事ではない。
なんせ、いつ自分にその番が回ってきてもおかしくないのだから。
ここは、そんな場所だ。
楽勝のはずだったのに。
年末には国に帰れると思っていたのに。
その場にいた多くのものがそう思っていた。
大勝利を飾り、英雄として祖国に帰れると……。
だが、それは夢のまた夢になりつつあった。
しかし、そんなことを愚痴っても改善されるわけではない。
文句を言うだけで何かが変わるはずもないのだから。
そして、そんな中、砲撃の音が少なくなっていく。
ごくり。
誰もがそろそろだと口の中にたまった唾を飲み込む。
緊張感が辺りを包み込む。
握っている武器をぎゅっとより強く握り締める。
自分の命を守り生き残れる為に頼れるのはこれだけだからだ。
段々と静まり返っていく。
それはさっきとは正反対だ。
そして、砲撃の音に代わって響くのは、ラッパの音。
そう、突撃を知らせるラッパの音。
それに合わせて、「突撃ーーーーっ!!」という命令があちらこちらから響く。
その命令に、兵士達は塹壕から飛び出す。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ」
別に掛け声が必要ではないし、叫ぶ必要性もない。
だが、誰もが叫んでいた。
恐怖に勝つために。
自分を鼓舞するために。
それに助太刀するかのように味方の塹壕から援護の射撃音が響く。
だが、兵士の鼓舞するかのような叫びも、援護の射撃音も、敵側から発した啄木鳥のような音と途切れのない銃撃音でかき消されていく。
その音に合わせるかのように突撃していく兵士が次々と倒されていく。
慌てて兵士達はその場にうつ伏せになって突き進もうとしていたがその多くはそれ以上進めなくなっていた。
だが、それでも何人かの兵士がその銃撃の合間を縫って相手の陣地へと肉薄していく。
しかし、その間も雨のような兵士達による銃撃が待っていたし、敵陣にやっとの思いで辿り着いた兵士は、待ち構えている多くの敵兵の歓迎を受ける事となる。
そして、辺りに響くラッパの音と「て、撤退だっ」という命令。
だが、そんな音さえもあっという間に銃撃音がかき消していく。
こうして、この日も、共和国侵攻軍は、共和国の築き上げた鉄壁ともいえる防御ラインの前に被害だけが拡大していったのである。
「駄目でした……」
その報告に、共和国侵攻の連盟軍の司令部はいくつものため息と暗い雰囲気に包まれていた。
最初の部隊がこの地に到着してから実に二週間近くなっている。
今やこの地には、共和国侵攻の連盟軍の九割近くが集結しつつあった。
これは当初の計画よりもかなりの大戦力である。
本当なら、各地の制圧と占領の維持に戦力を回さなければならなかった為、当初の予定では、この地に集まるのは、多くても五~六割程度のはずであった。
しかし、同時に行われるはずだった王国侵攻が、王国侵攻艦隊の敗北によって頓挫し、その上陸作戦によって動くはずだった戦力は目的を失い、その結果、共和国侵攻に回されたのである。
その為、各地の制圧と占領の維持に戦力を回す必要が少なくなり、またこの決戦でこの戦いは終わるという事もあってか、連盟は共和国侵攻の戦力をこの地に集結させて、早期突破を狙ったのであった。
戦力の一点集中。
それはまさに間違っていないし、戦略としては王道だろう。
ただし、その戦力がきちんと運用され、額面どうりの力を発揮していればという前提ではあったが。
つまり、額面通りの力を発揮できないでいたのである。
まず一つ目に地理的問題がある。
山側を押さえて上から攻撃を仕掛ける共和国に対して、登りつつ下から攻撃を仕掛けなければならない連盟という圧倒的に不利な形。
その上、いくつも入り組んだ鉄壁とも思える防御ライン。
そして、入り組んだ地形の為に全戦力を敵の陣の一点に集中できないというのも問題であった。
二つ目として、火力の差がある。
連盟側も火砲や野砲は用意していた。
だが、その数は、共和国よりもかなり少なく、また補給が滞って運用が厳しくなりつつあり、どうしても戦闘に投入できる火力に制限をうけてしまうのが現状であった。
三つ目としては、使用している兵器の質の差だ。
特に新兵器として共和国が運用する機関銃の前に連盟は成すすべもなかった。
矢継ぎ早に撃ち出される銃弾の雨。
下手したら一発どころか何発も当たり、肉片へと身体を変えていく。
その有様に、機関銃の独特の音、啄木鳥のような音に兵士達は怯え始めていたのである。
そして、それら以上に最大の問題は、連盟の軍内にあった油断と、派閥争いである。
あまりにも勝ちすぎて相手を過小評価しすぎ、そして、目の前にぶら下がる勝利の美酒を我が我がと足を引っ張り始めたのである。
その結果、こうした要因があったため、今までの侵攻が嘘のように共和国侵攻の連盟軍は動きを封じられ立往生している事態に陥ってしまっていたのである。
そして、時間が経てばたつほど、焦りが侵攻軍上層部を蝕み始める。
