会見 その1
指示されるまま進み、すでに半日近く時間が過ぎた。
そして日が傾き始めたころ、目の前に島が見えてくる。
大半が緑に覆われている結構な大きさの島だ。
「あの島ですか?」
ミッキーがそう尋ねると青木少尉は頷く。
「ええ、あの島です。あの島の湾内に進入してください」
言われるまま湾内に入り込むと、遠くからはわからなかったが船を止めるための停泊施設やいろんな建物が並んでいる。
しかし、完全に基地として完成していないのだろう。
その建物のいくつかではまだ工事が続けられている様子だ。
また、湾岸施設の外側には軍艦の砲塔を移設したのだろうか。
二連装砲塔がいくつか並んでいる。
さっきのカモフラージュといい、用意されている武装といい、完成すれば、かなりの一大拠点になるだろうと予想される。
そして、湾内の停泊施設には、小型艦やタグボートなどの多数の支援艦が行き来しており、巡洋艦クラスの大きさの艦船が三隻と重戦艦クラスが一隻、それに重戦艦よりも少し大型の艦船一隻が停泊していた。
そして、それぞれの艦の甲板では忙しそうに兵士達が作業をしている。
彼らは入港してきた本艦に時折視線は向けるものの、そのままテキパキと仕事をこなしてまさにプロと言うのに相応しい動きを見せていた。
また、事前に情報がいきわたっているのだろう。
警戒した様子もなく、ただ見ているだけだ。
もっとも時折、手を振る兵がいたりはご愛嬌だと思うが…。
だが、ミッキーはそれだけでわかってしまう。
情報が行き渡っているとしても、王国の兵士ではこういう事は無理ではないだろうか。
一度は戦った相手、それも侵略してきた相手だ。
砲をこっちに向けたり、にらみつけたりといった感じの威嚇や嫌がらせなんかは普通にやってしまうだろう。
兵の質の差…。
アッシュが理想だという意味がそれだけでわかる。
上が優秀でも、兵士がよくなければ意味がない。
もちろん、逆も駄目だ。
すべてが一定基準以上が必要なのだ。
今のところ、フソウ連合海軍の兵士は間違いなく一流だということがわかる。
今感じた事は、他の艦橋にいたものもわかったのだろう。
驚いたり、黙ってしまったり、態度はそれぞれだが、感じるものがあるのはいい事だとミッキーは思う。
感じ、そしてそれを教訓とすれば、我々だってまだ伸びる可能性はあるのだから。
「ではあちらの桟橋の方に艦を止めていただけますか?」
青木少尉の言葉を聞き、艦橋内がより緊迫した雰囲気になる。
もともと接岸作業は危険な作業であり、かなりの技術を持つものが行う。
それは裏を返せば、その艦の技術を他の連中に見せるという事になる。
そして、今、兵士の質の差を見せ付けられたと感じたクルー達とっては、自分達も負けていないと主張するチャンスでもある。
だからこそ、普段以上の緊張感に包まれていた。
「入港準備、前部員、錨用意っ」
指示が出され、甲板を水兵が走って配置につく。
「速度落とせ」
艦がゆっくりと行足を落とし、止める場所を一度通過する。
その際、深さと海底の底の状態を確認する為、重石のついた紐が落とされる。
「深さ確認、終了。二十。底質、泥」
停泊する場所の深さと海底の底の状態の確認を行い、後進しながらゆっくりと艦を戻す。
そして、停泊位置に来ると艦長の声が響く。
「錨入れ!!」
ストッパーが外され、錨が勢いよく走出していき、予定の長さを出し終わった後、錨鎖のたるみの確認と艦の行足が止まった事が確認される。
「止めきり」
錨が固定され、「錨よろしい」と艦長に報告される。
「よしっ。別れっ」
こうして一発で接岸を成功させ、やっと艦橋内にあった緊張が緩む。
パチパチパチ…。
「すばらしいですね、さすがですよ」
青木少尉が拍手をして言う。
その言葉と表情から、別におべっかを使っているわけではなく、心底そう思っているのだろう。
艦長がほっとした表情を見せる。
これで少しは王国海軍の実力を見せる事が出来たと思ったようだ。
そして、艦の機関が止められる。
こうしてウェセックス王国第五艦隊所属高速巡洋艦アクシュールツは、フソウ連合を正式に訪れた外国艦一号となったのである。
「すみませんが、この埠頭と艦の近くは警備させていただきます。また、艦より降りられる場合は制限を受けます。それに、湾内での武器の使用は禁止されております。もし、それらに違反があった場合は、厳しい対応を行います。よろしいでしょうか?」
青木少尉が甲板に集められた兵士達の前でテキパキと禁止事項や注意を話している。
果たして、みんなわかったのだろうか。
ミッキーは心配してちらりと横を向いて見回してみると、どうやら入港の時に見たフソウ海軍の兵士達の動きから感じたものがあるのだろう。
いつもはうるさいほど騒がしい連中が大人しくしている。
これはよい傾向と取っていいだろうか。
フソウ連合海軍との交流で王国海軍も変わっていかなければならないと実感する。
そんな事を思っている間も、青木少尉の話は続き、そして最後に今後の日程について話始める。
「本日は、残念ながら艦内でお過ごしください。また、交渉は明日十時より開始したいと思いますが、問題はないでしょうか?」
「ええ。構いません。それと、よければですが、兵士達に休息を与えたいので、上陸を許可願えないでしょうか?」
まぁ、ここはフソウ連合海軍の基地であり、機密関係の事もあるから難しいとは思うんだがそれでも聞いておく。
ここまで一緒に航海して来た部下達だ。
羽を伸ばせるのなら伸ばして少しはのんびりさせてやりたいと思う。
やはり息抜きは必要だからな。
そして、その思いが伝わったのか。
青木少尉は少し考えた後、否定ではなく「そうですね。上と検討してみましょう」と返事をしてくれる。
実にありがたい。
「感謝します」
「いえいえ。出来なかった場合は、ご勘弁を…」
「了解しております」
「あと、せっかくですから今夜の夕食は何かこちらから差し入れをしましょう」
「そんな…。それこそ申し訳ない」
「いえいえ。見ての通り、まだ完成もしていないので上陸して食事でもと言えない状態なのですよ。だから、せめてものお詫びも兼ねてということで…」
笑いつつそういう青木少尉に、ミッキーも笑って承諾した。
「いいんですか?」
いつの間に来たのか小声でスルクリン男爵が聞いてくる。
「何がだ?」
「何か混ぜられていたら…」
じろりとスルクリン男爵の方を見て小声で言う。
「貴族のパーティでは、よくある話と聞きますが、軍ではそういう事はご法度ですよ。それに、今更食べ物に何か混ぜたとしても、それで彼らにどんな利点が?」
「確かに…。これは失礼しました」
素直に自分の非を認めるとスルクリン男爵は頭を下げる。
「構いませんが、今回は王国貴族同士の話し合いではありませんし、事前情報もあまりない中の交渉です。発言はご注意ください」
そう言ってミッキーは視線を青木少尉に戻す。
彼はこっちを見てニコリと笑っている。
それは、今の内容は聞こえていましたよと取れる行動だった。
それは男爵も感じたのだろう。
黙りこくって俯いている。
スルクリン男爵は、確かに宮中の駆け引きや謀略には詳しいようだが、どうも今回の場合は場違い的な感じがする上に、若手のやり手と言う事で功を焦っている感じもしてしまう。
ここで勝手に暴走されても困るしな。
ちらりと横目でスルクリン男爵を見て、ミッキーは彼に誰か付けておくことをきめたのだった。




