防衛ライン到達
『共和国軍、恐るるに足らず』
作戦がほとんどうまくいき、その上、上陸した陸軍は快進撃を続けている。
そうなれば、連盟の陸海軍の中にそんな空気が広がるのに時間はかからなかった。
特に、快進撃を続け、今や共和国本国の三分の一近くを短期間で占領し快進撃が止まらないでいる陸軍では、そう思わない人間の方が少数であった。
実際、共和国軍は、ある程度の抵抗はあるものの、後退を繰り返している。
時間稼ぎをしていると言うものもいたが、時間を稼いでどうするというのだ?と言われてしまえば返答に困ってしまう有様であった。
これは、フソウ連合や帝国、王国、合衆国の援助や支援物資が届けていて反撃の準備を進めているという情報がかなり隠蔽されており、連盟の一部の者しか知らず、その上、確実ではない情報でトラッヒ総統の機嫌を損ねるという事を連盟情報部が恐れた為に発生した状況であった。
もっとも、原因はそれだけではない。
元々、連盟の人々は、共和国の人々を嫌っていた。
それは今までの劣等感があるためである。
連盟の人間は金もうけばかり考える卑しい連中という認識が共和国では当たり前で見下していた感が強かったし、連盟の人間もそれを知っていた。
それ故にである。
だが、実際の戦闘が始まったらどうだったかと言うと、共和国は抵抗らしき抵抗も出来ず、海軍は大敗した。
偉そうなこと言っておいて、なんだこの様はっ。
連盟の人々の誰もがそう思ったし、これにより、トラッヒ総統の支持率が倍増したのである。
そして、その反動は大きかった。
今まで見下された分、より強く共和国の人々を見下して行動したのである。
それは階級が下に行くほど酷くなり、現地調達が行われるようになってますます強くなる。
そうなると、歯止めが効かなくなって、実際には現地調達という名の略奪に近い場合も多かった。
そして、多くの上官は兵士の暴走を止めなかった。
それどころか、不満やストレスの発散にちょうどいいとさえ思うものさえいたのである。
「流石に不味いぞ。このままだと……」
他の部隊からの報告を聞き、共和国侵攻軍第三師団第二中隊の指揮を執るシャハイ・クラブス大尉はそう呟く。
部隊の規律が緩み始めている事もあったが、それ以上に、彼は今回の共和国軍の鮮やかすぎる撤退に違和感を抱いている一人でもあった。
大体、敗走しているのであれば、多くの物資や武器など放置している場合が多い。
ここまで短期間のうちに一気に侵攻したら尚更だった。
しかしである。
残された物資はほとんどなく、武器さえも鹵獲したものはほとんどない有様。
あったとしてもご丁寧に使用できないように破壊され、破棄されている。
そして、それは軍だけではない。
民間もあまりにも物資の備蓄が少ないのである。
だが、今までの劣等感を払拭させる快進撃に誰も彼もが酔い潰されており、現実が見えていないと思えて仕方ないのである。
遂に我慢できず、上司であり師団長であるケイリッヒ・ビラファダンナ少将に意見具申するも、臆病者呼ばわりされて多くの者達の前で笑い者扱いされる始末であった。
赤っ恥をかかされたものの、そのお陰で同じ考えを持つ数名の士官と知り合う機会になったのは、唯一の収穫ではあったが。
ともかくだ。
そんな状況の上に、さらに難題が上載せされた。
補給の大幅な遅延である。
元々、遅延気味であったものの、それでも何とかなっていたが、完全に補給が追っつかなる事態になってしまったのである。
だが、進撃を止めよという命令はない。
仕方ないので、クラブス大尉は、自分の中隊の進撃速度を落とす決断をする。
それは、彼に同意した士官が率いる部隊も行ったが、完全に勢いに酔いつぶれてしまっている他の連中は、気にせず進撃を続けた。
そして、補給で足りない物資はより現地調達を行うようになっていったのである。
そして、タガが益々緩んでゆく。
婦女暴行や民間人の殺傷、虐待、それさえも当たり前のように行われていく。
もちろん、クラブス大尉の率いる部隊は、そんな事は起こらないように徹底して注意されていたし、現地調達も最低限で略奪にならないように徹底されていた。
だが、、軍という組織は何も生み出す事はなく消費していくだけの大食漢である。
いくら倹約をしても限度はあり、それにほんの一握りの部隊がそうしたとしても、連盟軍の大半が真逆の事をしでかす状況では焼け石に水であった。
こうして、共和国の人々の連盟軍への憎しみと敵意は増長していったのである。
それはいつ爆発してもおかしくない時限爆弾のようなものであった。
マデルフィニアム山脈。
共和国の首都のあるフイパニアド平地の前にそびえたつ山脈だ。
ここさえ超えれば、共和国首都は陥落する。
あと少しだ。
これで共和国は完全に我らに屈服する。
連盟軍の多くの者がそう思った。
だが、そんな彼らにより厳しい現実が待っていた。
連盟の侵攻軍の中でも特に侵攻速度が速く、真っ先に現地に到着した共和国侵攻軍第一師団が目にしたものは、完全に構築された共和国軍の防衛ラインであった。