今までのような景気のいい報告が鳴りを潜めた事に疑問を持った本国から、どういうことかという問い合わせが届くようになったからである。
特に、トラッヒのヒステリーを味わった事のある者は、背筋を震わせた。
もちろん、彼らもただ闇雲に攻撃していたわけではない。
手を変え、品を変え、敵の陣をどうやったら突破できるかと考えて行っていたが、その作戦は尽く失敗という結果になっていた。
「これは……どうしたものか……」
深いため息を吐き出して、共和国侵攻部隊の総指揮をとっているプラーメ・パラハント将軍が暗い表情でため息を漏らしつつ呟く。
「仕方ありません。いつものように……」
参謀がこちらも暗い表情で言う。
いつものように……。
要は、敵に大打撃を与えたものの、敵の抵抗激しく侵攻が止まっているという奴である。
もちろん、大打撃を与えたではなく受けたというのが正しいのだが、そんな事を報告すれば、彼らの立場と首はとんでもない事になってしまうだろう。
それに、被害は受けたが、まだ戦力に余裕はある。
そう言う思いがあったからだ。
だが、彼らは知らなかった。
兵の士気の低下と不満が溜まっていることに。
「このままでは不味いぞ」
侵攻軍第三師団第二中隊の指揮を執るシャハイ・クラブス大尉は、集まった数名にそう言う。
彼らは、前回のクラブス大尉の補給線に関しての意見具申にについて賛同した者達である。
「ああ。補給は滞ってしまっていて、戦いは泥沼の消耗戦状態。おまけにほとんどの者が年末には祖国に帰れると思い込んでいたからな」
一人がそう言うと、また別の一人が言う。
「脱走兵が出始めている部隊もあると聞くぞ」
「後、不味い事に、後方の補給線を狙った民兵の攻撃も増えているという事だ。このまま長引けば下手したらこっちが干上がってしまう恐れすらある」
出てくるのは、不景気な話ばかりである。
それらを意見を一通り聞いた後、クラブス大尉はため息を吐き出すと苦笑した。
「本当に先は暗いな」
その苦笑には未来のない現状に絶望している感情が見え隠れしている。
だが、それを誰も指摘できなかった。
なんせ、無駄死になるとしか思えない攻撃の命令が、いつ自分らに下りてきてもおかしくないのだから。
誰もが沈黙する中、じっと地図を見ていたクラブス大尉は口を開く。
「どうせなら、やれることをやってしまわないか?」
その言葉に、一人が聞き返す。
「何をやるのだ?」
「秘密裏に少数の兵で戦線を突破して敵の後方の回り込み、タイミングを合わせて総攻撃を仕掛けるというのはどうだろうか?」
クラブス大尉がそう答えると、他の者達が口を開いた。
「そんな事が出来るのか?今までの攻撃を見てもかなり連携の取れた防御ラインだぞ」
しかし、その言葉に、クラブス大尉は笑った。
「人が作ったものだ。どこかに隙はあるはずさ」
「しかしだなぁ……」
その後に続くのもほとんどが否定的な意見である。
だが、クラブス大尉は言う。
「ならば、このままでいいというのか?」
誰もが黙り込む。
その静寂の中、クラブス大尉は言葉を続ける。
「やるだけやってみないか?それにだ。失敗して死ぬのは、私と私の部下だけだからな」
その言葉は自暴自棄のような口調ではあったが、諦めてしまっているという様な雰囲気はない。
それどころか、現状を打破してやるという意思に満ち満ちていた。
それが伝わったのだろうか。
「わかった。協力するよ」
一人がそう言うと、他の者達も口々に協力を約束する事になったのであった。
「少数の兵による戦線突破とタイミングを合わせての攻撃か……」
クラブス大尉の意見具申に、上官は考え込む。
行き詰っている現状を打破させる策としては悪くない。
だが、そんな事は可能なのだろうか。
「で、どうするかね?」
「はっ。偵察を何度も行い、敵のわずかな隙を見つけいくしかないかと……」
クラブス大尉の言葉に、上官は眉を寄せるが他に考えは浮かばない。
「ふむ。その方法しかないか。わかった。偵察を許可しておこう。ただし、その都度報告をあげよ。そして、作戦可能とわかった時点で上にこの作戦を提案する」
上官はそう判断した。
うまくいかなくても、こっちの損にはならないし、うまくいけそうなら自分の手柄に出来ると判断したのだ。
それに、現状の行き詰まり感が強いという事もあった。
「はっ。ありがとうございます。それに当たり、いくつかの部隊に協力をお願いしたいのです」
「協力?」
「はっ。この提案に賛同してくれた仲間がおります。実施可能かどうかの偵察は私の部隊だけではいくら時間があったとしてもかなり手間がかかりますので、彼らに協力をお願いしたいのです」
「ふむ。確かに。それに賛同する者達ならば、この作戦の事も漏洩しにくいだろう。よかろう。許可する。後日、その協力する部隊の部隊名を提出せよ」
「はっ。ありがとうございます」
「ただし、期間は二週間だ。いいな?」
「はっ」
クラブス大尉は敬礼すると上官の部屋から退出した。
これで、期間限定とはいえ、賛同者が実りのない無駄な戦闘に駆り出されることはないだろうと安堵して。