幾重にもめぐらされた塹壕とトーチカによって構築された防御陣は、まさに要塞化されていると言っていいだろう。
その理に適った防御ラインは、帝国が最近まで内戦で得られた教訓と実績で構築されたものであった。
そう、ビルスキーア臨時最高司令官の指揮の元、構築されたのである。
だが、その様子を見ても連盟の上層部は、共和国軍を舐め切っていた。
『連中に何が出来る。どうせ見せかけだけだ』
この防衛ラインに最初に到達した第一師団の指揮官であるペタンゴラソン少将はそう判断した。
そして、手柄を独り占めするため、他の師団の到着を待たずに総攻撃を命じたのである。
「いいかっ。ここを突破すれば、首都だっ。今まで以上のいい思いが出来るぞ」
そう発破をかけて。
完全に舐め切っている為、野砲は数えるほどしかなく、火力的には大きく劣っている。
その為、やる事は一つ。
歩兵による突撃であった。
命令の元、欲望に染まり切った目で兵士達が突撃を開始した。
大地を揺るがすような叫びが辺りに響き、まるで威圧させるかのようだ。
もっとも、その叫びは、すぐに別の音に取って代わった。
そう、共和国軍の砲陣から打ち出される砲撃の音だ。
雨のように振り注ぐ砲弾。
地面が大きくえぐられ、ただ突撃するしかない歩兵たちを吹き飛ばしていく。
ただの肉片と血になった兵士達。
そして、生き残った兵士達の上に血と肉の雨が振りそぐ。
しかし、それでも歩兵たちは突撃を止めない。
距離が近づけば、砲撃できないと判っているからだ。
よしっ。間もなく塹壕に取り付けるぞ。
敵の塹壕からの射撃があり、倒れる者も多いが、それでも十分な兵が塹壕に取り付こうとしていた。
だが、そんな連盟兵士を地獄に叩き落す音が響く。
それはキツツキを連想させる音であった。
その音が鳴る度に兵士が次々と倒れ、肉片と化していく。
血で作られた水たまりが辺りに出来上がっていく。
ビルスキーア臨時最高司令官は、帝国の内乱で得た教訓をここで発揮させていた。
砲撃による防御ライン、重機関砲による防御ライン、そして、塹壕からの射撃の防御ライン。
これらの3つの防御ラインをうまくかみ合わせていたのである。
もちろん、その構成は完璧ではないが、最初からその構成によって生まれる隙や欠点がわかるはずもなく、突撃を仕掛けた連盟の共和国侵攻軍第一師団は投じた戦力の半分近くを失う結果となった。
「ふう。何となったな」
防御ラインで指揮を執っていた共和国第八師団軍の指揮官のアルチュール・デスタン少将はほっとした表情になった。
「ええ。大戦果です。これで連中も今までのようにはいかないと思い知ったでしょう」
副官がそう言って笑う。
そういう彼だって、さっきまでは緊張した表情だったのだ。
ほっとしてやっと笑顔が出たといったところだろうか。
「ああ。だが、これからが大変だ。敵もここが一大拠点であり、今までのようにはいかないと判った以上、手を打ってくるだろうからな」
「はっ。そうでありますな。しかし、フソウ連合から支援された新型機関銃というのはかなりの威力ですな」
副官の言葉に、デスタン少将も頷く。
「防御ラインの構築に、大量の重機関銃が必要とビルスキーア最高司令官が言われて一時はどうするかと思ったが、フソウ連合が準備してくれて助かったな」
実際、帝国の内戦の際は、ビスマルク等に搭載されている重機関砲を下ろして使用したが、共和国にはそれに該当する兵器が見つからずに難航していた時に、フソウ連合から大量の重機関銃が支援物資として送られてきたのであった。
もちろん、要請したのはビルスキーア臨時最高司令官の要望を受けたアリシアである。
「ええ。あれがなければ、いくら優秀な防衛ラインといえど、こうもうまく機能しなかったでしょう」
副官の言葉に、デスタン少将は同意を示す。
そして、ふと思い出したかのように聞く。
「確かタイプ92とかいう名前だったか。あの重機関銃は……」
「はっ。そう聞いております」
「ふむ。味気ないな……」
そう言った後、思いついたのか言葉を続けた。
「折角だ。我々で名称を付けてやろうではないか」
「なるほど。我々のこれからの友となる兵器ですからな。よい事だと思います」
「それでだな、ふと思いついたものがある。『ピッチ』というのはどうかね?」
その提案に、副官は同意する。
「いいですな。今度からそう呼ばせましょう」
こうして、フソウ連合が共和国に大量に供給した九二式重機関銃は、共和国では『ピッチ』という愛称で呼ばれるようになったのである。
なお、『ピッチ』とは共和国の言葉で『啄木鳥』を意味しており、この世界でも九二式重機関銃は同じ愛称で呼ばれる事となったのであった。
補足)
九二式詳しい人がほとんどなので必要はないかもしれませんが、一応念のため。
九二式重機関銃をアメリカ軍は、その独特の啄木鳥を連想させる音から『ウッドペッカー(啄木鳥)』と呼んでいました。




